師弟関係
ラミアは数日間グリモールド・プレイスに訪れなかった。対してレギュラスは次の日の昼頃やってきて、ラミアがいないことに驚いていた。
「帰ったんですか? てっきり泊まっているのかと」
「私が悪いの……。私があんな言い方したものだから…」
モリーの泣きそうな声とアーサーの説明にレギュラスはまあ、と小さく息を吐いた。
「彼女は気にしていないと思いますよ。ただ単に帰りたかったんでしょう」
「で、でも……!」
「そんなに気になるなら次会った時に謝ればいい。彼女が覚えていれば、ですが」
丁寧だが少し面倒そうに答えたレギュラスにモリーは少し安心した。ラミアに関してレギュラスが嘘を吐かないのは知っているし、彼がこういう受け応えなのは最初からだからだ。
部屋にシリウスが入って来たのはその後すぐだった。シリウスは、小さくおかえりと言ってから彼の名前を呼ぶ。
「レグ」
「なに、兄さん」
「ラミアがどこにいるかわかるか?」
「さあ。家にいるんじゃないかな。何か用でも?」
「いや、急ぎじゃない。――今大丈夫か?」
「ええ、別にかまわないよ」
二人で部屋を出て二階の客間に向かう。モスグリーンの壁を薄汚いタペストリーが覆っているが、レギュラスがここに帰るまではもっと汚かったのだ。絨毯も新しいものに新調され、カーテンに住み着いていたドクシーやソファの下にいた死んだパフスケインの巣は早々に片付け、客間として機能するまでになっている。出来れば薄汚いタペストリーも撤去してしまうか別の部屋に置いてしまいたかったのだが、永久粘着呪文が使われているらしくそれは叶わない。天井のシャンデリアが小さく揺れた。
「お前のところ、どうして死んだ年が書かれている? これには強力な呪文がかけられていたはずだろう」
シリウスは迷うことなくレギュラスの名前を指さす。名前の下には生年月日の後に死亡年月日が書かれている。これでレギュラスの死亡が確定したようなものなのだ。タペストリーにかけられた魔法は、ブラック家の血筋のものが生まれれば家系図は勝手に伸び名前を描き生年月日を描き、そして死ねばその年月日が描かれる。そんな魔法。
「ラミアだと思うよ。直接聞いたわけじゃないけど」
「やっぱり……」
「僕を助けて死んだと見せかけた方が賢明だと思ったラミアがクリーチャーの手を借りてこの家にこっそり入り、そして魔法をかけた。そんなところだろう。なぁ、クリーチャー」
「その通りでございます。正確にはクリーチャーめが依頼させていただきました」
いつの間にいたのだろう。扉からクリーチャーがぬっと入り込み、震える声で答えた。レギュラスはそれに気が付いていたようで、自分の元にやって来たクリーチャーの頭をぐるりと撫でる。シリウスはその光景を何とも言えない表情で見つめていた。
「悪かったな、ラミアのこと」
「ん? ラミアに何かしたの?」
「いや、昨日のモリーとのやり取りのことだ。俺が止めていれば」
「ああ、そのこと。ウィーズリーには言ったけど、ラミアは気にしていないと思うよ。今頃好きに本でも読んでるんじゃない?」
レギュラスはひとつ伸びをして、綺麗になった部屋をぐるりと見回す。
「彼女が一番わかっているんだ、もう時間がないことくらい。でもそれは彼女にとって当然のことで、悲しむことじゃないと思ってる」
「どうして……」
「簡単なこと。生まれた時からそうだった、それだけ。一度だけ聞いたことがあるよ。短命で悲しいと思ったことはないのかって」
「ラミアは何て」
レギュラスは小さく笑いながら言う。まるで諦めてしまうような笑みに、シリウスは眉間にしわを寄せた。
――レグは二百年とか三百年、生きたいと思ったことある? 百年ちょっとの人生を短いと思ったことがある?
「ラミアにとってはそれと同じ感覚みたい」
「あいつらしいな」
「だよね」
「お前は、いいのか」
「いいって? 結婚とかってこと?」
「そう」
わかってんじゃねぇか、と肩を突くと、レギュラスは小さく笑ってその肩をすくめた。
「ラミアが望むならもちろん。でも望まないよ、きっと。僕のために」
「どうして?」
「セルウィンの家のものと婚約を結ぶということは、伴侶だけでなく自分の子を看取ることになる。僕はそれでもかまわないけど、ラミアがそれを許さないさ」
「セルウィンの血を終わらせる気か……」
「セシルはまだアズカバンだけど、彼女はきっと勘定に入れていないからね」
不幸な家系を続けるつもりはないのだ、彼女に。シリウスはあいつかぁと溜息を吐いて、悲しそうに笑った。
「じゃあセルウィンだけじゃなくてブラック家も終わりだな」
「兄さんは結婚しないの?」
「俺が? 誰と」
「運命の相手とまだ出会ってないだけかもしれない」
「レグは運命を信じるのか?」
「もちろん。僕とラミアは運命だから」
恥ずかしげもなくそう言って、レギュラスは扉へ歩き出す。シリウスはその背中に声をかけた。
「残酷な運命だな」
「僕もラミアも、そうは思わないよ」
声は笑っている。レギュラスはそのまま部屋を出て行った。
「なあ、クリーチャー。お前にもレグとラミアは運命だと思うか?」
「クリーチャーめは何も思いませぬ。レギュラス様はそうあるべきだと思われたのです」
シリウスが話しかけてきたことに驚きながらもクリーチャーは短く返して、そそくさと客間からいなくなった。残ったのはシリウスとドクシーに虫食いされたタペストリーだけだった。
数日後、グリモールド・プレイスにシンシア・ウォリスが訪れた。ラミアの学生時代のルームメイトである彼女は、騎士団の団員の一人であるキングズリー・シャックルボルトの婚約者でもあった。シンシア、コーデリア、トンクス、ハーマイオニー、ジニーの五人は二階の空き部屋一つを陣取っておしゃべりをしていた。机の上には紅茶やクッキー、サンドイッチ、スコーン、シュークリームにチョコレート等が並ぶ。クリーチャーが用意してくれたのだ。
「シンシアはまだ結婚しないの?」
「しょうがないわ。それどころじゃないんだもの」
トンクスのしつこい質問をさらりと交わして、シンシアは丁寧に答えた。その質問にハーマイオニーやジニーも混ざる。
「ねぇねぇ、二人の馴れ初め聞きたい」
「彼に聞いた方がいいわ。アプローチは彼からよ」
「そうなの?」
「そうよ。でもなかなか好きだって言ってくれないから、私から言ってしまったわ」
二人の出会いは学生時代だったらしい。キングズリーの一目ぼれから始まり、数回のデートを重ねてシンシアが告白したと言うのだ。
「あまりばらさないでくれよ、シンシア」
「あら、いいじゃない。結婚式で全部ばれるわ」
偶然通りがかったキングズリーが苦笑いをしながら言った。深みのあるキングズリーの声にシンシアのさらりとしたソプラノが滑る。まるで音楽を聞いているみたいだとトンクスは思った。自分もこんな恋をしてみたい。
「コーディは? 結婚しないの?」
「コーディはきっと仕事が恋人よ」
呪い破りとして世界中を飛び回るコーデリアに質問したジニーをトンクスがからかう。しかしコーデリアは何でもない風に目をパチクリさせてからりと笑った。
「アメリカに恋人がいるよ。結婚はしてないし、する予定もないけど。お互いそう言うのに興味ないだけだし」
「え?! そうなの!」
「私も最初は驚いたわ。まさかあのコーディに内縁の旦那様がいるなんて」
シンシアは可笑しそうに言って、驚いている三人に告げた。
「残りはラミアなんだけどね。あの子は結婚する気皆無だから」
「さっさとレギュラスと結婚すればいいのに」
「え、やっぱりあの二人って……」
「付き合ってないよ。昔っから恋人同士みたいな優先順位の癖に、そういうことはさっぱり」
勢いよく食いついたハーマイオニーをコーデリアが一蹴する。
「依存しないの、二人とも。お互いが一番だけど、その為に自分を絶対に犠牲にしない。そう言う二人だから、ラミアの短命の理由もあって先に進む気はないみたい」
「やっぱりラミアはもう……?」
「あと二年と少しくらいって本人は言ってたけど……」
「二年?!」
「あ、言っていいんだっけ……?」
コーデリアはまるで口を滑らせたとでもいうように両手で口を覆ったがもう遅い。ラミアは子供たちにはあと一年でホグワーツを辞めるとしか伝えていなかったため、あと二年であることは知らなかった。トンクスは知っていたため、小さく苦笑いしてからいつかばれるからと言った。
「きっと貴女達の知らないところで逝ってしまうわ。私にもコーデリアにも何も言わないで。もしかしたらレギュラスにも何も言わずにね」
シンシアはそう言って紅茶を一口上品に飲んで、昔っからそうなのよ!と少しだけ乱暴にカップを置いた。
ラミアがグリモールド・プレイスに訪れたのは、あの日から一週間が経ってからだった。
「ああ、ハリー。元気でしたか?」
「うん。ラミアは?」
「もちろん私も元気よ」
ラミアはそう言ってハリーの頭を軽く撫でると、周りを見回してムーディはどこに?と聞いた。
「多分広間にいるよ。さっきまで会議をしていたみたいだから」
「ありがとう」
ラミアは小さく微笑んでからホールを抜けて広間に入っていった。なんとなくそれを追って行ってしまう。今は会議をしていないはずなので、ハリーも入れてもらえるだろう。思惑通り、ハリーはラミアに続いて広間に入って誰かに咎められることはなかった。広間にいたのはルーピン、シリウス、トンクス、ムーディ、マンダンガス、アーサーそしてモリーだ。
「ラミア、来たんだね」
「うん。リーマス、体調は?」
「変わりない。ああ、そう言えばセブルスが話があると言っていたよ。今日はもう帰ってしまったけれど」
「わかった。連絡入れておくよ」
ラミアはぐるりと広間を見回すとモリーと目が合う。彼女は申し訳なさそうにラミアの前まで来ると、頭を下げた。
「ごめんなさい、ラミア! この前は酷いことを言ってしまって……」
「この前? ああ、あの事ですか。私は気にしてませんよ。だからモリーも気にしないで」
何でもないように微笑んで、モリーに顔を上げさせる。そしてお茶目に笑ってみせた。
「申し訳ないのですが、朝から何も食べていないんです。なにかありますか?」
「え、ええ、もちろん! サンドイッチで良いかしら」
「はい。あ、あとリンゴがあればそれも」
「わかったわ。用が終わったなら降りていらっしゃい。厨房に用意しておきますよ」
「ありがとう、モリー」
モリーは部屋を出て続いて階段を軽やかに降りていく音が聞こえた。ラミアはもう一度広間を見回し、椅子に腰かけるムーディを見つけるとその目の前に立つ。広間に緊張が走った。ラミアとムーディの険悪さは周知の事実であるからだ。ハリーは後ろから様子をうかがう。
「リンゴ好きは変わらないんだな」
「別に特に好きなわけじゃありません」
「何の用だ? 遺言でもいいに来たか?」
「まさか。あなたの方が先に死ぬと思っていたんですけどね」
ラミアは冷笑しながら言い放つ。ムーディは少し苛立ったように座ったままコツンと義足を鳴らした。
「相変わらず口が悪いな。誰に似たんだか」
「さあ? あなたに似たんじゃないですか? レグには五年生の時に口が悪くなったって言われましたから」
二人の会話に周りは全く追いつけない。シリウスがリーマスに何の話だ?と聞いているのをハリーは見た。
「レギュラス・ブラックの無実が証明されたからって調子に乗るな」
「は?」
ラミアは懐の杖に手をかけるのが見えた。シリウスが止めに入ろうと一歩前に出る。しかしリーマスが咄嗟に止めた。
「わしは何の用だ、と聞いたんだ」
「―― 家で父からあなたへの手紙を見つけました」
ラミアは小さく舌打ちをしてから杖を取り出さず手紙を取り出しムーディに押し付けた。
「ああ、わざわざ持ってきたのか。ご苦労だったな」
「っ、どうしてあなたは一々そう私の神経を逆なでするような言い方をするんですかね……?」
「わざとだ。それにお前はわしに似たんだろう。ならお前も同じ事をしているのではないか?」
ラミアがハリーに聞こえないくらいの声で暴言を吐くと、ムーディを睨みつけた。
「あなたが師でよかったと常々思いますよ。そうでなければとっくに呪いをかけている」
「え?」
ガシャン
ラミアの言葉にシリウスやリーマスが目を見開き、トンクスは手にしていたカップを落とした。ハッとしたように固まっていたアーサーが杖を振りそのカップを片付ける。
「ま、まって? ラミア?」
「なに? ドーラ」
「師ってどういうこと?」
ラミアは自分の言葉を思い出したようにああ、と頷いた。
「そのままの意味ですよ。私の呪文の師匠」
「はぁ?」
嫌そうにムーディを指さし、ムーディはその指を軽く払いながら立ち上がり扉へ向かう。
「わしは帰る。ラミア、そのうちお前の屋敷へ行くぞ」
「はぁ」
ラミアは気のない返事をしてから数回瞬きをして広間の面々を見回した。
「何をそんなに驚いているんです?」
「何をって、知らなかったんだよ。まさかラミアとマッドアイが師弟関係だったなんて」
アーサーのいつも落ち着いた声が驚きで少しだけ上擦っている。
「私は両親と兄を殺された後、ダンブルドアの伝手でアラスターのところにいたんです。セルウィンの屋敷に一人でいるのは危険だからと。その時に散々呪文を習ったんです。それまでは少し得意くらいだった呪文を、彼が伸ばしたんです」
「ならどうしてそんなに険悪なんだ……」
リーマスの問いにラミアは険悪? と首を傾げた。
「確かに仲が良いわけではありませんが、険悪という程のものでもないですよ」
「は? じゃあ会う度にあれだけしている皮肉の応酬は何なんだ?!」
「昔からです。挨拶みたいなもんですよ」
ラミアは何でもないようにそう言って、ひとつ伸びをした。
「ああ、お腹空いた。サンドイッチ食べてきますね」
そう言って部屋を出る。しばらく言葉を失って状況を眺めていたハリーは急いで後について行った。