18



ハリーはスニッチを掴んでいた。
その事実を知るや否や、大粒の雨にも負けないくらいの歓声が辺り一面にこだまし拍手が沸き起こった。
グリフィンドールの勝利である。

しかし、ハリーは泥水の中で気を失っていた。
試合が終わるや否や、双子はすぐさま狂ったブラッジャーを箱に押し込めていた。
私たちが駆け寄り、ハリーの安否を気遣っていると、すぐにハリーは気がつき、同時に腕の痛みに顔をしかめた。どうやら骨が折れてしまっているらしい。
すぐに医務室に運ぼうとロンが言うと、なんとそこでしゃしゃり出てくる人物がいた。言うまでもなくロックハート先生である。彼はどうやらハリーの腕をご自慢の魔法で治してあげようとふざけたことを考えているらしいが、ハリーを始め私たちはそれに断固反対した。

「先生!医務室に連れて行くべきです!」
「この私が、数え切れないほど使ったことがある簡単な魔法だから大丈夫ですよ、ミス・グレイス」
「僕、医務室に行かせてもらえませんか!」

ハリーは懇願したが、ロックハート先生は自分の力で治せるものだと信じて疑わなかった。そればかりか、キャプテンであるウッドさんは「ハリー、ものすごいキャッチだった。すばらしいの一言だ。君の自己ベストだ」と、チームのシーカーが怪我をしているというのに口元を綻ばせ、もはや何の役にも立たない。

「先生、あの本当に医務室に運んだ方が‥!」
「ミス・グレイス!心配ご無用!医務室に運ぶ手間を私が省いて差し上げましょう」

あなたが関わると余計な手間が増える気がしてならない。皆が心配する中、ただ1人陽気に杖を構え呪文を唱える。ここで止めなきゃ大変なことになる!私は杖を取り上げる勢いで助けに入ろうとした。
が、時すでに遅かった。今一歩のところで、魔法はハリーの腕に当たってしまったのである。
私の(というより皆んなの)嫌な予感は的中し、なんとハリーの腕の骨が消えて無くなってしまったのだ!
これにはアンジー達も「なんてことを‥!」と先生に詰め寄ったが、先生は「まぁこんなこともありますね。けれどもう骨折はしていない」とふざけたことを言うので、出っ歯の呪いでもかけてやろうかと本気で思った。
けれどもそういう人間ほど逃げ足はピカイチに早い。私が杖を取り出すよりも前に、「気をつけて医務室までいくように」と無責任なセリフを残し、そそくさとその場を後にしたのである。

「なにあれ!」
「これで奴が無能だってことが証明されたな。頼んでもいないのに骨抜きにするなんて!」

私とロンはカンカンに怒ったが、そんな私たちを他所にハーマイオニーは未だ「誰にだってちょっとした失敗はあるわよ」とロックハート先生の肩を持った。

「ちょっとした?!骨を消されたんだぜ?そんな軽い言葉じゃ済まされないだろ?!」
「そ、そんなことより早く!ハリーを医務室に連れていくべきよ!」

ハーマイオニーの言うことは最もだが、これにはロンに味方するしかない。ロックハート先生は完全に能無しであるという認識が皆んなの中に根付いた瞬間だった。

**

マダム・ポンフリーの神の手にかかれば骨を生やすことは簡単では無いにしても可能らしい。すごい。もはやなんでもありである。
けれどもそれは荒療治で滅多には行われないらしい。それじゃ骨折を治すなんてもしかして一瞬のことなのではと思っていると、その考えはあながち間違いではないようで、マダムお手製の薬(オレンジ色の毒々しい色をしている)を飲めば一発だったようだ。そう思うとやはりロックハート先生に呪いの1つや2つかけておくべきだったと激しく後悔した。

ハリーはマダムからスケレ・グロというこれまた毒のような薬を受け取り口にしたが、一口飲むたびに咳き込みながら喉が焼けると訴えた。喉が焼けるなんて良薬は口に苦しどころの騒ぎでは無い。マダム曰くここから既に荒療治の幕開けであるらしかった。

「ハリー災難続きで本当に可哀想」

率直な感想である。ロンもハーマイオニーも同意見らしく、同情の眼差しを向けた。
そうして、ハリーがようやく全て飲み切ろうとする頃、バッとドアが開かれ、泥だらけになった選手のみんなが遅れて医務室に到着した。

「ハリー!もの凄い飛び方だったぜ」
「たった今、フリントがマルフォイを怒鳴りつけてたぜ。スニッチが自分の頭の上にあるのに気がつかなかったのかよって。マルフォイのやつ、しゅんとしてたよ」

双子はハリーにすぐさま駆け寄りそう話した。
フレッドがマルフォイ君の様子を語ると、ロンは過剰に反応して「くそっ。その顔をコリンのカメラで写真に収めたかった!」と嘆いた。

ハリーがこうなってしまったといっても、結果としてスリザリンには勝利し、またマルフォイ君は実力でシーカーに選ばれたとは言えないことが証明され、みんなは大いに喜び、ケーキやらお菓子やらをベッドに広げ、楽しい打ち上げが開始される。ハリーも痛みに耐えながら時折笑顔も見せてくれ、選手からの励ましは彼にとっては何よりの薬になったようだった。


**


「サラ!」
「‥ジョージ」

あの後、ベッドの上で宴会状態だった私たちはマダムに怒鳴られ追い出されるように医務室を後にした。
その際「ハリー頑張ってね」と言葉を残すと、彼は頑張るよと力無く笑ってみせた。
そうしてアリシアとアンジーと共に寮に向かい、今日の試合がいかに素晴らしかったかを話し、2人に労いと感動の言葉をかけている最中、最近では全く話さなくなったジョージがいきなり声をかけてきたのである。

「サラ、私たち先に行くわね。ジョージと何があったか知らないけど、きちんと話した方がいいわ」

そう言い、2人は寮へと続く階段を登っていき、私はその様子をしばらく眺めた。
いやいや私も何があったかなんて知らないよ?くどいように言うけど、本当に心当たりなど無いのである。

「あの‥さ」
「なに?」
「ちょっと話さないか?」
「‥やっと話す気になったってこと?何を怒ってるのか知らないけど、いきなり態度が変わって戸惑ったんだよ私」
「うん、ごめん。それも含めてちゃんと謝らせてほしい」

ジョージはそう言うと、私の手を取り歩き出した。
どこに連れてかれるんだろうと握られた手を見ながら必死についていくと、知らない空き教室の中にそのまま入って行く。

くるりと振り返ったジョージはどこか真剣で、いつものジョージとは全然違う。真剣な表情は過去にも見たことがあった気がするけど、今のジョージは何か言いたそうなでも迷っているような、そんな目をしている。

「ジョージ‥」

どうしたの、という言葉は結局最後まで言えなかった。ジョージは私の手を引き、そのままギュッと抱きしめたのだ。

「!」

突然のことに驚いた私はジョージを思わず押しのけようと手に力を込めてしまう。けれど、少しだけ腕の力が緩んだだけでそう簡単には放してはくれなかった。

「ジョージ‥!」
「ごめん」
「この間からおかしいよ‥どうしちゃったの」
「‥恥ずかしい話だけど‥‥した」
「え?なに?」

私の肩に顔を埋めたジョージはさらに弱々しく話すものだからほとんど聞き取れなかった。

「嫉妬。‥嫉妬してた」

私が聞き返すと彼の口から溢れた言葉はなんとも意外なものだった。
え、嫉妬?

「‥誰が?」
「俺が」
「‥誰に?」
「エイドリアン・ピュシー」
「は?」

またしても意外な答えが出た。
エイドリアン・ピュシー?

「ピュシー君って‥それとジョージが私と話さなかったことがどう関係あるの?」

全くもって意味不明である。
私としてはここ最近自分が何かしたのではないか、ジョージを怒らせるなんて余程のことをしてしまったんじゃないかと悩みに悩んでいたのだ。言い方に棘があるのも無理はない。と思いたい。

「サラが薬学の授業であいつと仲良くなりそうで‥それが嫌でさ」
「ただ授業でペアになって‥話しただけだよ?」
「分かってる!分かってるんだ‥でも自分でもよく分からないけど、サラがあいつと仲良くなるのは嫌だって思った。」
「‥‥」
「でもサラにそんなこと言って嫌われたらどうしようとか‥かっこ悪すぎて。それでイライラして‥ごめん」
「‥つまり、ジョージは私とピュシー君に仲良くなってほしくないってこと?」

コクンとわずかに肩に乗っている彼の頭が下がった。
ジョージは嫉妬したという。私とピュシー君が仲良くなってほしくはないと。それでいてそんな自分が嫌われるのが怖かったんだろう。それはきっとジョージの素直な気持ちだ。

でも私はどうだろう。確か前もモンタギューに絡まれたときにジョージに関わらない方が良いと言われた。その時は私もモンタギューが嫌な奴すぎて自然と彼の言葉に頷くことが出来たけど、今回はどうだろう。
ピュシー君はスリザリンでも嫌な奴じゃなかった。嫌だと感じなかったし、彼がどう感じるかは知らないけど友達になりたいと思った。そこに嘘はない。

「ジョージ」
「‥‥うん」
「私、ピュシー君とは友達になりたいって思ったよ。ジョージがなんで嫉妬したかは分からないけど、ジョージがアンジーやアリシアと友達であるのときっと気持ちは変わらないよ」
「‥‥」
「まぁピュシー君が私と友達になりたいと思ってくれるかは別だけどね。でもそれが私の素直な意見」
「‥‥うん」
「私、今まで友達っていなかったから色んな友達が欲しいんだと思う。寮とか性別とか国籍とか、そういうの全部無しにして。ピュシー君はその中の1人だよ」

ジョージは何も言わなかった。
そのまま黙って私の話に耳を傾けてくれる。
きっとジョージのことだから、嫉妬した自分自身に自己嫌悪でもしてるんだろう。カッコ悪いって言ってたし。

「それにね。友達に優劣なんてつけられないけど、あえて言うならジョージは1番の友達だよ」

私がそう言うとジョージはチラッと私を見た。
ほんとに?そう訴えるかのように。
背丈なんて私よりだいぶ大きいはずなのに、今のジョージは拗ねた子どもみたいである。いつもとは逆に私が彼の頭を撫でると、こんなとこフレッドに見られたら絶対からかわれると耳まで真っ赤にしながら呟いた。

「仲直りだね」
「ケンカしたわけじゃないけどな」
「ジョージが勝手に怒ってたんだよ」
「サラが無防備なのが悪い」
「なにをー!私がどれだけ頭悩ませてたと思ってんの!」
「うん、本当にごめん」

そう謝るジョージはいつものジョージだった。
ジョージが私を抱きしめていた腕を解くと自然と目が合った。こんな至近距離で目が合うなんて恥ずかしい以外の何物でもない。バッと目を逸らすと、ジョージは「サラも目逸らした」とふざけたことを言うもんだから、躍起になった私は「じゃぁずっと見続けてあげる」と目を開いて彼を見た。
それがなんだか面白くて、こんな楽しい気持ちが私たちの間に戻ってきたことが嬉しくて、どちらともなく笑いあった。

「そういえば」
「ん?どうした?」
「私がジョージを嫌いになるなんてあり得ないよ?どんなジョージでもね」
「‥そっか」
「あ!それと試合中!フレッドと一緒にハリーのこと守ってくれてたでしょ?」
「‥ああ。あのブラッジャーきっと魔法で細工されてたんじゃないかな」
「守ってくれてありがとう。って私が言うのも変だけど、でも2人ともかっこよかったよ」

ジョージはそんなこと言われるなんて思ってもなかったようで、少し口を開けポカンとしている。自分で言った言葉にちょっとだけ照れた私は「じゃぁね!」とすぐさまその場を後にしたので、ジョージがその後どんな顔をしていたかなんて知らない。

ただ、扉を開けたその先に待ってました!と言わんばかりのフレッドとリー(少し離れたところにはアンジーとアリシアまで)が居て、そこから永遠に付きまとわれ、やれどうなっただの、とうとう付き合ったのかだの質問責めにあったのは言うまでもない。(そもそも友達なのに付き合うとかないし!バカじゃないの!)



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