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モンタギューの叫びが聞こえたかと思ったら、次には甲高い悲鳴が廊下にこだました。私はまた双子がモンタギューだけでは飽き足らず、スリザリンの女子生徒まで巻き込んで長々花火でも仕向けたんだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。
前の方にいた生徒たち伝えによると、壁に何かが書かれており、その中心にハリー達がいるとのことだった。

ハリー?

ただならぬ雰囲気に、またハリーは何かに巻き込まれてしまったのかと危惧した私は、果敢にも群衆の中に突っ込み波をかき分けるようにして前に出る。
ハリーだ!ロンやハーマイオニーもいる!
3人を見つけ声をかけようとすると、目の前に想像の斜め上をいく光景が広がっていた。


THE CHAMBER OF SECRETS HAS BEEN OPENED.
ENEMIES OF THE HEIR, BEWARE.

秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ


壁には血を思わせるような赤い文字でそう書かれていた。私は少し見入ってしまったが、「継承者の敵よ、気をつけよ?次はおまえたちの番だぞ、『撮れた血』め!」マルフォイ君の叫ぶその声にハッと我に帰る。そして気づいてしまった。辺りを見ると文字の下には黒い影が出来ており、それに目を凝らして見る。フィルチの愛猫ミセス・ノリスだった。

「ひっ」
「っと!大丈夫か?」
「‥ジョージ?」
「当たり。それにしても面倒なことになったな」

ジョージの視線の先を辿ると、管理人のアーガス・フィルチが何事だ!と血相を変えてやってきていた。恐らくマルフォイ君の大声に引き寄せられたに違いない。フィルチは人ごみを掻き分け、最前列に躍り出ると、その目に変わり果てたミセス・ノリスを映し、血走った目をこれでもかと開きながら「殺してやる!」とハリーに向かって叫び出した。

「お前だな!あの子を殺したのは!俺がお前を殺してやる!!」

ハリーはそのフィルチの姿に恐怖で立ちすくんでいるようだった。「僕は‥なにも‥」と言葉にならない声をたどたどしく紡いでいるが、当たり前にフィルチの耳には届いていない。
すると、またしても群衆の後ろから「アーガス!」と叫ぶ声が聞こえた。ダブルドア先生である。

ダンブルドア先生はミセス・ノリスを松明の腕木から外すと両手に抱えて、ハリー、ロン、ハーマイオニーについて来るように命じた。そこででしゃばったのはなんとあのロックハート先生で、自分の部屋を使うように申し出ると得意げな顔でダンブルドア先生を誘導して行った。フィルチやスネイプ先生、マクゴナガル先生もそれに続き、3人はとぼとぼとその後について行った。

「ハリー‥」
「まぁダンブルドアが来たから大丈夫だ。殺されはしないし、ミセス・ノリスもなんとかなるさ」
「そうだね‥」

ジョージは少しでも元気付けようとしてくれているようだったが、私は先ほどの光景が目に焼き付いて離れず、元気な気持ちが帰って来そうにはない。それは皆がそうらしく、秘密の部屋とは何なのか、継承者とは誰なのかと先生達がいなくなったのを皮切りに口々に話し出した。

「監督生の諸君!各々の寮に生徒たちを誘導したまえ!さぁグリフィンドールの諸君!僕について来て!」

この状況にイライラしたパーシーが監督生バッチをキラリと見せながら他寮の監督生達に声をかけ、自らが率先し誘導した。普段ならパーシーのやることにはからかうか文句を言うかする双子も、この時ばかりはパーシーの行動が最善であると理解していたらしく、みんなと一緒に大人しくついて行った。

部屋に戻ると、アンジーやアリシアは気味が悪いとさっさと寝に入ってしまった。最高に楽しかったハロウィーンが最悪に終わってしまった。とぼとぼと談話室に戻ると、ちょうどジョージも同じタイミングで階段から降りて来るところだった。

「ジョージ‥」
「サラ‥」
「なんか、勉強する雰囲気じゃなくなったね」
「そうだな。‥大丈夫か?」
「うん。私は平気だよ。見てた、だけだし。‥ハリー達は大丈夫かな」
「あの3人はそんなヤワじゃないから大丈夫さ」

するとジョージはまた私の頭を撫でてくれた。
安心するように。小さい子どもに母親がするそれと少し似ているような気がした。
ミセス・ノリスはどうなったんだろう。秘密の部屋ってなんだろう。ハリー達が危ないのかもしれない。
そう考えて沈んでいた私の心がスッと軽くなっていくようだった。
気持ちが幾分かマシになった私は「ありがとう」とお礼を言い、今日はもう寝ようと告げて元来た道を戻る。

「サラ」

呼ばれて振り返ると優しい笑顔をしたジョージが階段下に立っていた。

「おやすみ」

ジョージはただそれだけを口にした。
ありがとうジョージ。最悪なハロウィーンになったと嘆いていた自分が情けない。確かに心配ではあるし不気味だけど、心強い友達がいる。その友達と過ごせたハロウィーンが最悪なわけがなかった。

「おやすみ。また明日ね」

ありがとう。その気持ちをありったけ込めて伝えた私は今度こそ自室の部屋に戻った。


**


翌日、朝食の席でミセス・ノリスは生きていて、ただ石になっただけだとダンブルドア先生の口から話があった。良かった。特に思い入れのある猫ではなかったけど、死んでしまっては気分が悪い。

「良かったわね」
「うん。石になっただけならまた元に戻せるよね」

私とアンジーは軽く考えていたが、横からフレッドが口を挟み、ダンブルドア先生でも治せなかったらしいと言った。

「は?ダンブルドアでも治せないって何それ。もう元に戻らないの?」

アンジーはフレッドに詰め寄った。アンジーにしてみたらミセス・ノリスが心配というより、ダンブルドアの魔法が通用しないという事態が心配のようだった。それもそうだ。例のあの人が1番恐れている魔法使いがダンブルドアで、その人が太刀打ちできないことが1つでもあってはここが安全とは言えなくなる。

「こないだの薬草学でスプラウトがマンドレイクが手に入ったって言ってただろ?あれを使えば元に戻るらしい」

だから何も心配は要らないさ!と陽気に答えるフレッドとは裏腹に、私とアンジーは不安でお互いの顔を見合わせていた。

**

それから数日はミセス・ノリスの襲撃事件で話が持ちきりだった。フィルチはなんとか壁の文字を消そうと躍起になっていたが叶わず、そのイライラを解消するかのように「嬉しそうにしていた」「音を立てて息した」などと道行く生徒に因縁をつけては罰しようとしていた。

様子がおかしいのはジニーちゃんもだった。最近は少し元気を取り戻していたように思うが、あのミセス・ノリス事件からはすっかり気落ちし心を乱されているようだった。なんでもジニーちゃんは無類の猫好きらしい。
これには兄達もなんとか元気付けようと次々にジニーちゃんのところへ行った。
ロンは「はっきり言って、あんなのはいない方がどんなにせいせいするか」とミセス・ノリスがどれほど嫌な猫であるかを熱く語り、双子は顔中が毛むくじゃらになる薬を飲んでバケモノのようになりジニーちゃんを驚愕させた。パーシーが怒鳴りつけたのは言うまでもない。けれども、彼も他の兄弟と似たようなもので、ジニーちゃんを元気付けることに関しては1ミリも役に立ってはいなかった。

毛むくじゃらの双子は見るも無惨な姿と化し、関わり合いを持ちたくない私は一目散に逃げたが、それを分かっていたかのようにリーに腕を掴まれ双子の元へと連行された。私は慌てふためき暴れまわったが、リーに思いのほかガシッと強く捕まれてしまってうんともすんともしない。

「リー!」
「あいつらジニーに失敗したらサラに見せるって言ってたからさ」
「おーい!友達を売るなー!」
「こないだフィルチから逃げてる時にフレッドに助けてもらった借りがあるんだ。悪く思うな」

この状況を悪く思わずして何を悪く思えと言うのか。

「ぎゃー!!!」

案の定、真正面から見た彼らは酷いなんてものじゃなく、一種のトラウマを引き起こしかねない姿になっていて、私は5秒も直視できなかった。というかそれ以降の記憶が無いため確実に気絶したと思う。



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