消えてしまった者たちへ
  • 目次
  • しおり
  • 知らない彼女の救世主

    代表選手に選ばれた次の日の夕方、ハリーの元に一通の手紙が届いた。

    ハリーへ
     昨日はお疲れ様でした。いつでも来ていいと言いましたが、今週は金曜の午前まで予定が入ってしまいました。ですのでハリーさえ良ければ金曜の授業後、私の部屋へ来てください。1人でもハーマイオニーとロンが一緒でも構いません。あなたが今一番話したいであろう方と話せるようにしておきます。
     あとリータ・スキーターとマッドアイには気をつけなさい。リータは下手なことを言えば勝手な解釈をされ、口を閉ざせば嘘を書かれます。回答は慎重に。マッドアイは被害妄想が酷く信憑性のない話を多くします。同じく慎重に。
    ラミア・セルウィン



    「ラミア先生から?」

    「うん、金曜日に部屋に来なさいって。ハーマイオニーも来る?」

    「私は行けないわ。きっと数占いの宿題がたくさん出るから、それをやらないと。でもハリー、あなたラミア先生の部屋 知ってるの?」



     ハリーは手紙を見返す。ラミアの部屋。行ったことがなかった。今まではあの冥界の部屋で会っていたのだから。



    「ハーマイオニーは知ってる?ラミアの部屋」

    「レイブンクロー寮のある西棟よ。レイブンクロー寮へ繋がる階段の途中に通路があって、その先の青い扉がラミア先生の部屋よ」

    「随分詳しいんだね」



     ハリーがそういうとハーマイオニーは恥ずかしそうに言った。



    「行ったことがあるの。あなたたちには言っていなかったけど。」

    「そうなの?!」

    「生徒の中じゃ有名なのよ。いつどんな時でもアポなしでも部屋に行けばセルウィン教授はココアを用意して待ってるって。」

    「いつでも?」

    「ええ、いつでも」



    今までハリー達が冥界の部屋に行くとき、必ずしも連絡を入れていたわけではない。だがいつ行っても彼女はその部屋にいた。てっきり冥界の部屋で生活しているものだと思っていたのだ。



    「でも先生がそっちの部屋でって言っているなら行けばいいんじゃない?多分迷わないわ」

    「うん、行ってくるよ」



    ハリーは多少の不安を抱えながらも、了承の手紙をラミアに送った。




     そして金曜日、数人のレイブンクロー生とすれ違い訝しげな視線を向けられながらも、ハリーはラミアの部屋へたどり着いた。少し薄い青をした扉は少しラミアの瞳に似ているような気がした。

    トントントントン

    ノックをすると中からどうぞと声が聞こえた。そうっと中へ入るとラミアがそこにはいた。



    「部屋へ来るのは初めてですね。ほら、入って」

    「うん……」



    ラミアはハリーを招き入れると、そのまま部屋の奥へと案内した。部屋は冥界の部屋のように生活感のないものではなく、シンプルだが綺麗な内装をしていた。



    「好きなところに座ってて。ココアでいいですか?」

    「うん、ありがとう」

    「いえいえ、私が呼んだのですから。この後予定は?」

    「ううん、何もないよ」



     ソファに座り部屋を見渡す。目に着いたのは写真立てだった。前に冥界の部屋で見たラミアと家族の写真、ラミアの友人と思われる女性と一緒に写った写真、ハリーの両親と写った写真、そしてシリウスに似た男性と一緒に写った写真。



    「レギュラス・ブラック……?」

    「そうですよ」



     ココアを運んできたラミアはハリーの視線の先に気が付いたらしい。机に二つのカップを置くと、その写真立てを手に取りハリーに渡した。



    「レギュラス・ブラック。シリウスの一つ下の弟で、私の親友です。そしてヴォルデモートの支持者でもあった」

    「ヴォルデモートの……」

    「ええ。ハリー、あなたも知っていると思いますが、ブラック家は熱烈な純血主義の家でマグルを迫害するヴォルデモートの信者でもありました。シリウスとレギュラスはその家に生まれ、片方は純血主義を嫌い、片方は純血主義にどっぷりと浸かりました。」



     ハリーは何となくマルフォイを思い出した。身近にいる純血主義がパッと彼しか思い浮かばなかったのだ。



    「マルフォイみたいな感じだったの?」

    「……いいえ。Mr.マルフォイとは少し違う気がします。レギュラスはマグルに全くと言っていいほど興味がなかったんです。まるで魔法使いとして存在すらないかのように」

    「存在がない?」

    「ええ。彼は一度言っていましたよ。それらがいることに興味はない。ただ自分と同じものだと認める気はないと。つまり彼にとってマグル生まれの魔法使いたちに価値はなかったんです。だから自分から関わることは有りませんでした」

    「じゃあ、マグル生まれの方から関わって来たら?」

    「最低限、とだけ。動物や虫と同じレベルのようです。存在自体は認めても自分とは全く別の下等な生物。ある意味Mr.マルフォイより質が悪いかもしれませんね」



     ラミアは少し困ったようなそんな笑みを浮かべながら話した。思い出すのが楽しいようにも見えた。だが話を聞いてハリーはラミアに聞いてみたいと思った。



    「ラミアにとってマグルは?マグル生まれは?」

    「そうですね。マグルは私たち魔法族にはないものを持っています。それはすごいと思いますが、魔法を使うことができないのは哀れにも思います。マグル生まれの魔女魔法使いは私たちと大差ないと思っていますよ。」

    「大差ない?純血とマグル生まれが?」

    「ええ。もちろん純血に生まれたことは誇りですが、そうでない人を蔑んだりはしません。それにハーマイオニーのような優秀な魔女がいるのも事実です。数年前まで魔法の存在を知らなかった子供たちが立派に魔法を使えるようになる。尊敬していますよ。」



     ラミアは一口ココアをのみ、また楽しそうに微笑んだ。



    「所詮同じ人です。魔力を持っているか持っていないか。ただそれだけなのだから。」



    ハリーは世界の魔法使いたちが全員ラミアのように考えていればいいのにと思った。
    写真に視線を落とし、何となく違和感を持った。違和感を拭えないまま先ほどの写真立てたちをもう一度見る。



    「どうしましたか?」

    「ラミア、この写真撮ったのっていつくらい?」

    「15年ほど前でしょうか。6年生くらいだと思いますよ」

    「あれ?ラミア何歳?」

    「女性に年齢を聞きますか。まあ私ならいいですけど。33歳ですよ。まだ誕生日来てないので。」

    「33歳?!」



    ハリーは違和感の正体に気が付いた。ラミアはどの写真を見ても、今の彼女を見てもあまり変わっていないのだ。現にハリーにはラミアがもっと若く見える。



    「20代だと思ってた。いってても20代後半」

    「あなたの両親と一つしか変わらないの、忘れていませんか?」



     変わらないとはよく言われるなぁとラミアは苦笑した。



    「父親も年の割に若く見られていたようなので遺伝なのかもしれませんね」

    「結婚はしてないんだよね?恋人とかは?」

    「もう何年もいませんよ。ホグワーツで働いていると尚更出会いなんてないですしね」



    言われてみれば確かにとハリーは納得した。ホグワーツにいる年の近い教授なんてあとはスネイプくらいだ。



    「世間話はこのくらいにして、本題に移りましょうか」



    ラミアは徐に立ち上がると、戸棚の引き出しからグリーティングカードのような紙を取り出し、もう一度ソファに座るとそれに手をかざした。それまで真っ白だったカードが少しずつ黄色く変わっていく。



    「何をしているの?」

    「ふふ、すぐにわかりますよ」



    楽しそうなラミアにハリーは首をかしげる。するとザザ、ザザと何か音が聞こえた。ラミアの持っているカードからだ。



    『…な…だ?こ…、色が…わっ………』

    「声?」



    雑音と共に聞こえてきたのはこの夏休みずっと聞いていた声。ハリーはその正体にすぐに気が付き、目を輝かせカードへ寄った。



    「聞こえますか?私の友人からのプレゼントです」

    『その声…ラミアか?』

    「シリウス!」

    『ハリー!なんだこれ!』

    「ブレアさんが作った電話もどきだそうですよ」



    ラミアはハリーにウィンクした。






    『ハリー、代表選手に選ばれたって本当なのか?』

    「本当だよ。でも僕は名前を入れてないんだ!」



    シリウスに一通りの事情を話そうとすると、事前に話を聞いていたのか簡単に本題に入ることができた。



    『落ち着け、ハリー。私はそれを心配しているのではない。問題なのは…』

    「誰がハリーの名前を入れたか、です。」

    『でもラミア。お前の魔法ではわからなかったんだろう?』

    「妨害を受けてね。」



    カード越しにシリウスの悩むような声が響く。



    『ラミアの魔法を妨害できるだけの人物か…。クィディッチワールドカップも関係があるのか?』

    「さあ?だけど代表選手にハリーが選ばれてしまった以上、警戒をするしかない」

    「僕は…どうしたらいい?」



    ハリーはそれが聞きたかった。



    『油断をするな。何か小さなことでも違和感があればすぐにラミアに言いなさい。』

    「私個人でもあなたを危険にさらそうとする人物の特定をします。その守護のブレスレットを肌身離さず持っていなさい」

    「わかったよ。シリウス、ラミア」



    ハリーは左手のブレスレットを手首ごと握り締めた。




    こんこん、こんこん



    「フォークス?」

    『フォークスってダンブルドアの不死鳥だろ?どうした?』



    窓の外にはダンブルドアのペットであるフォークスが止まっていた。ラミアはハリーにカードを渡すと、窓へ駆け寄りフォークス中へ入れた。



    「……ハリー留守番を頼んでいいですか?ダンブルドアからの呼び出しです。」

    「うん、わかった」



    ラミアの声は明らかに苛立ちを含んでいた。ラミアは小さなカバンにいくつかの羊皮紙を詰め込むと、苛立ちを隠すことなく部屋から出て行った。



    「ラミア、怒ってた?」

    『ラミアはダンブルドアのこと嫌いらしいからな』

    「え、そうなの?」

    『理由を詳しく知っているわけじゃない。ただ昔ダンブルドアがラミアの逆鱗に触れたらしい』

    「逆鱗?」

    『ラミアはあまり腹の内を表に出す方じゃない。怒りもそうだ。だけど一度だけ、彼女がダンブルドアに暴言を吐いたんだ』

    「え…?」



    ハリーにとって想像のつかないことだった。いつも丁寧な言葉遣いのせいか、暴言を吐くところなんてどうやっても結びつかない。



    『ああ、そう言えば。今年の闇の魔術に対する防衛術の先生はマッドアイなんだってな』

    「そうだよ。変わってるよね、あの人。ラミアはあんまり近づくなって言ってたけど……」



    そういうとシリウスは苦笑いを混ぜた笑い声をあげた。



    『あの二人、ずっと仲悪いからなぁ』

    「え、ラミア仲悪い人多くない?」

    『マッドアイは特別仲が悪い。顔を合わせるたびお互い嫌味を言いあっていた。2人の立場も特殊であったからかもしれないが』

    「立場って?」



    ハリーは首を傾げた。シリウスの声は終始落ち着いていたが、少し悩んだような声色を見せた。



    『マッドアイは当時最も恐れられていた闇祓いだったのは知っているだろう?マッドアイはラミアが闇の陣営のスパイでないかとずっと疑っていたらしい。』

    「ラミアがヴォルデモートの仲間だって!?そんなわけないよ!」

    『落ち着け、ハリー。本当にそう疑っていたのは一部だ。学生時代のラミアを知っている人間は皆そんなことはないと知っていたしね。』

    「どうしてラミアを疑っていたの?」

    『ラミアの親友、つまりレギュラス・ブラックのことがあったんだ。レギュラスが闇の陣営側なのは周知の事実だったしな。まあその時にはもうレギュラスは死んでいたが。』

    「親友が死喰い人だったからラミアは疑われたの?」

    『疑うなと言う方が無理な話だ。ラミアのことを深く知らない人間なら尚更な。』



    そんなことがあったのか、とハリーは思った。



    『まああくまでも私たちの予想に過ぎないがな。マッドイ自身がラミアに闇の陣営側でないのかと言ったことは私の覚えている限りない。ただ嫌味を言い合っていただけだ。』



    ハリーは今この部屋にいないラミアのことを考えた。彼女はどんな気持ちで闇の陣営側と戦っていたのだろう。そう考えていると黙っていたハリーの心を読んだようにシリウスは言った。



    『レギュラスが死んでしばらくは彼女を家から全く出てこなかったんだ。その間連絡を取っていたのはジェームズだけだ』

    「お父さん?」

    『ああ、そうだ。その時どんな話をしていたのか、私は知らない。だが一月ほど経ったある日、ジェームズがラミアを連れてきたんだ。仲間に入れるってね』

    「お父さんがラミアを連れてきたの?!」

    『私も驚いたよ。実際嫌々ではあったようだけれどね。だがラミアが仲間になったことでこちらの戦力はぐんと上がったんだ。彼女の呪文の知識と実力は頭一個以上飛びぬけて秀でていた。彼女に決闘で敵うのはダンブルドアかヴォルデモートしかいないんじゃないかってね』

    「え」



    ハリーは驚いて一瞬固まった。普段の落ち着いた、冷静な彼女からは想像がつかなかったからだ。



    『ラミアは目の前の仕事を淡々とこなしていくタイプの人間だ。ただ無茶だけは絶対にしない。自分も仲間も誰一人として欠けることを許さない。賢かったんだ。』

    「賢い…」



    確かにそうだったのかもしれない。しかしハリーには無理やり気を紛らわせようとしていたのではとも思えた。それでも生きなければいけない理由がラミアにはあったのかとも。



    「ラミアは幸せなのかな」

    『幸せの定義なんてすぐに崩れる。いいことがあるたびに幸せだと思う人間もいれば、悪いことがあったとき何でもなかった日々を幸せだったと思う人間もいるんだ。言葉にしてしまえば同じだが、その時にならなければわからないんだよ、ハリー。』

    「そういうものなの?」

    『そういうものだ』



    写真の奥で笑うラミアのような笑顔をハリーは見たことがない。それを見ることがこの先できるのだろうか。小さなラミアが自分の目をちらりと見て頷いたような気がした。

    嫌いな色で塗りつぶして