消えてしまった者たちへ
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  • 始まりは愛する人の

     土曜日 ハリー、ロン、ハーマイオニーは冥界の部屋へ向かっていた。ハリーとロンは荷物を持っていないが、ハーマイオニーはいつものカバンに大量の本を詰めて持ってきていた。半分は屋敷しもべ妖精福祉振興協会、通称S.P.E.W.の為の資料だが、それに加えて先日ムーディの口から出た「死の一族」について載っている本である。



    「よくそんなに見つけたよね、ハーマイオニー」

    「そうかしら 私はもっと資料があってもおかしくないと思うわ それに今持ってる本の中でもちゃんと『死の一族』について書かれているものは数冊よ」



     ハーマイオニーは一冊の本を取り出すと器用に開いて読み始めた。



    「『死の一族』純血の名家のひとつであるセルウィン家の呼び名の一つ 死の加護を受けると言われ、黒い髪に青い目を持つ」

    「確かにラミアは髪も黒いし目も青いね」

    「死の加護も見せてもらったよ この前話したよね」

    「問題はそこじゃないわ この本『イギリスの純血貴族』にはもう少しセルウィン家について書いてあるの」



     ハーマイオニーは苦虫を噛み潰したような顔をして本の先を読んだ。



    「セルウィン家は死と契約したとされる唯一の一族であり、短命の一族としても名を知られている」

    「短命?!」

    「そうよ でも詳しいことは何も書かれていないわ」

    「やっぱり本人に聞くしかないってことか……」



     3人は言葉少ないまま冥界の部屋へ向かった。







    「いらっしゃい 紅茶とココア用意していますよ」



     ラミアは3人をいつもと同じように客間に案内した。



    「『死の一族』についてですよね」

    「…はい」

    「その様子だと少しは調べたようですね」



     苦々しい顔をした3人にラミアは苦笑して一冊の本を本棚から取り出した。紺の革表紙に金の文字でタイトルが書かれている。タイトルの下には美しい羽の生えた馬が描かれていた。



    「図書室には殆ど情報がなかったでしょう?」

    「はい… いろいろ探してみたんですけど」

    「なくて当然ですよ 意図的に置いていないんです」

    「え…?」



     意図的に?3人は首を傾げた。ラミアは本を開き目的のページを探しながら微笑んでいる。



    「どうして?見られちゃまずいものでもあるの?」

    「そうですね まあ、そんなところです」



     目的のページを見つけたようで、ラミアは本の1ページを3人に見せた。描かれていたのは骨ばった体にドラゴンのような翼を持つ天馬だ。お世辞にも美しいとは言えないその姿にハリーは一瞬息をのんだ。



    「〈セストラル〉を知っていますか?」



     ラミアの問いにハリーとロンは首を横に振ったが、ハーマイオニーは知っていますと答えた。



    「死を見たことのある人間だけ姿を見ることができる魔法生物です」

    「ハーマイオニー、よく知っていましたね」

    「死を見たことがあるって?どういうこと?」

    「そのままです 人の死を目にしたことがあるか、という意味」



     ラミアは静かにページを捲った。そこには黒い髪の女性に膝を曲げて頭を下げるセストラルが描かれている



    「私たちセルウィン家の者は生まれつき彼らを見ることができます」

    「え?」

    「生まれつき?」

    「ええ その理由を今から説明しますよ」



     驚いてラミアの顔を見る三人に対して、ラミアは淡々と本を捲りながら話を続ける。




     ラミアが話しはじめたのは、物語のような話だった。




     昔、黒い髪に青い瞳を持つ魔女がいました。どこにでもいるような、そんな魔女でした。魔女には夫がいました。同じように魔法を使うことのできる夫と共に魔女は幸せに暮らしていました。


     しかし悲劇は突然起きました。夫が不慮の事故により死んでしまったのです。魔女は七日七番彼の体の元で泣き続けました。そして願い続けました。



    どうか、どうか彼を返してください。
    そのためならばこの身さえ捧げましょう。
    どうか、どうか……



     八日目の朝、願い続けた魔女の目の前に現れたのは黒い姿をした一頭の天馬でした。骨の見えるその体躯に魔女は言葉を失い、そして思いました。冥界からの使者なのか、と。
     するとその天馬から何かが降りてきました。その黒い影は自らを「死」と名乗りました。
     「死」は黄色い瞳をギラギラさせ、魔女を見つめました。そしてかすれた声でただ一言、魔女に言いました。



    その男を蘇らせてほしいのか



     魔女は耳を疑いました。しかしそれこそが魔女の望んだものなのです。魔女は枯れたはずの涙を目に溜め、深く深く頭を下げました。



     どうか、どうか
     彼を……!



     「死」は一歩魔女へ近づくと、またかすれた声で言いました。




     代わりにお前とその子孫の生きる筈の時間をいただこう

     その為に我の加護を与えてやる

     短い命を存分に楽しむがいい



     「死」は魔女の額と腹に手を伸ばしました。魔女の中に新たな命があることを「死」は見抜いていたのです。



     黒い髪に青い瞳を持つ魔女よ

     契約だ

     お前の血を受け継ぎ、その容姿を継いだものへ我の加護を与えよう

     そして魂の一部を我に捧げよ

     短い生涯のうち一度なら、我への干渉を許そう

     そして魄の一部を我に捧げよ



    「死」は魔女にそう告げると、音もなく天馬に乗り風のように消えていきました。

     魔女が呆然としていると、死んだはずの夫の顔に生気が戻りゆっくりと目を開きました。生き返ったのです。そして2人はまた幸せな生活を始めました。


     魔女はまもなくして子供を産みました。黒い髪に青い瞳を持つ子供でした。魔女は子供に「死」との契約を伝え、若くして静かに息を引き取りました。魔女の子孫は「死」との契約と自分の親の死を見て感じ、そして言い伝え続けました。






     ラミアは話を終えると、静かに本を閉じた。



    「今の話に出てきた魔女 それがセルウィンの始祖、アナスタシア・セルウィンと言われています」

    「アナスタシア・セルウィン……」

    「セルウィン家の人が短命の理由は『死』と契約したから……?」

    「随分突飛な話でしょう?でも事実セルウィンの人間には〈死の加護〉と言われる防御壁があります」



     ラミアの苦笑に3人も同じように苦笑で返すしかなかった。理解をするには話が大きすぎたのだ。



    「〈セルウィンの防御壁〉って死の呪文ですら、跳ね返すんだろ?無敵じゃないか」



     ロンは眉間にしわを寄せながらラミアに言った。



    「いいえ あの防御壁は決して無敵などではありません」

    「そうなの?どうして?」

    「本人の精神状態に大きく左右されるから つまり焦っていたり心が大きく乱れていたりすると発動しません そして……」

    「そして…?」



     ラミアは一度言葉を切った。言っていいものか迷っているようだ。しかしすぐに次の言葉は紡がれた。



    「『死』との契約に〈死への干渉を許す〉というものがありました」

    「どういう意味?」

    「簡単なことです 『人を生き返らせる』ということができるのです、セルウィン家の者は」

    「え?!」

    「生き返らせる?!」

    「そんなことができるんですか?!」



     信じられない。3人の頭にはそれだけだ。



    「できます そしてそれをすれば〈死の加護〉は消えます」

    「まさかそんなことが……」



     淡々と話を続けるラミアだったが3人は未だ信じることができなかった。



    「私の父は母を、祖父は加護を持たなかった叔父を その力を使い『死』から取り返しました」

    「……!」



     ラミアは手元の本を見つめたまま、話をつづけた。



    「兄は加護を持たないものでした。母と同じ栗色の髪でした。私の従兄、セシル・セルウィンは例のあの人への忠義を示すため、両親と兄を狙ったのです。セシルにとって厄介だったのは3人の中で唯一黒い髪と青い瞳を持つ父でした。」



     ふと視線を上げたラミアの目の先にあったのは本棚の一角に立てられた写真立て。若い夫婦と歳の離れた兄妹。ラミアと同じ黒い髪に青い瞳を持つ男性と、栗色の髪にハシバミ色の瞳を持つ女性はラミアの両親だろうか。幸せそうに肩を寄せ合い、時折視線を合わせて微笑んでいる。そして栗色の髪に青い瞳の青年と黒い髪に青い瞳の少女。青年は少女の頭に手をやり、少女はくすぐったそうに笑っている。
     ラミアは懐かしそうに瞳を細めたが、次の言葉を口にするころには視線を下げていた。



    「父が『死の加護』をすでに失っているということを知らなかったセシルは、父を銀のナイフで殺そうとしました。『セルウィンの防御壁』はたった一つ銀を防ぐことはできないのです。セシルはまず母を狙いました。母へ向かって放たれた死の呪文は母を庇った兄へ当たりました。そして兄の死体に縋りつく母を銀のナイフで殺し、同じナイフで父を殺しました。『死の加護』を失い、魄として耳の聞こえない父を殺すことは造作なかったでしょう。」



     ラミアの声は変わらなかった。始めから終りまで、まるで数字を数えるように。悩むことなく震えることなく。



    「私が目にしたのは結果だけでした。しかし何が起きたのか、私にはすぐに理解できました。」



     ハリーは目を伏せ唇をかみしめ、ロンは目を見開いたまま固まり、ハーマイオニーは瞳にうっすら涙をためていた。
     その様子にラミアはハッとしたように視線を上げた。



    「君たちにする話でありませんでしたね 申し訳ありません ………もうそろそろ食事の時間ですよ」



     ラミアはいつものように笑っていた。ハリーはその笑顔しか見たことがなかったが、きっとこれは本当のものでないのは何となくわかった。

     3人はその言葉に素直に従い、部屋を出ようとした。しかしハーマイオニーはゆっくりと振り返るとラミアの方を見た。しかしその視線はきょろきょろと動いている。



    「どうしましたか?」

    「先生、聞いてもいいですか?」

    「……どうぞ」



     ラミアが夏休み中ハリーをシリウスへ送り、そこで話した内容を全てハーマイオニーはハリーから聞いていた。『防御壁』の簡単な説明も、そして彼女の親友のことも。
     ハーマイオニーは一度深呼吸すると、今度こそラミアの青い瞳をみた。授業中でもそうだが、彼女は相手の目をしっかり見て話すタイプだ。ラミアはその瞳を見つめ返した。



    「……先生にも死者を生き返らせることはできるんですよね?」

    「はい、できますよ」

    「では、どうして……」



     ハーマイオニーは一度視線を下げた。言っていいものか迷っているようだ。



    「何でしょう、ハーマイオニー」

    「っ…… どうして親友であるレギュラス・ブラックを生き返らせることはしなかったんですか?」



     ラミアはハッと息をのみ、見たことのないくらい目を見開いた。






     私はまさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。驚いて一瞬呼吸を忘れてしまった。しかし冷静になるのにそれほど時間は必要なかった。

     考えたことがなかった。それが正直なところだ。しかしこの問いに対する答えはそれではない。
     私はあの日もしレギュラスが命を落としていたら、と想像した。指先から冷たくなるようなそんな感覚に私はギュッとこぶしを握った。



    「ラミア先生……?」



     固まってしまった私にハーマイオニーが心配するように呼びかける。私は真っ直ぐ彼女を見た。



    「簡単ですよ 彼がそれを望まないのは私が一番わかっているからです」

    「望まない?生き返ることを?」



     ロンは意味が分からないというように首を傾げ言った。



    「そうです レギュラスは全てを抱え、守り、いなくなることを望んだんです」



     私はそこまで言うと、3人に微笑んだ。



    「まだわからないでいいですよ ほら、行きなさい 食べ物が無くなってしまう」



     3人、特にハリーは何かを言いたそうにしていたが、あえてそれを見ないふりして3人を部屋から出した。追い出したという表現の方が正しいかもしれない。しかしそれほど私は動揺していた。





     自分しかいない部屋。その静けさにも気づけば慣れてしまっていた。



    「レギュラスは欲張りだよね 両親も兄もクリーチャーも守っていなくなって……」



     私は椅子に座ると机の向かいを見つめた。いつも彼が座っていた場所。

    一瞬そこに腰かけ本を読むレギュラスが見えた気さえした。何度見たかもわからない幻影。
     私は手を伸ばそうとして、やめた。髪に付けられた青いバレッタに手を伸ばし、優しく触れる。



    「あなたが決めたことに、私が手を伸ばせるわけないじゃない」



     彼のためにも後悔はしちゃいけない。そんなことわかっているはずなのに、何かできたのではないかと思おうとしてしまう私は彼と同じ欲張りなのだろうか。




     始まりは愛する人の死
     きっかけは大切な人の悲しみ


     私の名に刻まれたのは、レギュラスが闇になるための悲劇だけなのだ。

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