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ハリーは朝には既に退院していたみたいで、夜談話室に戻ると元気な姿を見せてくれた。

「本当にハリーってなんていうかこう‥災難続きだよね」
「まぁね。でも今に始まったことじゃないよ」
「それでもこんなにトラブルに巻き込まれることって普通ある?双子ならともかく、こんなに慎ましく生きてるハリーなのに」
「「サラ!僕らだって時には大胆だけど、常日頃慎ましく生きてるさ!」」
「慎ましい?君たちとは1番かけ離れた言葉じゃないか!」
「それ以上言うと容赦しないぜ?ロニィ坊や」
「スキャバーズに腐ったイモリの尻尾を括り付けるぞ」

コリン・クリービーが襲われてからというもの、1年生はみな固まって行動するようになり、どこでどう取引されているのか護身用グッズが爆発的なブームになった。腐ったイモリの尻尾はその代表例で、他にも悪臭漂う青タマネギや尖った紫水晶などがある。

「バカみたい。そんなもの身に付けるより防衛魔法の一つや二つ覚えた方が身の為よ」

ハーマイオニー先生、さすがです。ごもっともなご意見ありがとうございます。
彼女のハートの強さをみんな見習うべきである。彼女はマグル出身の魔法使いを狙うという姑息なやり方に誰よりもご立腹のようで、ロンやハリーとなにか計画を立てているらしい。その内容は聞いてもサラリと躱されてしまうけど、立ち向かう彼女の強さには年上ながら心惹かれるものがあった。

ハーマイオニーがバカにした相手はネビル・ロングボトムという少年で、ロングボトム家といえば代々魔法使いの家系として有名である。彼はなんと売られているほとんどの護身用グッズを身に纏い、スリザリンの継承者から自分自身を守ろうとしている。噂によると、同室の子に「お前は両親共に魔法使いじゃないか」と指摘されても尚そのヘンテコなグッズを手放したりはしなかったらしい。こう言ってはアレだけど、スリザリンの継承者よりもグリフィンドールの友達の方が近寄らなくなりそうである。

「そういえばサラってどっちなんだ?」
「なにが?」
「マグル出身?」
「ううん。両親共に魔法使いだよ」
「‥そっか」

私がそう答えると、尋ねてきたジョージは少しばかり安心したように思われた。その後ろではフレッドがロンのネズミにイモリの尻尾を括り付けており、ロンは「なにすんだよ!」とカンカンに怒っている。フレッドはロンをからかうのを生きがいにしているに違いないけど、悲しいかな、ロンはそういう性分なのだと思う。

「フレッドその辺りにしときなよ。ロンはともかくネズミが可哀想」
「サラ!僕がともかくってどういう意味さ!」
「ごめん。だけどそのままの意味」
「フレッドとジョージに悪い影響受けたんだよサラは!まだここにきて少ししか経ってないのに」
「確かに僕らの影響力は計り知れない」
「それは認めよう」
「やめてよ。一緒にされるのはちょっと心外だよ」


**


「ジョージ、課題は自分でやるものだよ?さっきから私のを盗み見すぎじゃない?しかも堂々と!」
「こっそりなら見ても良いってことかい?」
「断じて違う!」

ジョージと仲直り出来てから(と言ってもジョージが勝手に怒ってただけなんだけど)また談話室での勉強会が再開された。クリスマス休暇前だからか、課題も各授業ごとに出ておりここ最近では予習どころか課題を終わらせるだけで生徒達はヒーヒー言っている。
無論、私もその内の1人である。

「ロンはハーマイオニーに見せてもらえなかったって文句言いながらも自分でやってたよー」
「あいつは昔から不器用だからな。仕方ないさ」

違う。そうじゃない。私が伝えたいのはそんなことじゃない。
ジョージは私の抗議をさほど気にせず、魔法史のレポートを黙々と写している。しかも私のものより上手い具合に纏められていて、なんでこんなところも器用なんだと悔しくて仕方がない。

「よし!終わり!我ながら素晴らしい出来だ」
「‥‥」
「そんな顔するなよ。今度のホグズミードでハニーキャンディでも買ってあげるからさ」
「‥ホグズミード?」
「そういやサラ知らないっけ。ホグズミード、つまり学校の外で買い物できるんだよ。もうすぐ掲示板に貼り出されるはずだ」

なんだかよく分からないけど、外で買い物が出来るらしい。ホグズミード?ってどこだっけ。まぁいいや。ハニーキャンディなんて久しぶりである。名前からして美味しそうなその飴は、昔お父さんに貰ったことのあるもので大好きな飴だった。そんな美味しいものをくれるのなら、少しくらいなら見せてあげてもいいかななんて思えてきた。

ジョージがニヤリと笑うまでは。

「ねぇ何で笑ったの?ジョージくん?もしもし?」
「いや、なんでも。ククッ」
「絶対に単純な奴だなとか思ったでしょ」
「そんなことないさ。可愛い奴だなって思ったんだよ」
「‥‥バカ!」

ジョージがさらにケラケラとお腹を抱えて笑ったのは言うまでもない。


**


次の日、授業が終わるとなにやら掲示板の前にちょっとした人だかりが出来ていた。なんだろうと人垣をかき分けるように覗き見ると、2つのお知らせと書かれてある紙が貼られているではないか。

「え?ホグズミード?‥って何だっけ」
「なんで知らないのよ。今度の週末、ホグズミード村で買い物したり遊んだり出来るのよ」

そういえば昨日ジョージが話していたなとアンジーの説明を聞いて思い出した。あの後頭沸いてんじゃないのってくらいヒーヒー言って笑うジョージに怒っていたからすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。良かった思い出して。こんな楽しそうなイベント楽しみ損ねたらそれこそジョージを恨むほかない。

ホグズミード休暇は聞けば聞くほどなんだか女子たちが好みそうなイベントで、アンジーとアリシアは一緒に行こうと誘ってくれた。友達と買い物だなんて、そんなことしたことの無い私にとっては楽しみ以外の何物でもない。二つ返事で了承した私はそれとはまた別の、隣に貼ってあるクリスマス休暇にホグワーツに残る生徒リストの方に目を移した。私には帰る家など無いし、当然と言わんばかりに残る選択をしたわけだけど、どういうことかその中にあのマルフォイ君の名前まであったのだ。彼は旧家のお坊ちゃんだし、クリスマスにはパーティでもするだろうと思っていたのに拍子抜けである。勘当でもされたかな。
そしてよく見ると、ハリー達や双子の名前もあったし、なんとそのリストは既に4枚目に突入していて居残る生徒の多さを物語っていた。

「毎年こんなに残るの?クリスマス休暇」
「そんなことないわ。ほとんどうちに帰るんだけど、今年はなぜか多いわね‥あれ?サラあなたも残るの?」
「うん‥アンジーやアリシアは?」
「私たちは帰るって親に返事しちゃったのよ」

そっか。なら仕方ない。休暇中はあの部屋で1人かと思うと少し寂しくなったが、それも顔に出ていたらしく、アンジーが「手紙書くしプレゼントも送るわね」と元気付けてくれて嬉しかった。私はお礼を言いながらまたホグズミードのお知らせに目を移すが、そこである文字に目玉が飛び出そうになった。

「ねぇ!ホグズミード、保護者のサインが要るってなってるよ?!」
「え?えぇ‥そうよ。知らなかったの?」

そんなバカな!保護者のサインのしてある用紙なんてもらった記憶もなければ、提出した記憶もない。絶対にハグリッドの仕業である。彼はどこか抜けているからズボンのポッケにくしゃくしゃに折りたたんで、渡しそびれていることに今の今まで気づいていないに違いない。

「ちょっと行ってくる!」
「って、ちょっとサラ?!」

叫び出したい気持ちをなんとか抑えながら、私はハグリッドの小屋まで一直線で向かった。


**


禁じられた森の近くにハグリッドの小屋はあった。
ホグワーツに来てから3ヶ月近く経つけど、そういえばここに来るのは初めてのことだ。森の妖精が住んでいるような作りの小屋はなんだか趣きがあって私は一目で好きになった。しかし今はそんな悠長なことを言ってはいられない。何が何でも許可証を貰っておかないと!

「おーい!ハグリッドー!」
「ん?あぁサラか。久しぶりだな。元気にしちょったか」
「うん!なかなか来れなくてごめんね。ちょっと聞きたいことがあって‥」
「まぁここじゃぁなんだし、中に入れや」

ハグリッドは急に訪ねてきた私に嫌な顔一つせず、快く応じてくれた。私がお礼を言って中に入ると、彼は長椅子に座るよう促した。

「ここがハグリッドのお家なんだね」
「ああ。俺にはちょっとばかし狭っこいが、気楽でええ。ほら、ミルクティーだ」
「ありがとう」

そう言って一口飲んでみたら私の想像していたミルクティーとは全く違うよく分からない味がした。これ毒とか入ってないよね?と訝しげに中身を見ると、なぜか茶色い。茶色?私も適当アバウトな人間だけど、今までこんな茶色のミルクティーなど飲んだことはない。私は心の中でハグリッドには丁重に謝罪し、そのマグカップには二度と口をつけなかった。

「んで、今日はどうしたっちゅーんだ?」
「あ!そうそう!ホグズミードのサインのことなんだけど‥」
「‥あぁ!確かそんなんがあったな。あーどこにやったか」
「もしや‥無くした?」
「いや、確か‥あったあった!これだな!」

ハグリッドは至る所を探していたが、私の予感は的中し、最終的にズボンのポッケから出てきたのだ。小さく折り畳まれたそれは確かにハグリッドのサインがしてある。そこそこ大事な書類なのにこうも折りたたむなんて。少しだけじとりとハグリッドを見たが、マグゴナガル先生はスネイプ先生じゃないんだし、折り目が着きすぎるなどの因縁をふっかけられることはないだろう。何はともあれこれでホグズミードに行けるのだから、万事解決である。

「ありがとうハグリッド!」
「渡しそびれてすまんかったな」
「ううん。本当なら私、親のサインなんて貰えないもん。ありがたいよ」
「サラ‥」
「そんな顔しないでよ。私親がいないのなんて慣れてるから大丈夫だよ。友達もいるし、それにハグリッドがいてくれて感謝してる。ありがとうね」

ハグリッドは何も言わなかった。少しだけ目を潤ませて私を見るだけだ。そして、私の頭を撫でてくれた。ジョージとは比べられないほど大きな大きなその手は私に安心感を与えてくれる大好きな手だ。
ハグリッドは不器用に乱雑に撫でると「もうすぐ夕食の時間だ。寮に戻った方がええ」と言って私の頭から手を放した。
私は「そうだね」と頷き、貰った許可証をしっかり握りしめる。

「サラ」

ドアノブに手をかけたところで、ハグリッドに呼び止められた。振り返るとハグリッドは未だに泣きそうな、それでいて優しい目をしていた。

「ホグワーツは楽しいか?」

そっか。ハグリッドはきっと心配してくれてたんだ。
私がやっていけているかを。心から楽しいって思っているのかを。
彼は学生時代、退学処分を受けたと聞いた。何をしてそうなったかは知らないが、何か特別な事情があってそうなったんだろう。でも本当は、卒業したかったはずだ。こんなにも明るくて優しい彼のことだから、友達も多かったに違いない。
退学になって勉強できない、友達と過ごせない思いを味わったからこそ、ホグワーツに通えていない私に目をかけてくれたんだ。そして、保護者になってくれた。

「‥もちろん!卒業なんてしたくないくらい」

どれだけ感謝しても、しきれない。

「そうか‥」

ハグリッドは今までで1番優しい笑顔を向けてくれた。
今まで親不孝なまでに会いに来れなかったので、これからはちょくちょく顔を見せに来ないといけないな。

「またね」

外はもうすっかり日が傾いていた。



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