消えてしまった者たちへ
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  • 本当の子守歌

    ダンブルドアに呼び出された私は、魔法をかけた小さなカバンに資料と試作品を詰め早足で校長室へ向かった。どんな用であれ長引かせる気はさらさらないのだ。



    「ゴキブリゴソゴソ豆板!」



     毎度のことながらこの合言葉はどうにかならないのだろうか。私は溜息を吐きながら合言葉によって現れた螺旋階段を上った。



    「失礼します」

    「ラミア。突然呼び出してすまない。」

    「いえ。それで聞きたいこと、とは」



     校長室にいたのはダンブルドアのみだった。彼はいつも通り椅子に座っている。私がその前に周ると、フォークスが一声鳴いた。私の部屋に届いた手紙には聞きたいことがあるから部屋に来られないかという内容のものだった。



    「レイブンクローの髪飾り。それは知っているじゃろう」

    「ええ、もちろん。私も元レイブンクロー生ですから」

    「では、その在りかは?」

    「私が失われた髪飾りの行方を知っていると?」

    「そうじゃ。学生時代、おぬしがホグワーツ中の本を読み漁り、好奇心の赴くまま行動していたのは知っているからのう。」



     私はダンブルドアの予想外の発言に頭を素早く回転させた。この人は何が聞きたい?私に何を言わせたい?私の何を手に入れたい?



    「あなたの言う通り私は学生時代、彼女ロウェナ・レイブンクローの失われた髪飾りの行方を探しました。しかしあまりにも情報が少ない。あるのは寮の談話室にある彼女の像ぐらいでしょう。」

    「………」

    「第一、探してどうしようというのですか?ダンブルドア、あなたがそんな宝に興味があるとは思いませんよ。」



     私はその机に両手をついてダンブルドアをまっすぐと見た。



    「はっきり言ってください。私の何に探りを入れているのですか?」



    私と同じ青い瞳。しかし私よりずっと澄んでいてそれでいて読めない。その瞳に何度恐怖と怒りを覚えたか。
    ダンブルドアはふっと口元を緩めると、ゆっくりと立ち上がった。



    「そういう表情をすると父親によく似ているのう。」

    「話をそらさないでください」

    「すまない。ついそう思ったんじゃ。わしはラミアがレイブンクローの髪飾りの在りかを知っていると確信を持っているのじゃよ」

    「何故でしょう」

    「勘じゃよ。老いぼれのなぁ」

    「知らないと言ったら?」

    「『見つけ次第破壊せよ』」

    「それは命令ですか?」

    「そうじゃ。……ラミア、おぬしはこの会話の中で一度もその在りかを知らないと言わなかった。わからないとも。」

    「………」



     意識していたわけではない。だがダンブルドアを相手に嘘を吐く気にならなかったのかもしれない。



    「……目星はついています。しかしそこまでです。」

    「なら見つけ出して破壊を……」

    「……かしこまりました」



    私は小さく頭を下げた。破壊方法を言わないのはきっとワザとだ。私がそれだと知っている前提で話を進めているのだ。




    「話はそれだけですか?」

    「いや。まだ聞きたいことがあるのじゃよ」

    「何ですか?」

    「あと何年か聞いてもいいかのう?」

    「っ…!何を……!」



     私はダンブルドアを睨みつけた。言葉の少ない問い。しかし今の私には何が言いたいのか痛いほどわかっている。私の今一番触れられたくない部分。私自身のことだ。



    「ラミア・セルウィン。おぬしはあと何年生きられる?」



     私は表情を隠すのも忘れて俯き唇をかんだ。



    「セルウィンの者の寿命は通常40〜50歳。しかし加護を受ける者はさらに短い」

    「それをきいてどうするんですか?私の葬式の準備をしてくれるとでも?」



     私はいつもの調子をすぐに取り戻そうとした。上手くいっている自身はない。相手はダンブルドアだ。



    「そんな話をしているわけではないことなど、おぬしが一番わかっているはずじゃ。」

    「………」



    真剣みを帯びたダンブルドアの瞳に吸い込まれそうになる。しかし私は私のままで。そうでなければいけない。



    「4,5年といったところでしょうか。良くて7年。私はそう見ています」

    「伸ばす方法はないのか」

    「あったら先祖の方々がとっくにやってますよ。それにそんなこと私は生まれたときからしっています。今更何を悲しめと。」

    「おぬしはそれでいいのじゃな」

    「ええ。やるべきことは全て終わらせますから。あなたが気にすることではありません。他に気にすることがあるでしょう、ダンブルドア校長」



     ワザとらしく校長を強調する。ダンブルドアは目を伏せ、声を沈ませた。



    「無茶をするでないぞ。自ら縮めるような愚かな真似はするでない」

    「わかっていますよ。私も死にたいわけではありませんから…。」



     わかりきっている。私はまだ生きなければならない。悔いなんて残す気などさらさらないのだから。



    「話はこれだけですか?」

    「ああ」

    「そうですか、では失礼します。部屋でハリーが待っていますので」

    「ハリーが?……ああ、シリウスと連絡を取っているのか」

    「ええ。それではまた」



     私はまだ何か言いたげなダンブルドアを部屋に残しその場を去った。これ以上ダンブルドアの話を聞けるほど、私の気は長くない。






    「ただいま」

    「お帰り!ラミア」

    『おかえり』

     いつもは何も言わず入る自分の部屋。ハリーがいると思ったらつい言葉が出ていた。帰って来たものについ下がっていた機嫌が少し上がる。私も単純なのかもしれない。



    『何の話だったんだ?』

    「大した話じゃないよ。仕事の話。で、あなたたちは?何の話を?」

    「ホグワーツの思い出を聞いてたんだ!でもあんまり変わってないんだね」

    「そうですね、確かに。」

    『もう20年近く経つんだな。つい最近みたいだ』

    「そりゃあシリウスはアズカバンにいたんですからねぇ。そんな気もするでしょうよ」

    「確かに!」



    ハリーはとても楽しそうに笑う。彼の沈んでいた気分も上がってくれたようで安心した。今のホグワーツは去年までと比べてとても居心地が悪いだろう。



    「そういえば、今日は一人で来たんですね。ハーマイオニーとロンが一緒に来るかと思っていたのですが。」



     なんとなく彼の親友の名を出す。するとハリーの表情が一気に沈んだ。地雷だったか。



    「ハーマイオニーは数占いの宿題があるからって。ロンは……」



    ハリーは突然言葉を止めうつむいてしまった。



    『何かあったのか?』

    「………」



    シリウスの心配そうな声にハリーは返さない。話したくないというよりはどういっていいかわからない、自分でも整理しきれていないようだ。
    私がそっと彼の頭に手を乗せると、ハリーはゆっくりと顔をあげ私の目をまっすぐと見た。緑の瞳を吸い込むように見つめる。



    「何があったのか何となく想像は付きますが、大丈夫ですよ。あなたたちは親友でしょう」



     ハリーの表情が晴れた様子はない。しかし小さく頷くと、そうだといいなぁと呟いた。





     夏休みの間ハリーとシリウスは一緒に暮らしていたはずなのに、延々と話の種は尽きないようで。気が付けば日付が変わろうとしていた。



    「また連絡するよ」

    『ああ、待ってる』



     私が最初と同じようにカードに手をかざすと、チリチリと焼け焦げるようにカードは消えた。時計を見て急いで帰る準備をしようとするハリーに私は一つ提案をした。



    「この時間にこの西塔からグリフィンドールの寮まで帰るのは安全とは言えないでしょう。泊まっていっては?」

    「ここに?」



     ハリーは酷く驚いたように返す。まあ、仕方がないだろう。ハリーの命を狙っている人物がいるかもしれないのだ。用心に越したことはない。



    「この部屋には二つベッドもありますし」



    時間が遅いことも、部外者の多いホグワーツが決して安全でないこと。ハリーは十二分に理解していたようで、結局は私の部屋の端にある小部屋に泊まることになった。
    準備を済ませ、ハリーを小部屋に案内する。どの教授の部屋にもある緊急用の小部屋だ。



    「不具合はありませんか?」

    「ないよ、ラミア。最高だ」

    「それは良かった。最高ついでに子守唄も歌って差し上げますよ?」



     冗談交じりに言えば、断られるかと思ったその質問にハリーは想定外の返答をした。



    「子守唄…?いいの……?」



     私は目を見開いて、むしろいいんですか?と聞いてしまった。ハリーはその質問の意味にすぐに気が付いたようで、少し肩をすくませながら恥ずかしそうに言った。



    「歌ってもらったこと、ないんだ。ダドリーが歌ってもらってるのを何となく聞いたことはあるんだけど…」

    「そう、ですか。なら私がハリーに歌いましょう。上手くはありませんが、母に歌ってもらっていた子守唄があるので。」



     ハリーは数回の瞬きの後、嬉しそうに微笑んだ。



    ベッドの隅に腰掛け、ハリーの頭をゆっくりと撫でる。気持ちよさそうに目を細める彼は少し幼いように見えた。
    私は少しだけ深呼吸をして記憶を探り、母に歌ってもらった子守唄を思い出す。
     静かな夜の、そして暖かく優しい子守唄。


    翼の中で 眠るあなたに
    送る言葉は 遠い子守唄
    夢の深くで 光る希望に
    隠されたまま 消える灯を

    空を映した 湖の上
    揺蕩う雲を 探し続けた

    選ばれた仔よ 天馬の加護に
    包まれ育つ 短き命
    選ばれた仔よ 約束なさい
    触れてはならぬ 白い翼を


    翼の中で 眠るあなたは
    何も知らない 知ってはならぬ
    愛しき者を 闇から救い
    天馬の加護が 消え去る時まで

    青き瞳に 見初められるは
    畏れる獣 その名のもとに

    選ばれた仔よ 真実のもと
    黒き御髪に 願いを込めて
    選ばれた仔よ 世界を捨てて
    守る運命 その名のもとに





    すぅすぅと心地よい寝音に私はつい顔が緩むのを感じた。
    この子守唄は4番まであると母は言っていたが、子守唄を4番まで聞いていられるほど眠れない子供ではなかった。私が知っているのはここまで。それでも、ハリーには十分だったようだ。

    私は眠りについたハリーを起こさないよう、静かに小部屋をあとにした。

    嫌いな色で塗りつぶして