ゼロセンチ


もう夕方だっていうのに、腕にはじりじりと皮膚を焦がすような感覚があって、夏が来たなとぼんやり思った。

「はあ、もうあっつ……」

隣で歩く七子が呟く。

彼女はいつものように長い黒髪を一つに結わえていて、そのせいか首筋や額から汗が流れ落ちていた。

「……」

俺も暑くてたまらないけど、汗が出てるねなんて七子に言うのはなんとなく気が引けた。

だって、女の子ってそういうことを言われるの嫌だろうし。

だから俺は黙っていたけれど、彼女にはそれはただ単に暑さに耐えているだけのように見えているのだろう。


そういえば今日は雨が降っていない。
このところ毎日のように降り続いていたというのに、珍しいこともあるものだ。

でもそのおかげで気温は高くても過ごしやすいかもしれない。
風がない分、じっとしているだけで汗が流れるくらいだけど。

「でも湿度がそんなに高くないから、ちょっと涼しいね」

そう言いながら、俺はちらりと隣の彼女を見た。
七子は相変わらず暑い暑いと言いながらも楽しげだった。
きっと、こういうなんでもない時間が好きなんだと思う。

「だね!でもこれから、部活するのしんどくなるよねえ」

「テストは嫌だけど、こういう時だけはテスト期間早く来いって思うよな」

「で、結果は散々でしょ?」

「ったく、七子は酷いよなー!」

そうして俺達は暑さのせいもあって、しばらく無言のまま歩いていた。
たまにぽつりぽつりと会話を交わすことはあっても、すぐに途切れてしまう。
別に気まずいとかじゃなくて、むしろ居心地が良い。

多分お互いに何も言わなくてもいいと思っているからだ。


こうして一緒に過ごす時間が増えたことで、お互いの距離感みたいなものがわかってきた。

それは俺達の関係を表す言葉として適切なのかわからないけど、少なくとも俺にとってはとても大切なものになっていた。

「あ……ここ、素敵じゃない?」

もう少しこのままでもいいかな――なんて思っていると、ふいに彼女が立ち止まった。

「どれ?」

どうしたんだろうと思って視線を追うと、そこには小さな雑貨屋があった。
ショーウィンドウの向こうでは可愛らしいアクセサリー類が展示されている。

「七子、帰りの時間大丈夫?」


「うん、大丈夫!」


「見て行こうか」

店内に入ると冷房がきいてて涼しかった。
さっきまで外にいたから余計に気持ち良い。

店の中には他にお客さんはおらず、店主らしき初老の女性がカウンターの中で編み物をしているだけだ。


俺達が入ってきたことにも気付かず夢中で編んでいるところをみると、かなり集中してるみたいだ。
邪魔しない方がいいよなと思いつつ、一応挨拶だけしておくことにした。

「こんにちわ……」

カウンターの前に立つと、そのおばさんはすぐに顔を上げて微笑んでくれた。

「いらっしゃい」

良かった、怒ってはいないようだ。


ほっとしたところで改めて店内を見渡すと、色とりどりのブローチやイヤリング、ブレスレットなどの装飾品が所狭しと並んでいた。
どれも丁寧に作られていて、見ているだけでも楽しい気分になる。


そんな中、一つのネックレスに目が留まった。


ゴールドの華奢なネックレスチェーンに、小さなリボンのチャームが付いている。
それは陽光を受けて、チャームに散りばめられた石が白くきらめいていた。

思わず見惚れていると、いつの間にか隣に来ていた七子がそのネックレスを手に取った。

「見てみて、恭也!すごくかわいい……!」

そして目を輝かせながら俺に見せてくる。

その様子はとても愛らしくて、こんな表情ができるんだなってちょっと驚いた。
普段は大人っぽい雰囲気なのに、今は年相応の少女に見える。


七子がすごく愛おしくて可愛らしくて、自然と笑みがこぼれた。

すると彼女は恥ずかしくなったのか顔を赤くする。

「私ばっかり見ないでよ……!もう!」

それから誤魔化すようにしてそう言った。
俺もつられて、なんだか照れ臭くなる。

「ご、ごめん……あはは」

でもなんだかくすぐったくて幸せな気持ちだった。


こういう瞬間があるから七子と一緒の時間を大切にしたいって思うんだよな……なんて思いながら、彼女の手にあるネックレスをじっと眺めた。

「……よし!七子、これ貸して!」



結局、俺はそのネックレスを買った。

本当は買うつもりはなかったんだけど、あまりにも七子が気に入ったようだったのでつい衝動買いしてしまったのだ。

値段もそこまで高くなかったから、まあいいかと思ったし。



「七子って可愛い物好きだよね」


帰り道の途中に寄った公園で、二人でベンチに座りながら俺はそう言ってみた。
すると七子は少し困ったような顔で笑う。

「だって、好きなんだもん。恭也も好きなもの見てるとワクワクしない?」

彼女は言いながらネックレスが入っている袋を見つめる。
大事そうに手の中に収めている様子を見ていると、やっぱり俺も嬉しくなってきた。


確かにこうやって二人で一緒に帰ったり、買い物したり、そういうことを積み重ねていくうちに、彼女に対して今までとは違う感情を抱いている自分がいるのを感じていた。

だから今の言葉を聞いてすごく納得した。

そういうことだったんだって。


そして改めて実感する。

俺にとって七子の存在がどれだけ大きなものになっているかを。


―この先もずっと一緒に居たい。


それはとても純粋な想いで、この関係を壊したくなくて足踏みしていた自分が情けなく思えてくるくらいに。

そしてずっと胸の内では溢れ返っていたのに言えなかったひと言を呟いた。



「なあ、俺……さ、七子のこと好きだ」



眩しく輝く夕陽を受けて、恭也のきらきらとしている瞳に射止められた七子は、まるで時が止まったように感じた。

その言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かが変わった気がして思わず息を飲むと、それに気付いた彼が少しだけ照れ臭そうにはにかむ。


「…………ぅそ」


七子はその笑顔を見てまた心拍数が上がっていくような感覚に陥った。

そんな彼女の様子を知ってか知らずか、彼はいつものように優しく微笑んでから口を開く。


「ずっと七子と一緒に居たいから、俺と付き合ってほしい」


「ほんと……?」


「うん。俺は冗談でそんなこと言わないよ」


そう言うと恭也は七子の頬に片手を添えて、慈しむような淡い光を瞳に湛えながら彼女を見つめ返す。


「……恭也ぁ!」


一瞬の後に彼の言葉を理解した七子が、勢いよく抱きついてくると、恭也の胸に顔を埋める。
スンスンと鼻を鳴らしているところを見ると、きっと涙を流しているのだろう。

「ごめんね、嬉しすぎて……」

すると恭也は七子の柔らかな髪を優しく撫でてた。


こんな幸せなことがあるだろうか。
もう死んでもいいくらい幸せだと思った。


それからしばらくそうしていたが、ふと思い出したように身体を離す。

そして恭也の顔を見上げると、恭也も七子のことを見ていたようで目が合う。


「私も……恭也のこと、好き。ずっと一緒に居たい」


潤んだ瞳で言われたその一言に理性を抑えられなくなった恭也が、七子の唇へ自身の唇を重ねた。


それは一瞬だったかもしれないし、何分か経っていたかもしれない。
ただただ幸せすぎて、時間なんてどうでもよかった。


ゆっくりと唇を離すとお互い照れくさくて、笑いながら抱き締め合った。

そして恭也はもう一度、愛おしい七子の薄桃色の形の良い唇にキスを落とす。


このまま時間が止まればいいのに……。


そう思いながら、七子は目を閉じた。


今度は少し長く角度を変えて、二人は相手を求めるように熱くキスを重ねる。


「んっ……」


ひとつに重なった二人を、鮮やかなオレンジ色の夏の陽射しが照らしていた―……





こんな夏なら、嫌いじゃない。




愛らしい七子の熱い体温を感じながら、恭也はそう思っていた。



そう、その距離は―



fin.

[この小説の冒頭の一文は、長文お題として永遠少年症候群様からお借りしました。]




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