術者の意思
五月の下旬になり、随分気温も上がって来た。第三の課題まであとひと月というところだ。今のところ、何も問題はない。第三の課題の内容は事前に簡単に聞いてはいるが、特別危険なことはないだろう。今四人の代表選手をクィディッチ競技場に集めて、その内容を伝えているはずだ。そんな中私はダンブルドアに呼び出され、校長室へ行ってみるとあの防御魔法道具を他の代表選手にも、ということだった。
「四人全員となるとあまり強いものは難しいですよ。あとひと月ですから」
「それでよい。何も無いよりましじゃからのう。それにラミア、君なら下手なものは作らぬじゃろう」
「まあ、そうですね」
内心溜息を吐きながら構成式を頭の中で組み立てる。時間の許す限り、そしてできるところまで強いものが必要だ。そうしていると校長が突然立ち上がった。
「校長?」
「部屋の外に誰かがいるようじゃ」
「誰か?」
校長に何か用だろうか。用があるなら合言葉を言って入ってくればいい、それをしないということは合言葉を知らない誰かだろうか。迷うことなく出入り口へ進むダンブルドアを数歩後ろから追う。螺旋階段を降りていくと、声が聞こえた。ハリーだ。
「警告したいって、そう言ってるんです―――」
「何か問題があるかね?」
「先生!」
「セブルス?」
そこにいたのはスネイプと声の主、ハリーだ。ハリーは酷く急いでいるようだ。スネイプが何かを言おうとしたが、それより先にハリーが一歩前に出て話しはじめる。
「先生! クラウチさんがいるんです……禁じられた森です。ダンブルドア先生に話したがっています!」
その言葉に私は目を向いた。クラウチが? 何故ホグワーツに。しかしその疑問は出せず、ダンブルドアは案内するようにハリーに言い早足で廊下を駆けていく。スネイプはその場に残るようだったが、私はついていくことにした。
先ほどと同じようにダンブルドアの数歩後ろを歩く。ハリーは禁じられた森にクラウチとクラムを置いてきたのだと言った。木立の中を歩いていく。ダンブルドアの放ったルーモスの光が木々を一つ一つ照らす。そして二本の足の上で光が止まった。
倒れていたのはビクトール・クラムだった。他には誰もいない。失神術にかかっているらしく、ダンブルドアが私に目配せした。ダンブルドアはすぐにハグリットの小屋へ守護霊の呪文を放つ。私は急いで彼のもとにかがみこみ杖を向けた。
「エネルベート 活きよ」
呟くような声で呪文を唱える。数秒を置いてクラムが目を開けた。私の顔を見て起き上がろうとする彼を制し、そのまま横にする。
「あいつがヴぉくを襲った!」
クラムが片手で頭を押さえながら言った。クラウチ氏が後ろからクラムを襲ったのだと言う。
雷のような足音が近づき、ハグリットがファングを従えやって来た。
「ダンブルドア校長?! これは、いってえ……」
ハグリットは言葉にならないようだった。ダンブルドアはすぐにカルカロフを連れてくるよう指示をする。二度目に言葉に漸く反応を示した彼は急いでホグワーツへと向かった。それと入れ替わりにやって来たのは、驚くことにマッドアイだった。
「この脚め。もっと早く来られたものを……。何事だ? スネイプが、クラウチがどうのとか言っておったが……」
杖を片手に酷く不安定そうに歩く姿は滑稽に見えて、つい目を逸らしてしまう。ダンブルドアがムーディに話しかけた。
「バーティ・クラウチがどこに行ったのか、わからんのじゃが、何としても探し出すことが大事じゃ」
「承知した」
マッドアイはそれ以上何かを聞くこともなく、足を引きずりながら禁じられた森へと去った。
会話もないまま数分が経つ。すぐにハグリットがカルカロフを連れて帰って来た。
「これは何事だ?」
倒れているクラムを見てカルカロフは叫んだ。クラムが体を起こし簡単に襲われたことを話す。クラウチ氏に襲われたのだと。それを聞いたカルカロフはダンブルドアを指さし喚いた。
「罠だ! 君たちと魔法省とで、わたしをここにおびき寄せるために、偽の口実を仕組んだな、ダンブルドア、セルウィン! 初めから平等な試合ではないのだ!」
カルカロフは言い放ちダンブルドアの足元にペッと唾を吐いた。それはまずい。ここにはあのハグリットがいるのだ。そう思う間にハグリットはカルカロフの毛皮の胸ぐらをつかみ宙刷りにする。
「謝れ!」
「ハグリッド!」
「ハグリッド、止めるのじゃ」
私の声とは対照的にダンブルドアの声は凛と森に響いた。ハグリッドはゆっくりと手を放し、カルカロフがズルズルと地面に落ちる。小枝や木の葉がカルカロフに落ちた。
「ご苦労じゃが、ハグリッド。ハリーを城まで送ってやってくれ」
ダンブルドアの鋭い口調にハグリッドも一度は渋ったものの、すぐにハリーを連れて白へ向かっていった。
「ラミア、アラスターを追いかけてくれ」
「わかりました。何かあればすぐに守護霊を」
「ああ」
久しぶりに見たダンブルドアの鋭い視線に合わせることができないまま、私はその場を後にした。
ムーディの向かったはずの禁じられた森に足を運ぶ。すぐに彼を見つけることができた。
「セルウィン」
「マッドアイ。クラウチ氏はいましたか?」
ムーディはまるで私が来るのをわかっていたかのように、名を呼んだ。しかし私は気が付いている。こいつはアラスター・ムーディではない。
「いや、見つからない。もう入って来た時と同じように消えたのかもしれんな」
「そんなはずはありません。クラウチ氏は最近入って来たのではなく、ずっとホグワーツにいたんでしょう」
「………どうしてそう思う?」
「簡単なことです。このホグワーツが私の結界に守られているから。ハロウィンの日も言ったでしょう。子の結界に穴はないと。侵入者がいるのなら手引きした人間がいると」
「誰かがクラウチを中に入れたと?」
「そうです。そして誰が入れたのか、目星は付いています。」
ムーディは少し驚いた顔をして私の顔を見る。そりゃそうだろう。クラウチをホグワーツに入れたのは、こいつだ。
「誰だ?」
「今ここでは言えません」
「ならクラウチはまだホグワーツにいると」
「ええ、しかし恐らく隠されているでしょう。生きているとも思いません。」
ムーディは黙る。クラウチ氏が死んでいるかもしれない、というのは完全にでまかせが口に出たものだった。しかし、ここで黙るということは、本当に死んでいるのかもしれない。
「まあ、あなたの目に見えないということは、ここにはいないのでしょう。捜索を続けますか?」
「わしはもう少し様子を見よう。セルウィン、お前は戻れ」
「わかりました。……お気をつけて」
皮肉をたっぷり込めたその言葉に、ムーディが反応することはなかった。
本当は本物のムーディを探すべきなのだろうが、あまりうかつな行動はできない。偶然ムーディが偽物であることに気が付いたが、他に仲間がいないとも限らないのだ。それに本物のアラスターならきっと生きている。直感だがそう思った。
ハロウィンの日に使った古代魔法によって枯渇しかけていた私の魔力は、スネイプが考えていたひと月より半年近くも長くかかってようやく元に戻ろうとしていた。
「化け物め」
「その言い方ないんじゃない? まぁ否定はできないけど」
最後のブルーハワイ。酷く苦い薬を飲むのもこれで最後になるだろう
「ありがとう、助かったわ」
「お前がいないと困るからな」
「ふふ、そうね」
いつもなら薬を飲んですぐにこの部屋を去る。しかし、今日は聞きたいことがあった。
「ねぇセブルス。少しあなたの知恵を借りたいんだけれど」
「なんだ?」
「強力な呪いを解くために必要なものはなに?」
スネイプはその質問の意図を測りかねたようだが、あえて何も言わずに質問に答える。
「呪いへの理解、術者への理解。そして強力な呪いなら、術者の意思」
「ああ。つまり、その呪いの術者が呪いを解こうとする、と言う意志が必要になる。」
「術者が死んでいる場合は?」
「死んでいてもなお続く強力な呪いか…。それなら待つしかない。術者の魔力が消えるまで。……術者の血液なんかが残っていれば話は別だがな」
「血液?」
「そうだ。血縁のものでもいい。血液は意思の代わりになる」
「術者の一部なら何でもいい? それとも血液だけ?」
「髪の毛でも効果を示す場合がある。他には骨、肉片。一番いいのはやはり血液だな。なじみやすい」
「なじみやすい、か……」
「解きたい呪いでもあるのか?」
「まぁね……」
深く話そうとしない私に、スネイプは何も言わなかった。
闇の帝王は今でも何らかの形で生きているはずだ。クィレルに憑りついていたようになのか、全く別の形でなのか。そしてその近くにはワームテールもいるのだろう。去年スキャバーズであった彼に付けた青いリボンは未だに見つけられない。きっと闇の帝王が私の魔力の邪魔をしているのだ。しかし取られてしまった気配はない。ならば意識が別の方へ向けばすぐに邪魔をしている魔力は消え、探知が可能になるはず。その機会をひたすらに待つしかない。
そしてとうとう訪れた第三の課題。その日の朝食の後、私は代表選手とその家族の集まる部屋に、ひとつ用があった。
小部屋に入ると既に代表選手4人とその家族が中で談笑していた。その殆どの人間の視線が私に集まる。私は小さく口を開いてできるだけ響く声を出した。
「お話のところすみません。代表選手にお渡ししたいものがあります。4人、こちらへ」
訝しげに私を見るのはホグワーツ以外の代表の家族。モリーとビルは私を見て少しだけ驚いた顔をした後、いつもの微笑みと共に会釈した。それに返して隣の彼に目をやる。夏休みに会った時より、シリウスはまた健康になったようだ。面識のない人もいる。簡単に自己紹介をすることにした。
「はじめまして。私、ホグワーツで教鞭をとっております、ラミア・セルウィンと申します。以後、お見知りおきを」
私の名を聞いたデラクール夫妻が少し驚いた顔をして、次の瞬間その表情は侮蔑をたたえた。まるで私の美しい娘に近づくなと言わんばかりだ。しかしそれを気にするほど若くはない。
私の前に集まった4人にこれを、と懐からそれらを取り出す。彼らは素直に、こわごわと受け取った。
「セルウィン教授、これは……?」
一センチほどの玉を小さな玉で囲う花のような石のついたペンダントをじろじろと手のひらで回しながらディゴリーは言う。ディゴリーは青、ミス・デラクールは白、クラムは黒、ハリーは緑を手にしていた。
「それは私の防御呪文を練り込んだ魔法石で作ったペンダントです。それがあればあなた達が不慮の事故で死ぬことは無いでしょう」
「どういうことでーすか?」
「第三の課題ではお互いに杖を向けることがあります。それらの呪文を弾くことはありません。その魔法石の発動条件はあなた自身が『生きたいと思う』ことです。そしてその発動は一回きり。」
「自分自身が行きたいと思えばどんな呪文でも弾くけど、一度きりだから大切に使えということですか?」
「いいえ、ミスター・ディゴリー。すべての呪文ではありません。少なくとも闇の魔法使いによる死の呪文はおそらく弾けないでしょう。あの方々は精神力があなた達とはまるで違う。それにこれは発動させないことが一番いい。もしあなた達が命の危機に晒された時に――ないとは思いますが――あなた達が死なないためのものです。」
「この魔法石は安全なのか?」
いつの間にいたのだろう。カルカロフがクラムの手のひらからその魔法石をひょいと取り、手のひらで遊ばせた。
「あなたにも差し上げましょうか?カルカロフ校長。あなたの危機も救って下さるかも知れませんよ」
少しだけ微笑んでやれば汚れたものでも触ったかのようにクラムの手のひらにそれを戻し、目をそらした。
「ラミア」
「シリウス、元気そうね」
ペンダントを無事に渡し小部屋を出ようとすると、シリウスに話しかけられた。ハリーの家族として今日の第三の課題を見に来ていたのだろう。まだ人目が気になるのか大きなフードのついたローブを羽織っていた。
「おかげさまで。ハリーから情報は貰っていたよ。あのカードすごいんだな」
「ブレアにお礼を言わないとね」
ハリーに多めに渡していたあの電話のようなカードが役に立ったらしい。つい笑ってしまうとシリウスが私の顔を凝視する。何かついているだろうか。
「ラミア、ちゃんと寝てるか?」
「え?」
「あの時と同じ顔してる。ちゃんと寝ろよ。体壊したら意味がない」
あの時、とは私が家族を失った時だろうか。それともレギュラスを失った時だろうか。
「私そんなに暗い顔してる?」
「暗い顔、というより疲れている顔。美人が台無しだ。老けて見えるぜ」
「そんなこと言ったって何も出ないわ。それにあなたと一つしか歳が変わらないの、忘れてない?」
「それもそうだったな」
疲れているのもあるが、もしかしたら別の理由かもしれない。もう、時間がない。視線をめぐらせると、ハリーがセドリックと話している。傍にはモリーとビル、エイモス・ディゴリーの姿もあった。
「ハリー、優勝するといいわね」
「そうだな。でもあの子が無事なら結果なんてどうでもいいさ」
「それも、そうね」
元気に生きていてくれればそれでいい。セドリックと話すハリーを見て、心からそう思った。