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最近図書館の人の出入りが激しいように思う。
以前は優等生やレイブンクローの生徒がほとんどだったのに、明らかに本なんて読んだことある?みたいな人達もひっきりなしに訪れていた。
最初こそ何事だろうと思っていたが、ほどなくしてその答えが分かった。
みんな知りたがっているのだ、秘密の部屋のことを。

それはハーマイオニーも例外ではないようで、ホグワーツに纏わる歴史関係の本を片っ端から読み漁っているようだった。

「こんなことなら家に置いてきたホグワーツの歴史を持ってくるべきだったわ!」

彼女が1番読みたがっているその本は、今や図書館からは常に貸し出し状態で消えていて、2週間先まで予約で埋まっているというのだ。実を言うと、私も読みたかったうちの1人で一応予約をしたが、いつ読めるかは分からないと早々にマダム・ピンスにピシャリと言われてしまい最早諦めている。
ここは一つ、学年一の天才ハーマイオニー大先生に謎を解明してもらい、私にも解説して頂こう。


そんな今日は大の苦手な魔法薬学がある。
ここ最近は悪目立ちするような当てられ方はさほどされなかった。それもこれも双子がわざとスリザリン生の大鍋にイタズラを仕掛けて爆発させたり、変な薬に変化させたりと、とりあえずスネイプ先生の癪に触ることばかりしているおかげで、すっかり双子にしか目がいかなくなったからである(双子を監視しているのは前々からだろうけどそれ以上になったらしい)。

「今日はスリザリンとグリフィンドールでそれぞれペアを組んでもらう。ペアを組んだら頭冴え薬を調合してもらおう」

スネイプ先生はそう言い杖を振る。すると、黒板に頭冴え薬の調合法が浮き出てきて(けれど肝心な分量については虫食いになっててそこは各自調べなければならないらしい。アンジーは嫌味な奴ねと小さく悪態をついた)、その隣には誰と誰がペアを組むかが指定されていた。もしかしたら先生の考えた双子対策なのかもしれないな、これは。だとしたら先生の苦労が少しだけ偲ばれた。

「よろしく」

少しぶっきらぼうに声をかけられ、上を見ると黒髪の男の子が立っている。
誰だろう。どこかで見たことあるような、無いような。私に何かご用?
私が返事をする前に、その男の子は「俺たち、ペアだぜ?」と言った。

「え?」
「お前、サラ・グレイスだろ?俺はエイドリアン・ピュシー。俺たちペアで指定されてる」
「ほんとだ‥」
「ちゃんと見とけよな」

なんだその物言いは。
私がそう思って彼を見ると「さっきから顔に出すぎ」と軽く笑われてしまった。な、なんたること!
モンタギューよりかは全然マシだけど、それでも失礼というか無愛想というか、まぁ悪い印象に変わりはない。
けど、こちらもペアとしてきっちり仕事をこなさなければ、どんな因縁をふっかけられて減点されるか分かったもんじゃないので、しぶしぶ従うことにする。あくまで、しぶしぶだということを頭に置いといてもらいたい。

「とりあえず材料持ってくるか。えーっと」
「そうだね。私分量覚えてるから持ってくるよ」
「は?」
「昨日たまたま勉強したの、早く始めたいし持ってくるね」
「‥あぁ。宜しく頼む」

タマオシコガネと根生姜、アルマジロっと。これの胆汁を使わないとならないなんて‥この授業の苦手なところはきっちりとした分量や回数が定まっているところもそうだが、このようにグロテスクな作業が多いことにもあった。最初からアルマジロの胆汁だけを瓶に詰めといてくれたらいいのに。それだけは何が何でもピュシー君にやってもらおうと心に誓った。
私が材料を持ってくるとピュシー君はありがとうと礼を言う。礼?

「じゃぁ俺はアルマジロの胆汁をとるから、グレイスは根生姜を刻んでくれ」
「え?」
「なんだ?まさかこっちをやりたいのか?」
「ぃぃいいいえ!!!!宜しくお願いします!!」

なんだ。意外と友好的かつ紳士的で拍子抜けである。お礼を言われたこともそうだけど、スリザリンの勝手な悪いイメージで、そんなことも出来ないのかと鼻で笑われながら胆汁を取らされる羽目になるかと思っていた。もしそんなことにでもなったら出っ歯になる呪いをいち早くかけてやろうとも思っていたのはここだけの話である。

けれども、実際それはあながち間違いではないらしく、「お前がやってみせろよ。ハン!そんなことも出来ないなんてグリフィンドールは落ちこぼれ揃いか」など、そういう会話は周りからちらほら聞こえてくる。ちなみにさっきの台詞はアリシアがペアの男の子に言われていて、彼女は杖を握ろうとする手を必死に心で止めているようだった。
それに、呪い殺しそうな目をしているのは彼女だけではない。フレッドである。ジョージは女子生徒だったことでまだなんとか平静を保てているらしいが、フレッドとペアを組んだのはなんとあのモンタギューだったのだ。元々犬猿の仲だというのにペアを組まされ、お互いに何かあらばすぐにでも殺し合わんとする雰囲気がピリピリとこちらにも伝わってくる。
先行き不安なこの授業に私は内心大きなため息をついた。

結論から言うと、なんと私たちの頭冴え薬はこのクラスで1番の出来だった。というより、まともな調合になったのは私たちだけだった。提出しに行った時のスネイプ先生は初日の私の態度について未だに何か思うことがあったようでチッという表情をしていたが、ピュシー君を見て「よろしい。皆もこの薬を参考にするように」と褒めたのだ。加点さえ無かったものの、褒めてもらえたことは素直に嬉しい。何はともあれこれは全てピュシー君のおかげである。

周りをチラリと見渡すと、アリシアとジョージはまだなんとか調合されているが、アンジーは怒りの沸点に達したのか胆汁をとったアルマジロをペアの女子生徒にわざとかけていたし、フレッドは鍋の中に何かを入れて爆発させていた。自分はエイドリアン・ピュシーで良かったと心の底からそう思った。

彼は魔法薬学がお得意のようで、胆汁を取るのも大鍋をかき回すのも手馴れていた。なんなら、私の刻んだ根生姜についても、もう少しこのくらいに細かく刻んだ方が薬の出来がよくなると教えてくれ、それ通りにしてみると、確かに色の変わり用が他のグループよりも早かったのだ。
私が尊敬の眼差しを向けると、彼に少しだけ睨みつけた。けれど、その頬は赤かったのでなんだかそのギャップがおかしかったけれど、それを指摘すると怒られそうだからやめておいた。

「ピュシー君!」

授業終わり、私はさっさと教室を去るピュシー君を追いかける。スリザリン生は誰かと一緒にいる事が多い気がするが(現にモンタギューは子分のような誰かを引き連れ双子の悪口に勤しんでいる)、彼は1人で次の教室まで行くようだ。

「なんだ?」
「今日はありがとう。アドバイスもくれて助かりました」
「‥別に。上手く仕上げないと俺も減点になるしな」
「うん。でもありがとう。ピュシー君がどうであれ私が助かったことに変わりはないから」
「‥変なやつ」

ピュシー君はそう言うと踵を返してスタスタと次の教室に向かって行った。
なんだ、スリザリンにも良い人いるんだ。
いつの間にか寮の名前だけで人間を判断していた自分が急に恥ずかしくなった。もちろんモンタギューのように中には気に入らない者もいるが、彼はスリザリンとかそういうの無しにしてなんだか友達になれるような気がする。そう感じられたことが素直に嬉しかった。

「サラ!」

呼ばれて振り返ると、双子やリー、そしてアンジーとアリシアが立っていた。私を呼んでくれたのはジョージだったようで、彼はいち早く私の元に駆け寄ってくれた。

「あいつと何話してたんだ?」
「あいつ?」
「エイドリアン・ピュシー」
「あぁ‥何ってただのお礼だよ。彼のおかげでスネイプ先生に褒められたようなものだし」
「ふーん‥」
「‥?ジョージ、なんかあった?」
「‥別に」

今日は何かと別にと言われる日である。
というより、普段誰とでも(スリザリン以外)友好的に接するジョージからは考えられないくらい無愛想というか不機嫌だ。なんだろう。私なんかしたかな。
そう思ってジョージの顔を覗き込むと、ふいっと逸らされてしまった。一体全体なんだというのだ。

「っにしても、モンタギューはもう一度1年からやり直すべきだと俺は思うね。あいつ根生姜すらまともに刻めないんだぜ?そんなのが俺のペアだなんて鼻で笑っちまうな!」

フレッドは怒りゆえにこれでもかと大きな声で嫌味を言い放った。もちろんモンタギューに聞こえるようにあえてそうしているのは明白で、聞こえたモンタギューは顔を真っ赤にしながらこちらをギロリと睨みつけている。フレッドはその顔を見てケラケラ笑っている。

「もうフレッド!その辺りにしておきなさい」
「そうよ。スリザリンなんて関わるだけイラつくわ」

アンジーとアリシアが止めに入るが、フレッドは尚も挑発するようにニヤリと笑った。さりげなく手をポッケに入れたので、きっとあの中にはクソ爆弾でも入っているのだろう。

その間もジョージはずっと黙ったままだった。
どことなく声をかけづらい雰囲気なので、そっとしておこうとも思うが、私が原因かとも思う分(全くもって心当たりなどないけど)、放っておくこともできない。非常に厄介である。
どうしたもんかと考えあぐねていると、ジョージは「俺、先に行ってる」とこれまたスタスタ歩いて行ってしまった。

なんなんだ。なんだというのだ。
こんなにもジョージが分からないと思ったのは初めてである。恐らく自分が何かしたのだろうけど、今日一日の行動を振り返ってみても検討すらつかない。

「ウィーズリー!!!!!」

フレッドからクソ爆弾を投げつけられ、鼻をつまみたくなるような異臭を放ちながらモンタギューは怒鳴った。その大声によって、ジョージが1人去ってしまったことに私以外は誰も気づいていないようだった。

私は胸にモヤモヤとしたものを抱えてジョージの行ってしまった方をただ見ることしか出来なかった。


**


土曜日になり、クィディッチの試合になった。今日は待ちに待ったスリザリンとの初試合である。朝食の席でハリーはなんだかずっとソワソワしており、どうしたのだろうとロンに声をかけると「金にものを言わせた連中と試合するんだ、落ち着かなくて当然さ」と教えてくれた。

そんなロンとハーマイオニーがハリーを元気付けに選手たちの控室まで行くというので同行させてもらう。
控え室に入ると選手たちの緊張が伝わってくるようだった。皆口数も少なかったが、ウッドさんだけはそんな時でも熱弁をふるっている。

「スリザリンには我々より優れた箒がある。しかしだ、我々の箒にはより優れた乗り手がいる。我々は敵より厳しい訓練をしてきた。我々はどんな天候でも空を飛んだ――」
「まったくだ。9月からずっと、俺なんかちゃんと乾いてた試しがないぜ」

ウッドさんの激励演説に口を挟んだのはジョージだ。

実を言うと、あの魔法薬学の授業以来彼とはほとんど口を聞いていない。軽く挨拶は交わすものの、私とは目も合わないし、何より彼が私を避けているのは誰の目にも明らかだった。もちろん夜の勉強会にも彼は顔を出していない。最初こそ気のせいかとも思ったし誰も気づいてはなかったが、その状態で3日くらい経つと周りもどんどん気づき始め、「ジョージと何かあったのか」「喧嘩でもしたのか」と質問してくるようになった。
けれども何度も何度も言うようだが、私には全く心当たりなどない。フレッドやリーから聞かれたときもただ分からないと答えると、ジョージ自身も別にと返答するだけなのだという。

「――そして、あの小賢しいねちねち野郎のマルフォイが、金の力でチームに入るのを許したその日を、連中に後悔させてやるんだ」

ウッドさんの演説は止まる気配がない。
そんなことを他所にチラリとジョージを見ると久しぶりに目があった。けれども彼は眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰したような顔をするだけで、またしてもすぐに目を逸らされてしまった。なんなんだ本当に。

「ハリー、君次第だぞ。シーカーの資格は、金持ちの父親だけではダメなんだと目にもの見せてやれ。マルフォイより先にスニッチをつかめ!」

ウッドさんはそう言いながらガシッとハリーの肩を掴んでグラグラと揺らす。クィディッチのことになると熱くなりすぎる彼のことだから、肩を掴まれたハリーが激しく嫌な顔をしたことなどは蚊ほども気にしてはいないのだろう。ハリーはその気迫に圧倒され、遠慮がちに「わ、分かったよ‥」と言うと、ウッドさんはなんと「然らずんば死あるのみだ」と笑えない台詞を吐いた。これにはフレッドもプレッシャーを感じるなよと元気付けたが、今のハリーの耳にその言葉が届いているかは分からない。

「それじゃぁハリー!頑張ってね」
「いいか、最悪マルフォイを箒から蹴落とすんだ。フェアプレーなんてこの際どうでも良い!そうしたら僕たちがあれを飲まずに済むし、あいつが優れているのは箒だけで才能の無い奴だって周りから思われて結果オーライだ」
「ロン、バカなこと言ってないで早く行くわよ!サラも!」
「う、うん。みんな頑張ってね」

ロンのいう「あれ」とは何か些か気にはなったが、そろそろ試合時間である。アンジーとアリシアに「無理しないでね。怪我しないように祈ってる」とだけ伝えて、私たちは急いで観客席に戻るため控え室を後にした。
出る直前チラリとジョージを見ると、彼も何か言いたそうにしていたような気がするけど、時間も押していたのでそれが叶うことはなかった。

**

「それでは、始め!!」

フーチ先生の高らかな開始合図と共にクアッフルは空高く放たれ選手たちがビュンビュンと飛び回る。それに合わせたリーの実況で会場は既に大盛り上がりを見せた。

アンジーとアリシア、そしてもう1人の女の子(確かケイティと呼ばれていた)が息の合ったフォーメーションを見せる。その流れで自然とお父さんと同じビーターの双子に目がいってしまうが、こうも遠くでスピードが早いと、もはや2人の区別など全くもってつかない。けれどもさすがは双子である。彼らは一心同体のコンビネーション能力を発揮し、次々と向かってくるブラッジャーを相手選手に向けて叩きまくっていた。

すごいすごい‥!本物のクィディッチの試合だ‥!

大興奮の私を他所に、試合はどんどん進んで行く。
ブラッジャーはシーカーであるハリーをとことんまで狙い打ちにしており、ビーター2人は大活躍を見せる。
そこで気づいたのだが、相手チームの中にまさかのピュシー君がいたのである。
クィディッチの選手だったなんて!
ピュシー君はどうやらチェイサーのようで、クアッフルを奪うために今はアンジーを追いかけ観客席の側まで来ていた。

「なんかおかしくないかい?あのブラッジャー」
「え?」
「ほんとね。ハリーのところばかりに飛んできているような気がするわ」

ロンとハーマイオニーの指摘を受けてよくよくブラッジャーを見てみると、たしかにハリーのところにだけ向かってきている。同じシーカーであるマルフォイ君なんてハリーの近くにいなければ相手にもされないようで、可哀想なくらいフリーダムだ。

「変だよ!ジョージがあんなにも叩き打ちしてるってのにまたハリーのところに一直線だなんて!」

そうなのだ。
ロンに言われて始めて見分けられたが、ジョージがハリーを守るためピュシー君の方にガツンと打ったはずのブラッジャーが、なんとすぐに方向転換しハリーめがけて再度まっしぐらに飛んでいったのである。
その後もブラッジャーはブーメランのようにハリーの頭を狙い撃ちしていた。双子もハリーを守ろうとビュンビュン飛び回っては打ち返し、飛び回っては打ち返しを繰り返していたが、どれだけ双子が撃ち返そうにもブラッジャーはハリーのところに戻ってきた。

「スリザリン、リードです。六〇対〇」

リーの実況がこだました。
こんな状況であるにも関わらず、天気までもハリーの味方ではないようで、大粒の雨が降り始めてしまった。

「ハリー大丈夫かな‥」
「ブラッジャーに誰かがイタズラしたんだわ!きっとそうよ!」
「マルフォイを箒から叩き落とすどころじゃなくなったな」

いよいよ本格的に様子がおかしいことに選手たちも気づきだし、ジョージがウッドさんにタイムアウトのサインを送ると、場内にフーチ先生のホイッスルが鳴り響いた。
スリザリンの観衆がヤジを飛ばす中、グリフィンドールの選手たちは何やら協議していて、話は聞こえないが言い争っているように見える。
雨はさらに激しさを増し、私たちも防水魔法の施したローブを頭から被り、必死になって協議の行方を見守った。

「ブラッジャーにイタズラなんて誰が出来るんだろう」
「そんなのマルフォイに決まってる!見たろ?あいつのニヤリと笑った顔!あれが全てを物語ってるさ!」

そうかなぁ。マルフォイ君が先生に気付かれずにそんなこと出来るのかな。

試合はすぐに再開し、マダム・フーチがホイッスルを鳴らす。と同時に、ハリーは急上昇した。縦横無尽に飛び回り、頭を狙ってくるブラッジャーを避けながら急旋回し、その動きはまるでドラゴンのようだった。
試合が再開してからというもの、双子はこれまでとは打って変わってハリーのそばには寄らず、チェイサーの援護に徹している。それがあえての作戦なのだろうけど、見ているこちら側からしてみたら不安で仕方がなかった。

「ハリー!!」

その時、ブラッジャーがとうとうハリーの肘に当たってしまった。けれどハリーは右肘をダラリと下げたまま、それでも尚飛び続けている。

「スニッチを見つけたんだ!きっとそうだ!」

ロンが叫んだ。ハリー頑張れ!負けるな!と喉を枯らす勢いである。ハーマイオニーは双眼鏡でスニッチとハリーの行方をずっと追い続けている。私は不安と期待とが入り混ざって頭がおかしくなりそうだった。早く無事に試合が終わるように、頭に浮かぶことはそればかりである。

祈るように空を見ると、ハリーはもはや足だけで箒にぶら下がったまま何度かブラッジャーを躱したかと思うとそのまま地面に向かって落ちて行った。

「ハリー!!!」

私とロン、ハーマイオニーはそう叫びながら、次の瞬間には一目散に階段を駆け下りた。
ハリー、どうか無事でいて。



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