加護を持つ者
「ようこそ、ガランサス邸へ」
ラミアはそのままジニーたちを屋敷へ招き入れる。中に入ると大きな扉はラミアの杖の合図とともにゆっくりと閉じていった。出てきたのは一匹の屋敷しもべ妖精。彼女は恭しく頭を下げると大きな耳をパタパタと羽ばたかせた。
「おかえりなさいませ、ラミア様。そしてようこそおいでくださいました、お客様。セルウィン家にお仕えしております、サッティと申します。何でもお申し付けくださいませ」
ラミアはサッティのもとへ行くと杖を仕舞いながら持っていた鞄を彼女に預ける。
「サッティ、昼食の準備は」
「済んでおります。お部屋の準備も」
「なら先に部屋を案内してくるわ」
「かしこまりました」
「じゃあ行きましょうか」
ラミアはジニーたちに手招きすると、玄関ホールの右端にあるらせん階段を昇り始めた。それに五人は続いていく。フレッドとジョージは落ち着かないように周りを見回していた。
「アラスターはいつもの部屋ですよ」
「ああ。言われずとも」
ムーディはカツンカツンと義足を鳴らし、階段を上ることなく扉に消えていく。階段を登り切ると、広い踊り場とそこから左右に伸びる長い廊下が現れた。ラミアは右の廊下へ進んでいく。ホワイトの扉が等間隔に並び、そのうちの一つの前でラミアは止まった。
「ジニーとハーマイオニーは同部屋でこちら、その隣がドーラ。ドーラとは反対の隣がフレッドとジョージの部屋よ」
ジニーはホワイトの扉を開き広い部屋にまた驚いた。深い紺色をしたソファに埃一つないテーブル。その上にはチェス盤が置かれていた。右側にも部屋は広がっており、クイーンサイズのベッドが二つ並んでいる。
「高級ホテルみたいね」
そう呟いたのはハーマイオニーで興奮したように部屋を回り始めた。
「荷物多いたら先ほどのホールに戻ってきてください。もし何かわからないことがあれば、またその時に」
「はぁい」
返事をして少ない荷物をソファに置き、ベッドルームを覗く。ハーマイオニーがキラキラした瞳でベッドに腰掛けその弾力を堪能していた。ジニーもその隣に腰を下ろす。
「すごいベッドよ。他の部屋も同じなのかしら。何部屋あるの?」
「ほんとにそうね。セルウィン家がお金持ちなのは知っていたけど、まさかここまでなんて」
「ブラック家も大きな屋敷だけど、これは……」
すると部屋の扉が開き、トンクスが顔を出す。
「準備できた? 双子はもう降りていったよ」
「今行く」
勢いよくベッドから立ち上がり部屋を出た。
玄関ホールから大広間に誘導されると、長机には多くの料理が並んでいる。わーおという兄たちの声が聞こえ、ジニーも心の中で叫んだ。
「クリーチャーの食事もおいしかったと思うけど、サッティの食事も最高よ」
「もったいなきお言葉です!」
「では、食事にしましょう」
様々な種類のサンドイッチに柔らかい煮込みチキン、確かにクリーチャーの食事と同じくらいおいしい。ぺろりと平らげ、満腹になる。ジニーはそういえば、と広間を見回す。
「マッドアイは?」
「ああ、部屋にいるんじゃないですか?」
「え、食事は?」
「サッティが部屋に別で運んでいるはずよ。いつもそうなの」
「いつも?」
セルウィンの屋敷に訪れることのできる人間は限られていると聞いていたが、マッドアイはその数少ない一人なのだろうか。
「アラスターは先代当主である私の父と仲が良かったの。だから私が一人になってからも、彼が私の面倒を見てくれたのだけれど。その時アラスターの家で匿われていることも長かったけど、ある程度落ち着いてくると私もここで一人で暮らすようになったわ」
「こんな広い屋敷で一人?!」
「今だって一人みたいなものよ。レグは自分の家に戻ることも増えたから。それで、アラスターがここに泊まることが増えたのよ」
食後の紅茶を飲みながら肩をすくめたラミアは、クッキーをかじってから立ち上がる。にんまりと笑ってジニーたちを見回した。
「書庫に行きたい人はだれ?」
全員が手を上げた。
玄関ホールから左側に伸びた廊下を進むと大きな扉が現れる。ラミアは慣れた手つきでその扉を開きジニーたちを招き入れた。そこに広がる本棚の海に、ジニーは息をのむ。
左右にそれぞれ三つの本棚がこちらを向いており、中央はどこまでも通路が広がっていた。壁にも本棚が敷き詰められており、ホグワーツの図書館並みの蔵書があることが伺える。
「好きに見て。見られてまずいものには魔法がかかっているから。部屋に持っていきたいものがあればそのテーブルに置いてくれればサッティが運んでいくわ。本棚には番号がふられていて、サッティにどんな本を読みたいか言えば番号を教えてくれるはずよ。私は自室にいるから、何かあればサッティに言ってくれれば来るわ。質問は?」
「ないわ! 見てくる!」
「慌てなくても本は逃げないよ」
「わかってるけど!」
すでに本棚のあちら側に消えたハーマイオニーの声だけが響く。ラミアは兄たちに向き直ると、ニッと笑った。
「サッティに言えば温室にも連れて行ってくれるはずよ。そんなに多くはないけれど薬草があるから」
「貰っていいのか?」
「ええ。危ないものはないから。その代わり珍しいものは、ある」
「最高だぜ、ラミア教授!」
「感謝するぜ、ラミア教授!」
「来年の成績、楽しみにしているわ」
兄たちも本棚に消えていく。トンクスも気が付けば奥に消えていて、ジニーとラミアだけが残された。
「いたずらの魔法なんかの載ってる本はある?」
「母親がそういうの大好きだったの。124番、右の本棚から見ておいで」
「ありがとう!」
ふと思う。ラミアは一人この屋敷で暮らしている間、ずっとこの本たちを読んでいたのだろうか。ジニーはラミアの視線を見て、そんな想像をした。
ラミアは部屋に戻り一人掛けのソファに腰を下ろす。ひどく眠たい。自分の終わりが近づいていることを強く感じた。レギュラスには一年持たせると言ったものの、それまで魔法の使い方をかなり考えないと難しいような気もする。
「ホグワーツの防御結界をどうするか……」
そこまで力を使いものではない。去年ほど強くする必要がないこともわかっていた。しかし代わりのものができるまでそれが持つように、時限装置を魔法に組み込む必要があるのだ。そしてもう一つ。私はテーブルに広がる魔法石を見つめる。
「もう少し、もう少しで完成なんだ……」
ハリーに渡す防御魔法道具。あと一歩のところまでは来ているのに、まだ完成していない。
前回のものはディゴリーの命を救ったものの、あれはただの偶然に過ぎない。数日前に届いたエイモス・ディゴリーからの感謝の手紙には食事の招待が書かれていたが、断ってしまった。苦手なのだ、あの男が。
はぁとラミアはため息をついて伸びをする。一度眠ってしまおう。夜は客人の相手をしなければいけないから。目を閉じて襲ってくる眠気にあらがうことなく、その闇に沈んでいった。
夕食の広間にラミアは来なかった。机の上には昼食以上に豪華な料理が並んでいる。
「サッティ、ラミアは?」
せかせかと料理や飲み物を準備するサッティにトンクスが声をかけると、彼女はピタリと止まって耳をパタパタとさせた。
「ラミア様はお部屋で食事をとられるそうです」
「体調悪いとか?」
「いえ。今日は体の調子は良いようですが、先ほどダンブルドアからの手紙が届きまして。そのことで何かお仕事をされているようです」
「ダンブルドア?」
サッティはそれ以上のことは教えてくれなかった。
「後ほどお部屋に顔を出すとおっしゃっておりました。何かあればその時に、とも」
「わかったわ。トンクス、私たちの部屋に来ない?」
「いいわね。女の子のお話大好き!」
「それではジニー様とハーマイオニー様のお部屋に向かうようにラミア様には伝えておきます」
食事を終え、食後のデザートまで食べ終わり、各々部屋に戻っていく。兄たちはもう一度書庫に行くようで、サッティに声をかけていた。
部屋に戻ったジニーたちはサッティの用意したお菓子や紅茶をつまみながら会話を続けている。
「本当に大きな屋敷なのね」
「全部回ろうとしたら一日で足りないかもしれないわよ」
そんな冗談を交わしながら、他愛のない会話を続けているうちに一時間以上が経過していた。すると、トントントンとノックの音が響く。
「ラミアです。入っていい?」
「どうぞ」
ラミアはさらりとした生地の黒いワンピースを着て、髪を下ろしていた。顔色はあまりよくないようだが、いつも通りに微笑んで見せる。服装のせいかいつも以上に若く見えた。
「こんな格好で失礼だったかな」
「そんなことないわ!」
「もう来ないのかと思いました」
「ごめんなさい。思ったより手間取ってしまって……」
ラミアは空いている一人掛けのソファに座り、机の上のクッキーをかじる。
「書庫はどうでしたか? いろんな本があったでしょう」
「ええ。あんなにたくさんあってとても驚いたわ」
「ラミアはあの本全部読んだの?」
ジニーの問いにラミアは瞬きを数回してから、うーんと唸った。
「多分読んだと思うけど、読んで十数年経ってたりすると覚えてなかったりするわね」
「ホグワーツの本は?! 図書館の本もものすごく多かったと思うけど!」
ハーマイオニーの興奮した声にラミアは苦笑して、あそこかぁと懐かしむように言う。
「気付いている学生は少ないと思うけれど、ホグワーツの図書館の蔵書って少しずつ増えているのよ。私は学生時代と教職になって五年くらいでほとんどの本は読んだけれど、どんどん増えてしまうから。最近は忙しくて、全然追い付いていないわ」
「禁書の棚は?」
「ああ、あそこ教員には解放されているのよ。学生に禁止してでも蔵書としてホグワーツに置いているのはそのため。まあ出入りの手続きは必要だけれどね」
あそこの本を全部読みたいなら教員になった方が早いかもよ、とラミアは笑った。するとトンクスが指をくるくる回して聞きたいことがあったの、と突然言い出す。
「ラミアってダンブルドアの次に強いって本当?」
「っはは、それ誰から聞いたの?」
ラミアが堪えきれないというように口を大きく開けて笑いだした。ラミアのそんな表情をあまり見たことがなくてジニーは驚いてしまう。
「色んな人。闇払いの研修中とか今の不死鳥の騎士団でとか」
「私より強い魔法使いなんてたくさんいるわ」
「でも言ってたよ。ラミアが不死鳥の騎士団に入ったことで戦力はぐんと上がったって」
「戦力というより知識といった方が正しいよ。確かに呪文に関する知識は誰にも負けない自信があるけれど」
ラミアはそう言いながら杖を取り出し、紅茶のカップをトンと叩く。すると紅茶の色がスゥと変わり、あっという間に透明になってしまった。
「飲んでごらん」
「うん……」
トンクスは恐る恐るといった表情でカップを手に取ると、そのまま口に運んでいく。コクリと一口飲んで、ぱぁと顔を輝かせた。
「すごい! ミルクの味がするわ!」
「ええ?」
ジニーはトンクスからカップを奪い取り口に運ぶ。そしてトンクスと同じように「ミルクだわ!」と叫んだ。
「私にも教えて、ラミア!」
「ジニーにはまだ早いわ。中国語がわからないと」
「ラミアは分かるの?」
「もちろん」
ラミアはもう一度カップを杖で叩き、中身の色が紅茶に戻る。ハーマイオニーが口に運ぶと、やはりそれは紅茶だった。
「ヨーロッパやアメリカでは今私たちが普通に使っている呪文と同じ呪文が使われていることが多いけれど、歴史的に交流の遅かったアジアやロシアなんかは全く違う呪文を使っている地域もあるのよ」
「ラミアは何か国語くらいわかる」
「……そうね、いくつかな。数えたことはないけど、今まで色んな国を旅行して言葉に困ったことはないわ」
トントントン
突然のノックの音にラミアが一瞬険しい顔をした。扉の外側からサッティの声が届く。
「ラミア様、失礼します」
「どうしたの?」
「お客様でございます」
「客?」
ラミアは立ち上がると、失礼と言ってから部屋を立ち去る。トンクスが遅れて追いかけていった。
「ちょ、トンクス!」
「こんな時間に訊ねてくるなんてどんな相手か気になるじゃない。この屋敷に来られる人間なんて限られているのに」
単なる好奇心らしい。仕方ないのでトンクスの後を追う。好奇心には勝てないのだ。
「ブレアさん、こんな――に何――ですか」
「酷いなぁ」
階段の下からそんな声が聞こえてくる。三人は廊下からそうっと玄関ホールを見下ろした。
「――を持ってきたんだ。――からの手紙―」
「―――? どうして――人が」
「なんでも、おに――んのことで」
「兄?」
ブレアがラミアに一枚の手紙を差し出す。ラミアは一瞬迷ったように手を彷徨わせてから、その手紙を受け取った。ブレアに促されてその手紙を開封し読み進めるラミアは、その表情を段々と険しくしていく。
「こ、れは」
「何が書いてあったんだい?」
急に声が鮮明になる。ばっと顔を上げると、兄たちが伸び耳を下に伸ばしながら、ジニーに向かってしーっと唇に手を当てていた。これで先ほどよりも声が聞こえる。
「ブレアさん、私の兄とは友人でしたよね」
「まあ、友人というか。僕が一方的に突っかかってただけだけどね。四つ年も離れていたし」
「では兄の髪は何色でした?」
「何をいまさら。君の母親と同じ、栗色だっただろう?」
確かラミアの兄はラミアが四年生の時に殺されているはずだ。どうしてそんな彼の話をしているのだろう。ラミアは焦ったように言葉を続ける。
「ノードリーは兄が二年生まで黒髪であったというんです」
「黒髪? そんな馬鹿な」
「兄の瞳の色は青でした。もし彼の言う通り黒髪であったなら、兄は加護を持つものであったということになります」
「それが今回のノードリーの手紙とどんな関係が……」
ラミアはくしゃりと手紙を握り、顔を歪め泣きそうな顔で言った。
「兄は三年生の新学期、変わったのは髪色だけではなかったんです。話をしてみておかしかったって。かみ合わなかったり、誤魔化すような表情をしていたって」
「それは、まさか……」
「『あの時は気づかなかったけど、今思えば記憶を操作された後のようだった』って……」
「ラミア。カイルの部屋は」
「こちらの奥です」
二人はホールから右の廊下へ向かっていく。声は聞こえなくなってしまった。
「どうする」
「ここまで聞いたら、追うか?」
「さすがに先生も怒るんじゃないかしら……」
乗り気な兄たちと私だが、トンクスとハーマイオニーは逃げ腰だ。どうしようか決めあぐねていると、突然下から声がかかった。
「そこでなにをしている」
「ひっ」
「マッドアイ! 驚かさないでよ」
マッドアイがしたからジニーたちを見上げている。トンクスが先に立ち上がりらせん階段を下りていくと、ジニーたちもそれに続いた。
「聞いていたのか」
「んー、ええ、まぁ」
トンクスの歯切れの悪い回答にマッドアイが睨む。ジニーが「マッドアイも聞いていたの?」と聞くと、「私はそこにいた」と義足でちょうど二階の廊下から死角になる場所を指した。
「ラミアが気付いてしまうとはな」
「気付くって? お兄さんが加護を持つものだったこと?」
「そうだ」
「マッドアイは知っていたの?!」
一瞬嫌そうな顔をしてからゆっくりと頷く。彼はコツ、コツと音を立てて大広間に向かっていった。
「カイル・セルウィンは黒髪青目で正真正銘のセルウィンの死の加護を持っていた」
マッドアイは扉から一番近い椅子に座り、ジニーたちもその近くに腰を下ろしていく。いつからいたのだろう、サッティが紅茶を準備し始めた。
「それが彼の二年生の夏休み、ラミアが8歳だったか。この近くの湖で小舟に乗って二人で遊んでいると、水魔の子供に襲われ船から二人は落ち、ラミアは死んだ」
「え……?」
「父親が湖についたとき、岸には息をしていないラミアとそれを揺り動かすカイルがいたらしい。そして、父親が止める間もなく、カイルはラミアを蘇らせた」
「セルウィン一族が一度だけ許される、死との交渉……」
ハーマイオニーの言葉にマッドアイはゆっくりと頷く。まさかセルウィンにヒトを蘇らせる力があったなんて、ジニーは知らなかった。
「カイルはラミアの命と引き換えに、死の加護とカイルの一部を失った。―――二年分の記憶だ」
「記憶を? でもどうしてラミアはそれを知らなかったんだ? 兄貴が記憶を失って加護も失っていたら、普通気付くだろう」
「隠したんだ、父親がな。まず兄の髪の色を変えたうえで、周囲の人間の記憶を改ざんした。元から彼の髪の色が黒色であったとな。そして兄にはすべての事情を説明し、急いで新しい記憶を植え込んだんだ。さすがに新学期には多少の違和感を残したようだが。そして最後にラミアの記憶を改ざんした。兄の髪色、加護の有無についてのな」
「そんな……、どうして……」
マッドアイは用意された紅茶を無視し懐から出した筒でのどを潤すと、言葉を続ける。
「セルウィンのものは代々短命で、加護を持つものは更に早く死ぬ。そしてその加護を失うと、呪文に対しての耐性が人より弱くなると言われておる。大した影響もないような呪文ですら、彼らには命取りになるということだ。ラミアには自分のせいで兄がそうなってしまったと勘違いされるわけにはいかないと、言っておった。あくまでもあれは、事故であったのだと」
「ラミアは今、それを知ってしまった?」
「そうだ」
気のせいだろうか。先ほどラミアの向かった廊下側から、彼女のすすり泣くような声が聞こえた。きっとラミアは考えるはずだ。自分があの日死んでいなければ、兄は殺されずに生きていたかもしれない、と。死を目の前にした彼女が、それをどう受け止めるのか、ジニーには見当もつかない。
結局ラミアはその日、ジニーたちの前に現れることはなかった。そして次の日も、ガランサス邸を去る瞬間でさえラミアは自室から出てこず、機嫌の悪そうなマッドアイの姿くらましでその場を去ることになった。
次にジニーがラミアを見たのは、新学期の始まったホグワーツでのこととなる。