それが来ないことを知っている
「僕と付き合ってください!」
「はあ……?」
親友の突然の不審な告白に、ラミアは一瞬理解が追い付かなかった。
「つまり、女子生徒に告白されていつも通り断ろうと思ったらあまりにもしつこくて、自分には彼女がいると言ってしまったと」
「はい」
「そして咄嗟に私の名前を出したと」
「そうです」
「はぁ……」
ラミアは溜息を吐いた。
レギュラスがしばしば告白されているのも、毎回それを断っているのもラミアは知っていた。しかし、まさかこんな巻き込まれ方をするとは思ってもみなかった。
「で、そうすればいいの?」
「引き受けてくれるんですか?!」
「しょうがないでしょ 私の名前を出しちゃったんだから」
「すみません」
レギュラスはラミアに頭をさげる。
しかしどうすればいいのか、ラミアには見当もついていなかった。
「で、どうして私たちが呼ばれたのかしら?」
「付き合うってどうしたらいいのか教えてもらおうかと」
「ていうか、2人が付き合っていないってことの方が不思議なんだけど」
「はい?」
ラミアはコーデリアとシンシアを図書室の奥へ呼び出していた。そこなら、多少話していても気づかれず、人も来ないからだ。
「だってほぼ毎日会っているでしょ?違う寮なのに」
「うん」
「はい」
「ホグズミード行きの時だって、連絡がなければ二人で行くのが前提ですわよね」
「まあ」
「そうですね」
ラミアとレギュラスは顔を見合わせた。2人ともそれが普通だと思っていたのだ。
「まあとりあえず、いつも通りにしていれば問題ないですわ」
「恋人に見えるもん」
この2人は完全に楽しんでいる。ラミアとレギュラスは同時に思った。
次の土曜日、ラミアはいつもより早く大広間に来ていた。レギュラスに一緒に食べようと誘われていたのだ。土曜日の早い時間なら生徒も少なく違う寮同士でも食事ができるのだ。
レギュラスはすでに大広間におり、席を確保して食事を始めていた。
「おはよう、レグ」
「おはよう、ラミア」
ラミアはレギュラスの隣に座る。すると背後からの不穏な視線を感じた。ラミアはレギュラスに顔を寄せ、小声で話しかける。視線が一層鋭くなった気がした。
「なんか睨まれている気がするんだけど、もしかして……」
「やっぱり気づきますよね ヒルダ・カヴァデール スリザリンの同学年です」
「あー なんか聞いたことある名前 顔も見たことある気がする」
ラミアは綺麗に切られたリンゴに手を伸ばし食べ始めた。目覚めたばかりでものを食べる気になかなかならないのだ。
対してレギュラスは朝食だというのに驚くほどしっかり食べていた。もともとレギュラスは肉が好きだが野菜も食べている。
「リンゴだけで足りますか?」
「うん 大丈夫だよ ほら、口開けて」
「ん……」
大量の肉を食べ終えたのを見計らってラミアはレギュラスの口にリンゴの一切れを差し出す。レギュラスは何の迷いもなく、それを口にいれた。
陰でそれを見ていたコーデリアとシンシア2人のそんな光景を見てほのぼのとしていた。
「相変わらずですわね、あの二人 ヒルダが鬼のような形相をしてますわよ」
「あれやってて付き合ってないって、本当に不思議」
お互いを兄弟や家族のように思っているのだろうとシンシアは思ったが、なぜそうなったのかだけは想像もつかなかった。
食事を終えた2人は図書室へ向かった。いつもなら〈冥界の部屋〉へ向かうが、ヒルダに見張られているためそうはいかない。2人は懐かしいと思いながら、図書室へ向かった。
「〈才色兼備〉って彼らのような方のことを言うんでしょうね」
「確かに 2人の悪いところって……無関心なところとか?」
「結局似た者同士なのですわね」
2人は机に向かってひたすら勉強を進めている。毎年学年トップを争う2人は勉強量も半端ではない。
「負けていられませんわ」
「だね!」
コーデリアとシンシアはラミアとレギュラスを遠目に見ながら、勉強をし始めた。
「お腹空いた」
数時間が経ち、気が付けば時間は12時を過ぎていた。レギュラスは突然のラミアの言葉に少し驚いたが、空腹なのも事実だった。
「もうお昼ですね 今日は天気もいいですし、外で食べませんか」
「うん」
2人は厨房へ行き屋敷しもべ妖精から大量の食糧を受け取った。
「僕が持ちますよ」
「重くないから大丈夫」
「そう言う問題ではありませんよ」
「じゃあ、レグの荷物ちょうだい」
食料の入ったバケットをレギュラスが、2人分の荷物をラミアが持ち中庭へ向かう。軽量呪文をかけたカバンは殆ど重さがない。教科書や本を大量に持ち歩くため2人でカバンにかけたのだ。
季節はもう春。風が吹けば少し肌寒いものの、日はとても暖かい。
2人は中庭の大きな木の下にシートを敷き、その上に並んで座る。バケットの中にはかぼちゃジュースとサンドイッチやホットドック、そしてスコーンなどが入っていた。ラミアとレギュラスは少しずつ食べていた。
「きもちいいね あったかい」
「ですね もう春です」
ラミアはグッと体を伸ばし、ふぅと脱力した。そんなラミアを見てレギュラスはクスクスと笑う。ラミアも少し楽しいような気がした。
昼食も食べ終わり、2人でごろんと横になる。日差しが暖かく、ゆっくりと瞼が重くなるのをラミアは感じた。
隣にいるレギュラスも同じなようで、気が付けば2人はそのまま眠ってしまっていた。
目が覚めたのは日が傾き始める夕方。少しずつ気温も下がってきていた。先に目を覚ましたレギュラスは隣で未だ眠っているラミアの頭に左手を伸ばし、やめた。レギュラスは表情を変えないまま右手でラミアの肩をゆすった。
「起きてください、ラミア もう暗くなりますよ」
「んん れぐ……?」
「ほら、起きて 風邪をひきますよ」
「うん……」
ゆっくりと体を起こしているが、まだ半分くらいは眠っていそうだ。しかしピュウと風が吹くとラミアは寒いと言いながら目を完全に覚ました。
「大広間に行きますか 夕食にはまだ早いですが、あそこなら暖かいですし」
「うん、行く」
2人は厨房へバケットを返し、大広間へ向かう。しかしその途中で道を遮られた。ヒルダ・カヴァデールだ。
するとどこからかシンシアとコーデリアも出てきた。しかしどうしてかと問う前にヒルダが動いた。
ヒルダはラミアを睨みつけ、その後レギュラスへ寄りその腕に自分の腕をからませた。
「Miss.カヴァデール……」
「レギュラス様、どうしてセルウィンなのでしょう 私には理解できません!」
「はい……?」
「だってこの子、穢れた血を庇うような純血ですよ?裏切り者ではありませんか」
ヒルダは上目づかいでレギュラスを見、捲し立てるように言う。レギュラスは何も言わずただそれを見ていた。
「レギュラス様はブラック家の跡取りで純血を誇りに思っていらっしゃる そんなお方がセルウィンという死の一族と関わるなんて……!」
「なんてことを……!」
シンシアの叫びが響く。しかし流石にここまで言われればラミアもカチンとくる。言っていることは正しいが、言いかえさなければおさまらない。
「あなた、言わせておけば……!」
「ラミア」
言い返そうと口を開いたその時、レギュラスがヒルダの腕を振りほどきラミアの腕をとってぐいっと引いた
ちゅ
「な!!」
「は?!」
「え?!」
レギュラスがラミアにキスをしたのだ。しかしそれは触れるだけでは終わらない。
くちゅ
口内にレギュラスの舌が侵入し、そのまま自分の舌をからめとられる。突然のことにラミアは全く動けなかった。
口が離されるとレギュラスはラミアを支えたまま、驚いて口を開閉させるヒルダに向き直った。
「人を貶すことしかできない貴女を僕は哀れに思います」
「なんですって…!?」
「貴女にはわからないでしょうが、ラミアほど魅力的な女性はいませんよ 彼女がマグル贔屓だろうと死の一族だろうとそれは変わりません」
「っ………!」
「ラミア以外を選ぶことは永遠にありませんよ」
ヒルダは泣きそうな顔をしてその場を走り去っていった。
その場に残った4人の表情はさまざまだったが、ヒルダが見えなくなるとラミアはホッと息を吐いた。
「ふぅ 一件落着だね」
「ですね、協力ありがとうございました」
「いえいえ お疲れ様、レグ」
一瞬でいつも通りに戻った2人にシンシアとコーデリアは目を見開いた。
「え……もしかして…?」
「ん?演技だよ」
「どこから、どこまで……」
「Miss.カヴァデールが現れたところから、ついさっきまでですよ」
「「はぁ?!!」」
キスをして顔を赤らめて…。そんな青春の一ページの代表のようなことをやっておきながら、全て演技だなんて……!シンシアとコーデリアは驚きを隠せなかった。
「ほら、帰ろう 2人とも 疲れちゃった」
「え、いいですの?」
「いいのいいの レギュラスも部屋に帰るでしょ?」
「ええ 僕も少し疲れました」
苦笑いをするレギュラスにラミアも苦笑いで返す。
「また、明日」
「はい、また」
「ねえ
「なに?コーディ」
「耳、赤くない?」
「っ………!!」
ラミアは咄嗟に両手で耳を隠す。レギュラスの前では必死に我慢していたが、実際はとてつもなく恥ずかしかったらしい。
「まあ、あれで平常心のままいられる人なんて早々いないよ」
「確かにそうですわね 見ているこっちが恥ずかしかった」
「言わないで!思い出すから!」
ラミアは部屋に帰った後も収まらない顔の熱と、レギュラスがヒルダに言った言葉。その二つがラミアの頭の中をぐるぐると渦巻いた。
「………」
ぼすっ
「はぁ……」
レギュラスはまだ誰もいない部屋で、自分のベッドに倒れこんだ。溜息と一つ吐き、先ほどの感触を思い出すように自分の唇に触れた。
「はぁ……」
もう一度溜息を吐き、仰向けになおる。
「僕は何をしたいんでしょう」
自分の顔が少し赤くなっていることくらい気が付いていたが、認めたくないと頭の中で警報が鳴り響いている気がした。
「何を……」
自分にもう一度問いかける。左腕を右手でギュッと掴み、無意識に爪を立てた。
黒い印は消えない