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コリン・クリービーが何者かに襲われた。
翌朝、日曜日で授業自体がお休みとはいえ、またしても寝坊してアンジー達に置いてけぼりにされながら大広間の扉を開けると、どのテーブルもその話で持ちきりだった。彼はハリーの大ファンで所構わずよく写真を撮ってた男の子だ。そして、マグル出身である。
ジョージとのいざこざのおかげですっかり秘密の部屋のことが私の頭から抜け落ちていたのに、このことでまたその謎が勢いよく戻ってきた。

「サラおはよう」
「おはようアンジー、フレッド」
「全くいつになったらまともに起きてくるのよ」
「俺がせっかくまともな時計にしてやったのに」
「おかげさまであの後なぜか爆発したよそれ」

私がグリフィンドールのテーブルに着く前に2人に会って話していると、ジョージとアリシアはまだ食べている途中だと教えてくれた。なんでも秘密の部屋は開かれたみたいだとみんなが噂しているので、フレッドはアンジーの騎士となり共に寮まで帰るそうだ。

そんな朝から仲良しな2人に手を振り(むしろ2人の方が付き合ってるんじゃないの?どうなの?)、私はジョージとアリシアの元へと向かう。その際も、秘密の部屋のことをみんながみんな話題にしているのは聞き取れた。

「おはよう!ジョージ、アリシア」
「おはようサラ」
「おはよ」
「聞いた?コリンのこと‥」

アリシアが遠慮がちに訪ねてくるので、コクンと頷き答えた。

「どの寮もその話で持ちきりだもん、自然と聞こえてくるよ」
「やっぱり秘密の部屋が開かれたのかしら」
「さぁ‥」
「まぁどちらにしろ、油断しない方がいいだろうな」

特にマグル生まれは、とジョージは続けた。
グリフィンドールにはマグル生まれの魔法使いが多く在籍している。もちろん他寮もそうだけど、1番身近なハーマイオニーが私は心配でならなかった。
チラリと彼女の方を見ると、ロンとこそこそと何かを話仕込んでいる。

「大丈夫さ」

急に隣から声がかかり振り向くと、ジョージが優しくそう言った。

「グレンジャーにはロニィやハリーがいるし、なにしろドンブルドアだっているんだ。それにコリンも石になっただけで死んでなんかいない。なんとかなるさ」

ジョージの言葉に幾分か勇気をもらった私は「そうだね」と躊躇いがちに、それでも笑顔で返した。

**

いまいち元気がなかったのは私だけではなく、ジニーちゃんもだった。彼女はコリンと友達で授業で関わることもたくさんあったらしい。今回のことですっかり気落ちしているのは誰の目からも明らかで、またしても双子が的外れな方法で励まそうと挑戦していた。

双子はおできの薬で顔中おできだらけになって像の後ろから交互にジニーちゃんの前に飛び出し、彼女を卒倒させてしまった。パーシーはカンカンになって怒り、終いにはママに手紙を書くと脅したことでようやく終わらせることが出来たけど、あんなものを見せつけられてジニーちゃんの気が狂わないことを祈るばかりである。

ここで忘れてはいけないのはこの間の一件だ。
私は双子の酷い顔を見ることのないよう、またリーに捕まってなるものかとジニーちゃんの前に飛び出した辺りから事前に逃げる準備を始め、パーシーが脅すくらいには既にその場を後にしていた。
ピューンと効果音が付きそうな感じに走り去っても誰も追ってはこなかった。私の作戦がちである。

そのまま廊下を少し歩いて行くと、12月の昼下がりとしては少し暖かな風を感じた。
イギリスの12月ともなれば寒いというより凍えそうになるのが定番で、こんな吹き抜けの廊下には当然誰もいなかった。それでも耳には今日の朝、色んなテーブルで話されていた秘密の部屋に関連した話題が残っている。

秘密の部屋のこと、コリンのこと、そしてマグルが危険なこと。それらの話題を思い出しながら、私は目を瞑ってぼんやりと自分のことを考えた。
私は両親ともに魔法使いだし、お母さんはスリザリン出身だったはずだ。お父さんとお母さんがどのように出会い、どのようにして結ばれ、私が生まれたのか。私は知っているようでまるで何も知らなかった。そんな話を聞いた記憶がない。スリザリンだったというのも人伝てに聞いたか、記録に残っていたかのどちらかだ。お母さんはスリザリンの寮で、マグルに対してどのような思いを抱いていたのだろう。
もう会うことはない母親の胸中を思ったところでこの状況がどうなるわけでもなかったが、なぜか今知りたいと思った。

「何やってるんだ?」
「!」

唐突に声をかけられ驚き目を開ける。
人のいなかったところに立っていたのは、あのエアドリアン・ピュシー君だった。
声をかけられたことにもそうだけど、その人物がピュシー君だったことに私は驚きを隠せなかった。ジョージとの一件が、というわけではない。ただ、彼は誰がどこでなにをしていようとも我関せずな気がしていたからだ。

「‥ちょっと考えごと」
「そうか」
「ピュシー君は?寒いのにこんなところまで散歩?」 「お前が言うなよ」

俺よりも前からここにいたくせに、と彼はほんの少しだけ笑ったように見えた。きっと感情を表に出すのが苦手なんだろう。

「そういえば、この間の試合出てるの見たよ。と言ってもハリーがあんな感じだったから少しだけど。チェイサーだったんだね」
「‥ああ」
「うちとの試合の時は応援出来ないけど、でも頑張ってね」

こないだの試合、平然と反則行為に及ぶスリザリン選手が多い中、彼は唯一そういうことを一切していなかった。だから余計に目立っていたのかもしれない。
アンジーもアリシアもピュシー君に何かされたことはないって言ってたし。

「お前、変わった奴だな」
「え?変わった?」
「今、何言ってんだこいつとでも思っただろう」
「‥‥」
「いちいち顔に出るからからかわれるんだろ」
「‥もう分かってますー」

双子といい、リーといい、まさかピュシー君まで。
なんでこう顔に出る人間をいちいち放っておかないんだろう。

「‥じゃぁそろそろ戻るわ」
「え?もう?」

いきなり現れたかと思えば去り際まで唐突である。
私が驚いていると、「寒空の下こんなところで立って寝てる奴をからかいに来ただけだからな」と嫌味を言われたけど、だけどなんだか嫌な感じはしなかった。
そのまま彼は振り返ることなく、スタスタと帰って行く。

彼のその背中を見ながら、ぼんやりとジョージの顔が浮かぶ。なんだろう。なんでこんなに罪悪感に苛まれるんだろう。何にも悪いことなんてしてないのに。何も。きっと。
なのに、アズカバンにいた頃を思い出した。罪の意識‥?何に対して。

ほんの少しピュシー君と喋っただけなのに、ジョージに対して申し訳ないような、それでいて後ろめたいような、こんな変な気持ちになるなんて。
私、どこかおかしくなっちゃったのかもしれない。



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