思想なんて
「あ、あの!!」
「ん?」
「助けていただいて、ありがとうございます!」
後輩3人はほぼ同時に頭を下げた。リリス・クレイトン、セオドア・コレット、アントニー・クロムウェルだ。
騒動の後、真っ直ぐ寮に帰って来た私たちにに、何人かが寄って来た。私は少し冷静になりながら周りを見る。
「今回は派手にやったんだね、ラミア」
「もうすでに噂になってますわよ」
「シンシアにコーディ……」
楽しそうにやって来たのは私の同室の二人。先ほどの騒動はすでに広がっているようだ。しかし談話室には他に人がいなかった。
「ラミア先輩」
「なに?Mr.コレット」
「スリザリンのレギュラス・ブラックとは知り合いなんですか?」
「あ、それ!私も気になりました!」
「僕も…」
突然の問いに私は目をパチクリさせた。
「レグは…」
「知り合いも何も、レギュラス・ブラックとラミアは親友よ」
どう答えようか迷う私を遮ってシンシアが何もないように言う。
「「「え、ええええ?!」」」
さすがは幼馴染、綺麗にシンクロした驚きの悲鳴だった。しかしそんなに驚くことだろうか。内心首を傾げながら、悲鳴をきいていた。
「驚き過ぎ 確かに人前じゃあんまり話さないけど……」
「あんまりも何も、見たことないですよ!」
「図書室ではいつも一緒にいるよ」
「え!?」
レギュラスと一緒にいることはそこまで意外だとは。私は冷静になった頭で小さく呟いた。
「初めて言い合いしたかも……」
一瞬とはいえレギュラスと睨みあったその事実に私は少し、いやとても混乱していた。
「今まで喧嘩したことなかったとは…」
「まあどっちも大人しい方だしね」
「ごめんなさい… 私たちの所為で」
リリスがうつむいたまま謝罪している。私はその頭を優しく撫でた。
「リリスは悪くないよ あなたたちを貶したあいつらが悪いんだから」
「でも、それで先輩が親友と喧嘩しちゃった……」
「大丈夫 喧嘩なんてものじゃないよ 図書室行けばいつも通りレグはいるから、きっと」
私は笑って見せたが、内心初めての喧嘩(?)に不安が大きかった。
不安が当たったのか次の日もその次の日も、図書室のいつもの場所に彼は現れなかった。一日や二日来ないことは良くあったが、気が付けば会わないまま二週間が過ぎてしまっていた。
「ラミアがイライラしてますわ」
「レギュラス・ブラックに避けられてるみたいだからね、そりゃイライラするよ」
「別にイライラなんてしてない」
そう言いかえしたものの平常心が保てている気はしない。それでも同じホグワーツにいて顔を合わせないのは入学してすぐ以来だと思う。
そして私はとうとう最終手段に出る覚悟をした。
ラミアと顔を合わせなくなって二週間が過ぎた。友人曰く最近今までになく近くにいて気持ち悪いとまで言われたが、あんな別れ方したからにはそんな簡単に戻れない、いやもう戻れないんじゃないかとまで僕は思っていた。
大広間で朝食をとっていると、友人のタージェスとシルヴィオは僕の両脇に座った。片方は僕の顔を覗き込むように話しかけてくる。
「仲直りしないのか?」
「元凶であるあなたがそれを言いますか?タージェス」
「いや、だってよお……」
ラミアとの関係を友人にはそこまで話していないが、そこは感じ取ってくれたらしい。しかしその空気を読んスキルをもっと早く発揮してほしかった。
「いいんですよ、別に」
「まあ、レギュラスがいいんならいいんじゃねえの……」
「シルヴィオまで…!」
タージェスは変な時にお人好しだ。対してシルヴィオはそこまで突っ込んでこない。対照的な二人だが、純血主義で根っからのスリザリンに変わりはない。僕のような中途半端な人間とは違う。絶対に口にはしないが。
会話も程々に食事を続ける。先日の件で、僕とラミアは少し有名になったが二週間たったお陰で今ではそこまで噂されることもなくなっていた、僕は。しかしラミアはその時の発言で一部の生徒に反感を買っていた。グリフィンドールとハッフルパフの主にマグル生まれからだ。理由は簡単。
『後輩だから庇うんだ。他人が何を言われていても何をされていても何とも思わないから。暴力を振るわれていたって、暴言吐かれて泣いていたってね。私には関係ない』
この発言は完全にレイブンクロー以外のマグルを敵に回した。彼らに全く興味がなくどうなっても関係ないと言い放ったのだから。実際スリザリンに暴言を吐かれていたグリフィンドールやハッフルパフの生徒を見ぬ振りしたと噂が立っていた。まあラミアのことだから本当に視界に入っていなかったのかもしれない。決していいことではないだろうが、対してラミアは身内特に自分と接点の多い人間への甘さは異常だ。偏った愛情とはこういうことを言うのかもしれない。
それがわかったうえで僕は油断していた。そしてラミア・セルウィンという人間をなめていたのかもしれない。
「レギュラス……」
「どうしましたか」
温かいスープを飲んでほっと息をついていると隣のタージェスから切羽詰ったような声が聞こえた。どうせ大したことないと冷たく返していると、とても耳になじむそして少し懐かしい声色が聞こえた。
「レグ…」
「ラミア……!」
目の前にはついさっきまで考えていたラミアが何とも言えない表情で立っていた。僕が呆けていると彼女は突然僕の腕をつかんだ。人々の視線が自分たちに集まっていく。全身でひしひし感じ取った。
「え?!ラミア! どこへ?!」
無言で僕の手を引き大広間を出ると、そのまま階段を上がり進んでいく。どこに行くのか全く見当がつかない。彼女はその間一言もしゃべらない。
「ラミア?」
何度かラミアの名を呼ぶと、人気の少ない廊下に自分がいることに気が付いた。ラミアはピタッと歩みを止めると僕の方へ向き直った。しかし顔は下に向いていて表情は見えない。
「ラミア………?」
僕はゆっくりそしてできる限り優しくラミアの名前を呼んだ。
「レグは……」
「………」
「レグは、私のこと嫌いになったの……?」
「は……?」
どうして、という前に彼女の言葉が聞こえた。
「だって、図書室行ってもレグいないし…… 図書室以外ではまず会えないし…」
「え、まあそうですけど…… というかあんなことあったら… というか嫌われたと思っていたのはこっちですよ」
「え……?」
「あ、やっと顔上げた」
彼女は今にも泣きそうなくらい目には涙が溜まっていたが、表情はポカーンとしている。その表情につい笑ってしまった。
「な! なんで笑って……!」
「だって、ようは二人して嫌われたと思ってたってことじゃないですか」
「私は最初から思ってたわけじゃないよ! レグに全然会えないから……」
「さっきも言ったでしょう あんなことあったらどんな顔でまた会えばいいのか」
「今まで通りで良いじゃない」
「そんな簡単じゃないでしょう 僕は根っからの純血主義で、対して君はそんなの興味もない人間だ 元が違いすぎる」
「そんなの関係ない!」
自嘲するように言った僕の言葉に彼女は大きく反論した。度胆を抜かれた僕はきっと目が丸くなっているはずだ。
「変わらないよ 純血主義だろうと、マグルだろうと レギュラスはレギュラスだよ!」
「僕は僕、ですか……」
べたな小説のセリフみたいだ。いつもの僕ならきっとくだらないと一蹴していただろう。しかしなぜかこの時のラミアの言葉は自分の思っているより大きく僕の中に響いた。
「でも、僕は純血主義ですよ」
「知ってる」
「マグルじゃない」
「それも知ってる」
ラミアの目は真っ直ぐだ。僕とは正反対だ。
「じゃあ、この喧嘩はもう終わりですね」
「やっぱり喧嘩だった?」
「喧嘩じゃなきゃなんなんですか」
「いや、喧嘩って初めてだから」
驚いた。この歳で喧嘩をしたことのない人間がいるなんて思わなかった。
「お兄さんと喧嘩したことは?」
「ないよ 歳が離れすぎてる レグは?」
「しょっちゅうでしたよ 流石にこの歳になればもうしませんけど」
正確にはお互いに無関心になっただけだが。
「普通はするものなのか…」
「そうですね、普通は」
彼女は真剣に考えているようだが、兄妹の仲がいいのは良いことだと思う。僕とシリウスだって生まれた時から仲が悪かったわけではないのだから。
「戻ろうか シンシアとコーディが心配してる」
「そうですね 多分タージェスとシルヴィオもきっとハラハラしてるだろうし」
「私その二人、気に入らない」
「でしょうね」
僕たちが大広間に戻ると、タージェスもシルヴィオもほっとしたように笑っていた。ラミアの友人も同じだったようで。なんだが気恥ずかしさを覚えたまま、隣で笑うラミアの姿に少し安心していた。