ガランサス邸
厨房へ降りるとモリーがサンドイッチとりんごを用意していてくれた。ラミアは簡単に礼を言ってから席につき、サンドイッチを頬張る。
「ちゃんと食べてる? 少し顔色が悪いようだけど……」
「最近忙しくて、後回しにしていたんです。おいしい」
「ならよかった」
ハリーが隣の席に着くとラミアは食べますか? とりんごの入った皿を差し出す。ハリーは一つとってしゃくしゃくと食べた。厨房には他にジニーとトンクスがおり、奥でくすくすと話をしている。二人はラミアの姿に気がついてこちらに寄って来た。
「ラミア! いつ来たの?」
「ついさっきよ。お腹空いてしまって、モリーにサンドイッチをお願いしたの」
「ねえねえ聞いてよ、ラミア先生」
「どうしました? ジニー」
「明後日はロンやハリー、リーマスはシリウスの家に泊まるのよ。それなのに人が多いからって私はダメってママが言うの」
「だってそうでしょう。シリウスの家はここみたいに広くはないんだから」
ハリーは苦笑いをしてジニーの話を聞く。彼女の言う通り明後日はシリウスの家に泊まり、次の日はその庭で箒に乗る約束をしているのだ。モリーがジニーを嗜めると不満そうに顔をしかめた。その姿にラミアは少しだけ笑って、何か思いついたように瞬きをした。
「なら、ジニー。私の家に来ますか? 森の中なのであまり箒に乗れるわけではありませんが、ここに籠っているよりずっといいでしょう」
「いいの?!」
「あなたのお母さんが許可したらね」
「ラミア! 私も行く!」
「ドーラ、あなたも? 構わないけれど」
ジニーは早速モリーに伺いを立てる。モリーは少し困ったようにラミアに大丈夫? と言った。
「ええ。どうせその頃にはアラスターも来るでしょうし、一人でも三人でも四人でも大した変わりはありません」
「そう? ならいいかしら」
ほとんどこのグリモールド・プレイスに閉じ込められていると言っても過言ではない子供たちに負い目はあるようで、モリーは迷惑かけないようにと念を押した。
その後それを聞きつけた、フレッド、ジョージ・ウィーズリーとハーマイオニーもラミアの家に泊まることになった。
「僕も今度、ラミアの家行ってもいい?」
「ええ、もちろん。いつでもどうぞ」
ハリーの言葉にラミアは二つ返事で了承すると最後のリンゴを齧った。
食事を済ませた後、ラミアはひとりレギュラスの部屋へ向かった。三回ノックをして扉を開く。椅子に座ったレギュラスがラミアの姿を見て少しだけ驚いたように両目を見開いてから溜息を吐いた。
「レグ、久しぶり」
「久しぶりって、連絡取れなくてヒヤヒヤしたよ」
「ごめん。ちょっとそれどころじゃなかった」
「体調は?」
「とてもいいわ」
「……ラミア」
レギュラスが冷たく低い声でラミアの名前を呼ぶ。嘘を吐くな、ということだ。ラミアは仕方ないと言うように深く呼吸してからベッドに腰を下ろした。
「決して良くはないよ。今まであんなに眠れなかったのに、この二か月ほとんど寝てる。食事も忘れるくらいね。でも目が覚めればお腹は空くし、今は全然眠たくない」
「その調子で二年も持つのか?」
「もたせる。少なくともあと一年はね」
「自ら寿命を縮めるようなことだけは、しないで」
レギュラスは立ち上がりラミアの手を取る。自分より冷たいそれを優しく両手で包み込むと、頼むからと込めて握った。その姿にラミアは困ったように笑う。
「どうしてあなたがそんなに苦しそうなの?」
「あなたのことが好きだから、ラミア。誰よりも。僕にとって唯一無二の愛する人、なくしたない人」
「ふふ、何年ぶり? 学生の時だっけ」
「そう。ほら、ラミアも」
そう言ってレギュラスは手を引き、ラミアは立ち上がった。少しだけ近づいた距離に二人は笑いながら、ホグワーツ最後の日にあの冥界の部屋で交わした言葉を思い出す。今でも変わらない想い。あの日がレギュラスに会った最後の日だった。
「私にとって唯一無二の親友で、最愛の人。でも、レグ。私はいなくなるわ」
「でもなくすわけじゃない。君はここにいた。誰に奪われたわけでもない、永遠に僕のものだ」
レギュラスが悲しそうに笑い、ラミアは背伸びをする。それにつられてレギュラスは首を下ろし触れるだけのキスをした。何度目だろう。数回のキスの後、ラミアは吸い込まれるようにレギュラスの腕の中にいた。
「不思議、レギュラス」
「何が?」
「こんなに辛いなら、出会わなければよかったって思いそうなものなのに、一度もそう思ったことがないの」
「それは奇遇だね。僕もだ。でも君が後悔しているんじゃないかって何度も夢に見た」
「そうなの?」
「そうさ。最悪の夢」
それはレジナルドの時もレギュラスの時も見た夢だ。ラミアはレギュラスの胸に頭を預け背中に回して両手に力を込める。聞こえる心臓の音に安心して瞳を閉じた。
「明後日、私の家にジニーたちが遊びに来るの。レギュラスも一緒にどう?」
「ハリー達がシリウスの家に行くのは知っていましたが、他の子も……。なら私はここにいるよ。人が少ないうちに片付けてしまいたい場所もあるし」
「そう? なにか必要なものがあれば言ってね」
体を離して最後に一回だけキスをする。きっとこれで最後。ラミアはそう思った。
二日後、玄関ホールに集まったのはラミアの家へ行くジニー、ハーマイオニー、トンクス、フレッド、ジョージ・ウィーズリー、そしてムーディと、見送りに来たモリー、アーサー、ルーピンだ。シリウスやハリーは既にシリウスの家へ行った後で、ルーピンは夜に合流する予定だ。
「迷惑かけるんじゃありませんよ。特にフレッド、ジョージ! ラミアの家で問題を起こしたら許しませんから!」
「大丈夫ですよ、モリー。私も対策はしますから」
「対策?」
「みんなこっちへおいで」
ムーディ以外がラミアの前に並ぶ。ラミアは茶色の杖を取り出すと無言のまま小さく杖を振った。青い筋が五本現れそれぞれに巻き付く。咄嗟に目を閉じたジニーだったが、何も起こらない。
「何をしたの?」
「私の家には危険なものや触られたくないものがもちろんあります。簡単に言えばそれらが見えないくなる魔法。これで彼らの安全と私の家の安全が保たれます」
ラミアはふふと笑って杖を仕舞った。
「特に双子は興味本位で色々なものに触りそうですし。でもあなた達のためになりそうなものは見られるようにしてあるから、好きにするといいわ」
「やった! サンキュー、ラミア教授!」
「では行きましょうか。サッティが昼食を用意して待っていますよ」
全員がラミアの手やローブを掴む。ジニーはラミアの右手をぎゅうと掴む。ふと顔を上げるといつの間にか階段の途中にはレギュラスが立って、ラミアに向かって小さく手を振っていた。ラミアはそれに目で答えてから、行ってきますと笑った。
「しっかり捕まっていてください」
バシュ!
予想通りやって来た内臓をねじられるような感覚にジニーは一瞬だけ瞳を閉じた。最近漸く慣れてきたような気がしたのだが、それでも気分の良いものではない。しかし目を開けてまの前に広がったものにジニーは目を奪われた。
「森……」
兄の声が聞こえる。そこは森だった。見上げても天辺の見えない高い木々が青々と葉を揺らしている。真夏にもかかわらず葉の隙間から漏れ出す日の光に洗われるような清々しい風が頬を撫でた。
少しだけ遅れてムーディが姿現しした。彼は迷うことなくジニーたちの背後に歩いていく。
「こちらですよ」
ラミアの声につられて振り返る。そこには想像していたよりずっと大きな屋敷がそびえたっていた。クリーム色の壁に深いブルーの屋根、大きな木の扉の前にはラミアが立っていた。
「ようこそ、ガランサス邸へ」