結ばれる世界のキミ


(※ 同企画「悲しみワンデイ、永久に」のアナザーストーリー。七子ちゃんが勇気を出して、未来を変えるお話)



貴方に出会ってから、叶えたい未来を必死に叫んでいた。

私と貴方の出会いが必然と言うのならば、どうかこの先も一緒にいさせてほしい。


だから、私はもう諦めない。



七子にはずっと前から、好きな人がいた。

その人は彼女と同じ部隊の先輩で、歳は彼女よりも少しだけ年上だった。

そんな彼を兄のように慕い、また憧れていた。
優しくて頼り甲斐もあり、いつも笑顔を絶やさない人だから、誰からも好かれる人だった。


そんな彼に憧れよりも好意を抱くようになったのは、七子が昇任試験のために右往左往していた時だ。

その時は自分のことで精一杯で周りが見えていなかったし、自分が何をしないといけないかは分かっていたが、日々追い込まれて自信が無くなっていた。

その時に沖田から言われたことを七子は忘れられずに、ずっと心に残っていた。

『もっと肩の力抜けよ。七子……お前が頑張ってるの俺はちゃんと見てるから。今度飯でも奢ってやるから、焦りすぎんなよ』

そう言って頭を撫でてくれた手の温もりや感触を忘れられなかった。


それからというもの七子は彼のことばかりを考えて、目で追うようになっていた。

彼のように強くなりたいと願うようになり、少しでも彼に近づきたくて仕事により一層身が入るようになった。

そして最後まで折れることなく、無事に試験に合格することができた。


今の自分があるのは、あの時の言葉があったからだと思っている。


そうして日々を過ごしているうちに、いつの間にか彼との距離感は縮まり、その感情は恋だと知った。


「ねえ、七子……最近、沖田2曹とどうなの?」


「えー? どうって言われても……週末、一緒にご飯に行くくらいかなあ」


「うそっ、それだけ?」


仲の良い女の同期に聞かれた質問に対して七子は答えたが、彼女たちは納得していない様子だった。


「それだけって、なによー! だってさあ……」


「七子、早く告白しないと後悔するよ?」


「そうだよ、七子! 沖田2曹、めっちゃイケメンだし……絶対、引く手数多だよねえ!」


「確かに! 他部隊の子とか、よくチラ見してるもん」


「分かるー!」


同期たちは興味津々といった表情を浮かべながら、更に話を続けようとする。
しかし当人である七子は、その話を遮るように口を開いた。


「 ……あ、やばい! そろそろ、朝礼集合じゃない?」


これ以上、彼女たちに自分の恋愛事情について話すわけにはいかないと思ったのだ。

何よりも恥ずかしかったし、それにもし誰かに聞かれたらと思うと気が気ではなかった。


「えー、ちょっとぉ!」


「待ってよー!」


彼女たちは不満げだったが、それでも渋々と席を立ち始める。




そしてその夜、七子は隊舎の屋上で今朝の彼女たちの言葉を思い返していた。


「後悔ねえ……」


白い息を吐きながら、空を見上げる。

屋上の明るいライトのせいで星は見えないが、雲ひとつない夜空が広がっていた。

しかし冬の澄んだ冷たい空気は厚いフリースを着ていても寒いものは寒く、ぶるりと身体が震えてしまう。


だからといって部屋で考え込んでいても答えは出ず、頭を冷やすために外に出てきたのだが正解だったようだ。

ふっとため息をつくと、少しだけ気持ちが落ち着くような気がした。

(こんなんじゃダメだって、分かってるんだけどね)

七子は自分自身の不甲斐なさに呆れながらも、もう一度大きく深呼吸をする。


正直、自分でもどうしていいのか分からないというのが本音だった。

七子にとって沖田はただの先輩でなく、今では特別な存在になっているのは言うまでもないが、やはり彼の気持ちがわからないのが怖かった。

彼が自分と同じ想いを抱いているとは限らないし、それを知る術はないに等しい。

そもそも彼は優しい性格だから、後輩として可愛がってくれているだけかもしれない。


そんなことを考えていると不安で仕方がなかった。

だがその一方で、このまま何も伝えないままでは嫌だという自分もいるのもまた事実である。


だからこそ、彼女は決心した。


「……よしっ!」


小さくガッツポーズをして、七子は自分の頬を強く叩くと勢いよく立ち上がり、足早に階段へと向かう。


もう彼女に迷いはなかった。



―私は彼に、この思いを告げよう。




そう決意してから数日後のことだった。

沖田と七子は週末ということもあり、彼の誘いで繁華街に来て食事をして過ごしていた。

彼らにとって、何回目のデートなのか分からなくなるほど彼らは何度も会っていたし、二人で出かけることも少なくなかった。


そして食事を終えた二人は店を出てから、そのまま並んで歩いていた。

すでに夜の気配を感じる時間帯で、頬に感じる空気がキンとしていて冷たい。


二人の歩いている中心街のメインストリートには、イルミネーションが輝いている。

クリスマスが近いこともあり、どこを見てもカップルの姿が多く目についた。


そんな街の明かりがキラキラと照らす道を歩きながら、七子は隣にいる彼を見上げた。

すると沖田は視線を感じたようで、こちらを見て微笑みかける。

「どうした?」

整った顔立ちに、優しく細められた目元。
その笑顔に思わず胸が高鳴り、七子は慌てて目を逸らしてしまった。

「い、いえ! 何でもないですっ」

そんな彼女の様子を知ってか知らずか、隣にいる彼からは楽しげな笑い声が聞こえてくる。


「ははっ、可愛いな……」


そう言われながら頭を撫でられ、ますます七子の心臓は大きく跳ねると同時に嬉しさでいっぱいになる。

聞き慣れた言葉なのに、彼の口から発せられるだけで特別に聞こえてくるから不思議だ。

しかし沖田本人は無意識なのか特に気にしている素振りはなく、いつものように笑っていた。


それは思わせぶりな態度とも取れるし、単に鈍感だからだとも思える。

しかし彼に限ってそんなことはなくて、誰にでも優しく少しだけ人たらしなところはあるものの、自分だけにそういった特別な優しさを与えてくれているのを彼女はよく知っていた。

それがまた七子にとっては、悔しいところでもある。

本当はもっと自分だけを見て構ってほしいと思っているが、それを口に出す勇気はなかった。

今の関係を壊したくないという気持ちもあるが、何より嫌われたくはないのだ。


「イルミネーション綺麗ですね、沖田さん」


「ああ、そうだな」


「来週は、クリスマスでしたね」


「おう……だな」


ただいつもよりも緊張しているせいか、会話が途切れがちになってしまうのは否めなかった。

それは沖田も同じようで、時折何か言いたそうな素振りを見せるが、結局は何も言わずに黙ってしまう。


そして二人は駅に向かうために目抜き通りを外れ、ひとつほど裏の通りを肩を並べながら歩を進めていた。

彼の腕にふと触れてしまうその度に、七子は胸が締め付けられる思いになる。


そんなもどかしい思いをしていた七子だったが、沖田の一言によって状況が変わることになる。


「あのさ、七子……」


そう言って立ち止まった沖田は、七子の方へと向き直った。

その表情は真剣そのもので、七子もつられて背筋を伸ばす。


「……何でしょう?」


緊張した面持ちのまま七子が問いかけると、二人の間には沈黙が流れ、遠くの雑踏がやけに大きく聞こえる。

そうして彼は一度深呼吸すると、先程と変わらない真っ直ぐな瞳を彼女へと向ける。


すると沖田は、意を決したように口を開いた。





「来週のクリスマスは……七子の彼氏として隣にいていいかな?」




彼の口から発せられた言葉を聞いて、七子は大きく目を見開いた。

彼女は自分の耳を疑ったが、目の前にいる彼の顔を見ると冗談ではないことが分かる。


沖田の言った意味を理解するのに数秒かかったものの、すぐにその意味を理解して顔中に熱が集まってくる。

しかし同時に、先程まで感じていた不安や緊張感から解放され、心の底からの喜びが湧き上がってくる。


驚きのあまり呆然としてしまったが、七子は必死に言葉を紡いだ。


「あ……えと、その」


しかし動揺してしまい上手く喋れない。
そして頭の中が真っ白になって、心臓の鼓動が早くなる。

そんな七子の様子を見た沖田は、困らせてしまったと思ったのか慌てて口を開いた。


「あ……いや、別に無理に返事をくれなくていいからな? いきなりだしさ」


申し訳なさげに話す沖田に対して、七子は首を横に振り、そしてひとつ深呼吸をすると彼に思いを定めて話し始めた。



ずっと前から抱いていた気持ちを。



そして今、自分がどうしたいと思っているかを。




「あの……私も! 沖田さんの彼女として、隣に居たいです!」



「……!」



その答えを聞いた瞬間、彼は心底驚いた顔をしていたが、やがて安心したように微笑むと、そのまま七子を抱き寄せた。

ふわりと香る彼の匂いに、七子の体温は一気に上昇する。


沖田の腕の中はとても温かく心地良い。

彼の胸板に耳を当てれば、ドクンドクンと心臓の音が大きく聞こえる。

きっと自分の心臓も同じくらいの鼓動をしているに違いない。
そう思うと少し恥ずかしかったが、それ以上に幸せだった。


「良かった……!」


そんなことを考えていると、彼の腕の力が強くなった気がした。

そして頭上から優しい声で囁かれる。


「七子、大好きだ」


愛おしそうに名前を呼ばれ、七子はそっと目を閉じる。


そして二人はしばらくの間、お互いの存在を確かめ合うかのように抱き合っていた。


しばらくしてから、どちらからともなく身体を離すと、沖田は照れくさそうに頬を掻いた。

一方の七子はというと、先程までの出来事を思い出してしまい、頬どころか顔全体が紅潮してしまい、まともに顔を合わせることができないでいる。

そんな彼女の様子を察した沖田は、苦笑しながら手を差し出した。


「七子、行こうか」


「はい……」


彼女は小さく返事をすると、その手を握り返す。

すると優しく引っ張られ、そのまま歩き始めた。


しばらくして七子がチラリと沖田を見上げると、彼の横顔が目に入る。

街灯の明かりが照らし出す彼の表情には、どこか余裕が感じられた。

(……ずるい)

そんな風に思っても口に出すことはできず、代わりに握っている手に力を込めることしかできなかった。

沖田は七子が何を考えているのか気づいているようで、何も言わずにただ笑ってくれる。


それが嬉しくもあり、口惜しくもあった。

しかしこの人と一緒に居たいと思うのは、紛れもない事実で……。

だからこそ、こうして一緒に歩いていることが奇跡のように思える。


「沖田さん」


「ん?」


「……呼んでみただけです」


「なんだそりゃ」


思わず笑みがこぼれてしまう。
そんな些細なやりとりが、とても楽しくて仕方がない。


「沖田さん」


「もう、引っかかんないぞ?」


そう言いながらも、七子の方を見る沖田の顔は綻んでいる。

しかし彼女は愛しい彼の顔を見つめながら微笑んだまま、小さく首を横に振ると口を開いた。


「私も沖田さんのこと、大好きです! ずっと一緒にいてください」


そう言った彼女の笑顔は、とても眩しかった。

その言葉に嘘偽りはないとすぐに分かるほどに真っ直ぐな気持ちだった。


沖田はそれを聞くと、まるで照れ隠しのように七子の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「当たり前だろ……!」


心做しか沖田の顔が赤いように見えるのは、きっと刺すような寒さのせいだけではないだろう。


そしてお互いに見つめ合いながら笑い合った後、じんわりと灯る街灯の光に包まれた道を歩いて行く。



繋いだ手の温もりを感じつつ、彼らはこの幸せな時間がいつまでも続けばいいと思っていた。






「本当は私から言おうとしてたんですけど、先越されちゃいましたね」


「え、嘘! マジか! 七子も?」


「ですけど、結果としては……」


「両想いなのは、変わりないか」


「はい!」




(報われなかった君に幸あれ!)



fin.




- 9 -
← prev back next →

TOP