消えてしまった者たちへ
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  • しおり
  • 記憶の中の愛した姿

    「おはよう、ハリー」

    「おはよう、ラミア」



     数日ぶりによく眠ったと思う程静かで落ち着いた眠りに落ちていたハリーはラミアの声で目を覚ました。



    「部屋を出て左に洗面所。朝食、軽いもので良ければどうぞ。コーヒー、紅茶、ミルク、どれがいいですか?」

    「紅茶がいい。ありがとう、ラミア」



     冷たい水で顔を洗うと、すっきりと目が覚めた。今日は気分がいい。ハリーは紅茶の香りのする部屋へ向かった。





    「また、何かあればこの部屋でもあちらの部屋でも、いつでも来ていいよ。どっちの部屋でも多分いるから」

    「ラミア、やっぱり多分が多いよね」



     ハリーの言葉にラミアはふふふとわらってハリーの頭に手を置いた。



    「でも嘘を吐いたことはないでしょう?」

    「確かにそうだね」



     ハリーが小さく手を振るとラミアも振り返し、人気のまだない螺旋階段をハリーは降りていった。







     そこから数か月。私にとって進んでくのは早かった。ドラゴンの守る卵を手に入れる第一の課題。頭の中ははっきり言って自分だったらどうするかだけだった。しかしハリーの箒を呼び出すというアイデアは思いつかなかった。そのアイデアはあのマッドアイによるものだと聞いて少し悔しかったのはここだけの話である。
    クリスマスにはダンスパーティが行われた。ただ楽しみにしているのは主に生徒だ。私は最初に顔を出し、セブルスと一曲踊った。その後、何人かの生徒に誘われ数曲踊ったが、賑やかになって来たところで誰にも気づかれないようにホールを後にした。ダンスパーティにいい思い出はないのだ。
     年も明けて二月下旬、湖に沈む自らの大切なものを助ける第二の課題が行われた。私は泳げない上に、はっきりいって湖のように水の広がった場所は苦手だ。会場に行くこともせず、遠くから眺めるだけに至った。




     そしてやってきたイースター。4月の16日私はマグルの結婚式場にやってきていた。夏に連絡のあったブレア・ハウエルの結婚式だ。
     彼ら二人を祝うためにやって来たのは魔法使いや魔女たちだけではない。ブレアの相手ジーンさんはマグルであるから招待状を受けた人の約半分はマグル。魔法族は溶け込めているのか多少不安のまま、会場へやって来た。



    「俺、おかしくないよね。ラミア」

    「私に聞いても参考にはならないと思うよ、サイラス」



     淡い緑色のドレスを着た私の隣にはシンプルなスーツを着たサイラス・ナイト。私の後輩であり、クィディッチのシーカーでもあった男だ。



    「堂々としてた方がおかしくないよ、きっと。それに少なくとも私にはかっこよく見える」

    「よし!」



     比較的が体のいいサイラスはスーツを買うのも一苦労だったと言っていたが、その苦労は無駄ではなかったと思う。慣れていないようではあったが、あまり違和感がないように見えた。



    「あんまり褒めるとサイラスが調子に乗りますわよ。ほどほどに」

    「サイラスが調子に乗るのは面倒だなぁ」

    「シンシアもラミアも酷い!」



     桃色のドレスに身を包んだシンシアは小さなグラスを片手にサイラスに言った。



    「キングズリーは?一緒に来たんでしょう?」

    「彼なら同僚に会ったとかでそっちに行ってますわよ。」

    「シンシアが拗ねてる」

    「サイラス!」



     キングズリー・シャックルボルトは闇払いでシンシアの恋人だ。ブレアの結婚式である以上、この場にはたくさんの闇払いが来ている。そちらに気を取られる恋人にシンシアは少し嫉妬しているようだ。



    「コーディは今回も来られないんだっけ?」

    「そうみたい。でもイギリスには帰ってきているって聞きましたわ」



     もう一人の親友にはもう何年も会えていない。まあ元気にやっているようだから、あまり心配はしていないのだが。



     ジーンさんは栗色の髪をした綺麗な人だった。なんとなくブレアさんが好きそうだなぁと思う。
     式の一通りが終わり、自由な食事の時間になった。新郎新婦はそれぞれの家族と話しているようだから後で声をかけようとグラスの甘いお酒を口に運んだ。



    「セルウィン?」

    「え……」



     名前を呼ばれてふと振り返る。そこにいたのは何となく見覚えがある年上の男性。誰だったか記憶をたどろうと少し首をかしげると、相手は少し苦笑いをした。



    「俺が卒業して以来だから、わかるわけねぇか。俺はアーヴィン・ノードリー。お前の兄さん、カイル・セルウィンの元ルームメイトだよ」

    「ああ!思い出しました。何度か兄と一緒にいるのを見たことがあります。お久しぶりです」



     言葉を交わしたのはおそらく数回だ。それもカイルを挟んで。私が驚いたのは彼が私を覚えていたことだ。



    「今は何をされているんですか?」

    「魔法省の魔法事故惨事部にいるよ。お前は実験的呪文委員会だったか?」

    「いえ、今はホグワーツで教員をしていますよ。委員会にいたのは7年ほどです。」



     アーヴィンは大げさに驚いてその後声を出して笑った。何が面白かったのか、よくわからなかったが、いやな気にはならなかった。世間話を少ししていると、アーヴィンは私の顔をじっと見て少し微笑んだ。



    「黒髪青目、こうやって見るとカイルを思い出すよ」

    「え…?黒髪…?兄は栗色じゃあ…」

    「ああ、あの時は驚いたよ。三年生の時か?新学期になって会ったら、黒い髪が茶色くなってて。どうしたんだって聞いたら、気分転換だって。」



     私は耳を疑った。そんなはずはない。兄が加護を持つものであったはずはない。呪文が壁に阻まれることもなく彼に当たっているのを私は何度も見ているのだから。



    「なんでそんなに驚いてるんだ?知らなかったわけじゃないだろう?」

    「え、ええ。多分忘れていました。私はまだその時7,8歳ですから……」

    「それもそうか。俺はそんな小さい時の記憶なんてもうないな!」



     私は適当に取り繕うと、彼は気づかないまま豪快に笑った。





     兄が3年生の時なら私は8歳くらいだろうか。私は幼いころの記憶を思い起こそうとする。唯一覚えていることといえば私が溺れたことくらいだろうか。家の建つ森の湖で船に乗って遊んでいる際、誤って落ちそれを兄が泳いで助けたのだ。今もだが私は泳げない。兄が泳げて本当に助かった。もし泳げなかったら兄妹そろってあの湖で死んでいただろう。
     そんなことを思いだしたが、他には何も思い当たらない。少なくとも私の記憶の中の兄の髪色は母と同じ栗色なのだから。




     その後も数人の懐かしい友人たちと色々な話を交わした。その中には学生時代の後輩リリスもいた。彼女は卒業してすぐに幼馴染と結婚して、子供も産んでいた。一人娘、アイリスはリリスをそのまま小さくしたような容姿をしている。



    「一緒に来たんだ。大きくなったね、アイリス」

    「ええ。家には誰もいないんですよ!仕事が忙しいって…」

    「セオにもアントニーにも会いたかったな。アイリスはいくつ?」

    「ほら、自分で答えなさい」

    「この前11歳になりました…。」



     アイリスはリリスに似ずに少し人見知りのようだ。父親に似たのだろうか?一瞬だけ私の目を見て話すと、すぐに目をそらされてしまった。



    「11歳!じゃあ、来年はホグワーツか。よろしくね、アイリス」



     またちらっと私の目を見て今度は少し笑った。



    「よろしくお願いします、ラミアさん!この子あんまり話すの得意じゃないので…」

    「いいんだよ、リリス。ホグワーツに行けばきっと一生の友に出会える。そこに教師は必要ないから」



     私はまだ小さいアイリスの頭にぽんと手を置いた。



    「楽しみにしていなさい。みんなが歓迎するわ」

    「…うん」



    少しうつむいてしまったが、真っ赤になった耳は隠せていない。こういう仕草は彼そっくりだ。






    「ラミアちゃん!」

    「ブレアさん。ご結婚おめでとうございます」

    「ありがとう。なんかラミアちゃんに祝ってもらうと、泣きそうになるね」

    「なんでですか。キールさんならともかく」



     感極まったように言うブレアに私はつい訝しげに返してしまう。そんなに塩対応だっただろうか。ブレアさんの隣では楽しそうに笑うジーンさんがいる。



    「キールにはもう何回も祝ってもらってるからね。あ、紹介するよ。俺の奥さんのジーン。こちらは学生時代の後輩ラミア・セルウィン」

    「はじめまして、ジーンさん。この度はご結婚おめでとうございます」

    「そんなに頭を下げないで!ブレアから何度か聞いたことあるわ、ラミアさん。仲良くしてほしいの。敬語もいらないわ」

    「ブレアさんから?」



     私は反射的に彼を睨む。しかしブレアは心外だと言わんばかりに首を横に振る。



    「貴女も魔女なの?」

    「ええ。……そうだ、これを。ここで渡すのはマナー違反かもしれませんが、直接渡したかったので。」



     敬語じゃなくてもと言われたが、咄嗟に出るのはほとんど癖になった言葉だ。私は懐から小さな黄色いリボンを取り出す。30cmほどのそれを両掌に乗せると私は小さく呪文を唱える。



    「おお!」

    「まあ!」



     2人の感嘆の声が響き、周りからの視線も集まる。マグルには手品師というものがいるらしいから、それっぽく演出してみた。
     掌の上でリボンがふわりと浮き、きれいに結ばれる。結ばれたリボンはまた私の手のひらに着地しその瞬間結び目にポンとオレンジ色の石が輝いた。



    「どうぞ」

    「とても綺麗だわ!ありがとう、ラミアさん!」



     ジーンはそのリボンを大切そうに手のひらで包んだ。ブレアも彼女の肩を抱き笑っている。ギャラリーからも拍手が起こり、つい苦笑いを溢してしまう。だが喜んでもらえてよかった。




     ジーンが友人に呼ばれ、私とブレアが残った。グラスに注がれたカクテルを軽く飲み、夏以来のブレアとの会話をした。



    「最近はどう?ホグワーツはてんやわんやみたいだけれど」

    「そうですね。そのことで一つブレアさんにお願いが」

    「おお、珍しい。俺にできることなら、なんでも」



     私が彼にだけ聞こえるように囁くとブレアは眉間にしわを寄せる。一瞬周りを確認して誰も聞き耳を立てていないことを確認すると、少しだけ背中を丸めて言葉を返した。



    「それ自体は難しくない。何の問題もないだろう。ただ俺とは所謂派閥が違う。」

    「ええ、それで構いません。情報が偏ってしまうのは承知の上でお願いしています。」



     私が頭を下げると彼は慌てて上げさせた。そして少し苦笑いするとしょうがないなぁと言って私の頭にぽんと手を置いた。



    「ラミアちゃんは俺の妹みたいなもんだからね」

    「それはいいです」

    「その方がラミアちゃんらしいよ」



     きっぱりと返した私に、ブレアはまた笑った。

    嫌いな色で塗りつぶして