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イギリスの秋は寒い。
私が編入してから1ヶ月が過ぎ、カレンダーには10月の文字が浮き出ている。校庭や城の中に湿った冷たい空気を撒き散らしていた。校内でも風邪が流行り、マダムポンフリー特製の元気爆発薬が大流行した。身近な存在としてはジニーちゃんもずっと体調が良くなさそうだったので、パーシーにほぼ無理やり飲まされていたのも記憶に新しい(ジニーちゃんは赤毛の下からモクモクと煙を出し、頭の上が火事になっているようだった)。

この間のスリザリン事件からというもの、ウッドさんは鬼のような形相でクィディッチの作戦を練りに練っているのが選手でなくとも見て取れた。それに1番被害を被るのは他でもなく選手であって、アンジーやアリシアはまともに寝る暇もない!と厳しい練習に珍しく文句を言っていた。

フレッドとジョージの双子も例外ではなかったが、彼らはその行動力を認められ、なんと相手チームの偵察を行ったらしい。そこで帰ってきた彼らから放たれる言葉への熱の入りようはウッドさんの比ではなかった。
「あれはまるで垂直離着陸ジェット機だった!」
「それに空中を縦横に突っ切る7つの影さ!」

その報告を聞くや否やまたしてもウッドさんは、練習だ!作戦を組み直す!と息巻いてしまい、なんと地面を叩きつけるような雨が降っているにも関わらず、その練習が中止されることはなかった。案の定、部屋になだれ込むように戻ってきたアンジーとアリシアは見るのも可哀想なくらいびしょびしょに濡れていて、その顔には不満の表情が隠されることなく、むしろ前面に押し出されていた。

「だ、大丈夫?2人とも!」
「もうー!ウッドの奴、私たちが女子って気づいてるのかしら!」
「ほんとに!風邪でもひいて試合に出れなくなったらそれこそおしまいなのに!」
「「まぁ熱が出ようとも試合に出ろ!なんて言われるんでしょうけども!!」」

まるでどこかの双子のように、2人は息ぴったりに揃って吐き捨てた。す、すごい。言葉もだけどその迫力も並々ならぬ凄みを感じる。
やっぱり美人は怒ると普通の人の倍は怖いらしい。
何度も言うがアンジーの怒っている姿は私をビビらせるにはもってこいである。私は彼女たちにシャワーを促し、何も言われていないのに体が勝手に執事のようにバスタオルを持って、2人がシャワールームから出てくるのを健気に待ち続けた。


**


「ジニーちゃん本当に大丈夫?」
「平気よ、ちょっと風邪が続いてるだけ」

最近ジニーちゃんの様子がおかしい。
出会った当初はもっとたくさん笑う子だったのに、ここ最近めっきり笑顔が消えてしまっている。
以前パーシーが無理やり元気爆発薬を飲ませていたが、あまり効果がなかったようで、塞ぎ込みがちなのが心配で仕方ない。

「サラは心配しすぎよ」
「でも‥」
「本当に大丈夫だから!ほら見て、フレッドとジョージなんて気にも止めてないわ」

ジニーちゃんの言葉にチラリと双子の方を見ると、2人は火トカゲに「フィリバスターの長々花火」を食べさせたらどういうことになるか試している真っ最中のようで、ジニーちゃんを心配する素振りも見せてはいない。

「ね?」

それもどうなの、と軽く双子を睨んだけれど、そんなものがあの2人に通用することもなく、視線に気づいた1人(なんとなくだけど恐らくジョージだと思う)に笑顔で手を振られる始末だった。
求めていることはそんなことではない。

「ねぇ、2人とも、「なんなのこのトカゲ?なんでこんなところに?」」

私が双子の元に行きお節介を焼こうとしたら、横からアンジーが双子の元に居るトカゲのことに口を挟んだ。私の発した言葉は跡形も無く消え去ったが、トカゲのことは私も気になっていたのでまぁ良しとする。それにしてもよく見たらこのトカゲ、魔法生物飼育学で見せてもらったトカゲなんじゃないの。

「もしかして盗んできたの?」
「サラ!人聞きの悪いことを言ってくれるな。我々は火の中に住むこの燃えるような火トカゲを助け出してきたんだ」
「よく言うよ!くすねてきただけのくせに!」
「言いがかりはよせ、ロニィよ。それ以上言ったらお前をこの長々花火の餌食にするぞ」

そう脅すジョージに長々花火を見せつけられ、ロンはびびってすぐさま口を閉じ黙りこくった。まったくもって哀れである。フレッド曰く助け出されたそのトカゲはオレンジ色がとても綺麗で、好奇心満々の生徒たちに囲まれ静かにテーブルの上でくすぶっていた。

フレッドはジョージから長々花火を受け取り、どのようにして食べさせるかを考えている。普段はおちゃらけているのに、こういう時のフレッドは実に真剣そのもので、なぜこれが授業に1ミリでも活かされないのかと私はすっかりあきれ返り溜息を漏らす。それはアンジーも同じだったようで、くだらないと吐き捨てていた。

「ジョージ」

こういう相談はフレッドでは話にならない。私はジョージの服の裾を掴んで呼び寄せ、ジニーちゃんの様子がおかしいことについて話した。ジョージはチラリとジニーちゃんを見遣り、少しだけ息を吐いた。

「そういえば最近塞ぎ込みがちな気がするな」
「でしょ?私ちょっと心配で‥お節介かもしれないけど」
「‥そっか。心配してくれたんだよな。ジニーの兄貴として礼を言うよ。ただ、ジニーはあんまり過干渉にされるのを嫌うんだ。だから‥うん。今は少し見守ってやった方がいいと思う」

それじゃダメかなとジョージは私に問う。
見守る、か。
チラリとジニーちゃんを見ると、今は楽しそうにロンやハリー、ハーマイオニーと話していて、先程私と話していた時よりかは幾分か顔色が戻っているように見えた。

「そう‥か。そうだね。うん。そうしよう!」

私が納得するとジョージは笑って私の頭をそっと撫でる。

「本当にありがとな」
「お節介もほどほどにしないと嫌がられちゃうね」
「そんなことないさ。ジニーは心配されるのを嫌がるような奴じゃない」
それにサラのことを慕ってるみたいなんだ、と。

慕っているだなんて、照れる。
私には兄弟がいないからなんだか妹が出来たようで嬉しいと言うと、ジョージは優しく笑ってくれた。

ジョージの優しさはハチミツ入りのミルクみたいだ。
あったかくて、ほかほかしてて、少しだけ甘い、そんな味。
ジョージに相談して良かった。自分の心配ごとを共有出来たことがこんなにも心強いだなんて。外では未だ雨が窓を叩きつけているけれど、対称的に私の心は温かかった。その気持ちを胸にそっと閉まって、ただただジョージに感謝した。


「うっわ!!!」
「?!」

その途端、何かが急にヒュッと空中に飛び上がった。言わずもがな、例の火トカゲである。火トカゲは派手に火花を散らし、パンパン大きな音をたてながら部屋中を猛烈な勢いでぐるぐる回りはじめた。
これには監督生であるパーシーが黙っているはずもなく、すぐさま騒ぎの中心にやってきて双子を怒鳴りつけた。

「フレッド!ジョージ!またお前達はくだらない真似を!!」

しかしこの双子にそのようなお叱りが通用するはずもなく、2人とも火トカゲのその様子を食い入るように眺めている。

火トカゲの口からは滝のように橙色の星が流れ出してすばらしい眺めになり、トカゲが爆発音とともに暖炉の火の中に逃げ込んでいった。

「「‥わーお」」

フレッドとジョージは目をキラキラ輝かせて、驚きと感動の余り何も言葉にならないようだった。それはグリフィンドールのほとんどの生徒がそのようで、皆が皆口をあんぐり開けてただただ感嘆の声を漏らしていた。

「すっげー」
「そんなものどうでもいいわ。それよりハリー、絶命日パーティのことはサーニコラスにお返事すれば良いのよね?」
「うん、そうだよ‥」

いつのまにかハリー達が近くにやってきていた。
絶命日パーティ?

「絶命日パーティって何?」
「聞かない方がいいよ、サラ。なんたって‥」
「サーニコラスの絶命日をお祝いするパーティよ。ハリーを通じて私たちも招待されたの」
「サラも来る?ニックは喜んでくれると思うよ」

サーニコラスとはあのほとんど首なしニックのことである。彼はグリフィンドール付きの霊で、見た目は至って普通の騎士なのに、首の皮一枚で繋がっているところを見させられた時には直前に食べていたハムサンドを全部戻しそうになった最悪の思い出がある。
そんなほとんど首なしニックの絶命日パーティ。ミステリアスでなんだか面白そうだ。かなり興味をそそられる!

「行こうよ、サラ」
「うん!行きたい!あ、そういえばそのパーティっていつなの?」
「ハロウィーンの日さ」
「‥うーん。私はいいや」
「Jesus!サラ!ハロウィーンパーティの方をとったな!裏切り者!」

ひどい言われようである。
なんせハロウィーンパーティである。ホグワーツのパーティは豪華絢爛で、おまけに今年はダンブルドア先生が舞踏団を予約したらしいとアリシアから聞いたばかりだ。それを蹴ってまでニックのパーティ(しかも絶対良いものとは限らない)に行くほど私はアホじゃない。ハロウィーンパーティへ絶対に行きたい。
正直、ほとんど首なしニックの絶命日パーティがそのハロウィーンパーティを上回るとは思えなかった私はハリーからのお誘いを丁重にお断りした。

「僕だってハロウィーンパーティの方に行きたいのに!」

だからと言って私だけズルイというのは違うだろうと、ロンからの猛抗議をサラリとかわし、私は自分の部屋へと戻ることにした。



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