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次の日の魔法薬学の授業は散々だった。というのも、スネイプ先生の機嫌は地に伏していて、まるでフィルチのようにグリフィンドールに因縁をつけては減点していった。双子やリーならともかく、なんと今日は比較的優等生なアリシアまで減点されたのである。アリシアは眉間に皺を寄せれるだけ寄せてスネイプ先生を睨みつけていたが、何しろそんなことで怯む先生ではない(むしろそんなアリシアの態度にまた減点を言い渡しそうだった)。
本当になにがあったんだろうと思っていると、後ろからフレッドが「ハリー達の授業中にふくれ薬がなぜか爆発して大変なことになったらしい」とヒソヒソと教えてくれた。また君たちかいと呆れる一方で、私はこの授業をどのようにして乗り切るか思考を巡らせてみたが、一向に良い案など浮かばなかった。

「ウィーズリー!私語は慎めと言ったはずだが?」

なんとフレッドは私に話しかけたことによって罰則を命じられてしまった。いや、いくらなんでも酷くないですか。目で訴えてみたもののそんなものが通用するはずもなく、とはいえ要らぬ火の粉が飛んできては元も子もないので、フレッドには悪いけど早々に薬の調合に取り掛かることに決めた。

「はっ!お前たち双子は本当に罰則が好きだな。そんなに好きなら一生銀を磨いていろよ」

この状況を見てあからさまに馬鹿にする人間がいるのを忘れていた。言わずもがな、モンタギューである。彼はまたしてもフレッドとペアに指定されており、この間のお返しと言わんばかりに煽っているのが見てとれた。双子と犬猿の仲とは言うけど、よく絡むこと絡むこと。本当は大好きなんじゃないの?

「お前にしては上手いこと言ったようだなモンタギュー。20点ってところだ」

けれども、口でフレッドに勝とうなんて700年ほど早いのだ。モンタギューは何か言い返したくてもモゴモゴと口を動かすばかりで、何も言葉に出来てはいない。聞こえてくるのは鼻息ばかりで、自分からふっかけた割には大したことのない雑魚である。ざまあみろ。

私はフレッドの前で(正確にはモンタギューの前で)今日もピュシー君と共に戯言薬を作っている。スネイプ先生曰く、わけのわからないことを言わせたい時にはこれを使うと良いらしい。

「右回りに混ぜ続けてくれ」
「了解しました先輩」
「‥先輩?」
「だって調合完璧だし編入してきた私としては先輩に違いないもん」

むしろこの授業においては師匠と呼ばせて頂きたい。
ピュシー君はそんな私を無視して、黙々と作業を続けている。トントントンと、彼はもはや頭に教科書が詰まっているのではないかと思うほど、鮮やかな技法で進めていく。やっぱり彼の手際の良さは完璧である。
私が感嘆の声を漏らすと、彼は「良いのか?」と材料から目を離さずに聞いてきた。

「なにが?」
「ウィーズリー。ずっと見てるぞ」
「え?」

彼に指摘されてチラリとジョージを見ると、ほとんど睨みつけるかのようにこちらを見ていた。

「ジョージ‥」
「お前も苦労するな、あんなのと付き合ってるなんて」
「‥は?何言ってんの?!付き合ってないよ!」

正直ピュシー君にそんなこと言われると思ってもいなかったので、驚きを隠せない。それは彼も同じようでこちらを見て少しだけ身を見開いている。けれどさほど気になることでもないようで、彼はまた作業を再開させた。それにしても、スネイプ先生からの視線が痛すぎるのは気のせいではないはずだ。

「でも」
「‥‥」
「確かにジョージとは付き合ってないんだけど、ジョージを『あんなの』って表現するのはやめてほしいな」

って、何言ってるんだろう、私。
言った瞬間に自分の口から出た言葉に自分で驚いた。
ジョージを、双子を、『あんなの』なんて表現する人間は正直腐る程いる。スリザリンなんていい例である。現に後ろのモンタギューなんて現在進行形で、こんな奴とペアを組むことになるなんて終わってるだのなんだの独り言が止まっていない。
ピュシー君だって、何言ってんだこいつとでも思ったに違いない(またしても穴があったら入りたくなった)。

けれど、なんだか嫌だった。
友達といえどちょっと束縛するところはあるけど、誰よりも優しくて人の気持ちを考えるジョージのことを『あんなの』と言ってほしくはなかった。それに友達になれたらと思っていたピュシー君だと尚更である。

案の定、彼は何言ってんだって目をしていたけれど、すぐに「‥悪かった」と謝ってくれた。

「え、今もしかして謝ってくれた?」
「‥‥さあな」
「絶対謝ってくれたよね?そうだよね?」
「‥‥」
「いやー謝ってくれるなんて思わなかったからなんか驚きとか喜びとか色々混ざってーー「グレイス!」」

調子に乗った私の目の前にスネイプ先生が来ていることをなんで誰も教えてくれなかったんだろう。
先生は私を射殺さんとばかりに睨みつけ、次の瞬間にはなんと罰則を命じたのである。なんたること!

「そこにいるウィーズリーと共に今夜ここに来るように」

非常に最悪である。どうにか乗り切ろうと思っていたのに、私としたことが悪目立ちしてしまった。
チラリと後ろを見ると、フレッドはお腹を抱えてヒーヒー笑っているし(それが気に入らなくてさらに10点減点されていた)、あのモンタギューなんて蔑むような視線を送り鼻で笑った。
普段温和な私としてはそんな嘲笑なんて軽く流せるはずだけど、相手がモンタギューとあらばそんなことできるはずもなかった。この薬ができた暁にはモンタギューの口にねじ込んでやろう。それで少しは面白味のある人間になるはずである。


**


「しっかしサラが罰則だなんてな!」
「もうフレッド笑いすぎだよ。良い加減にして。これじゃぁロンも苦労するはずだよ」
「おいおい。聞いたかい?相棒」
「ああ。全くもって心外だな。あんなにも喜んでる奴を見たことがあるか?」
「いや無いけど、あれどう見てもロンおかしくない?なんか錯乱してるよ?」

放課後の談話室でスネイプ先生の罰則を受けたことに未だケラケラ笑っているフレッドに呆れつつ、ロンを見ると頭がおかしくなってしまったようでさっきから陽気に訳の分からないことを叫んだり呟いたりしている。

「ねぇロン、大丈夫?」
「i'm fine!! thank you!!! hahaha!」
「これダメなやつだ」

本当に頭が湧いてしまったようである。
とりあえずあの使い物にならない杖でも振り回された時には何が起こるか分かったものではないので、いち早く彼の懐から杖だけは回収したが、ロンはそのこともいちいち面白かったようでお腹を抱えてケラケラ笑っている。ハリーとハーマイオニーはまだ談話室には来ていないようだ。

「相棒、効果が出すぎてるな」
「まぁどうにかなるさ」
「2人ともロンに何したの」
「「今日作った戯言薬をちょっとだけくすねて元気の出る呪文と同時に使ってみたんだ」」
「‥‥」

哀れ、ロン。ロンと出会ってから比較的可哀想な場面しか見てないけれど、この双子の弟に生まれてしまったのでは仕方ない。私がもう一度ロンを見ると、だんだん効果が切れてきたようで、今度は状況がよく分からないと混乱しているようだった。
フレッドがロンに近づき何か話しているが、次の瞬間にはロンはカンカンに怒り出した。どうやらハリー達と約束があったらしく、せっかく僕が手に入れたってのに!とか出遅れた!とか訳の分からないことを叫んでいるあたり、未だ薬の効果は切れていないのかもしれない。

「そういえばジョージ」
「ん?」
「今日の夜は勉強会、出来そうにないや。ごめんね」
「いいさ。それより」
「?」
「ピュシー、なんか言ってた?」
「もちろん。睨みつけてたのバレてたよ」

ジョージはそっかと頬をぽりぽりと掻いた。きっとかっこ悪いとか思ってるんだろう。そんなこと思わなくても良いのに。というより、そう思うんだったらピュシー君のことは放っておいたらいいのに。

「私が罰則受けることになったのも元はと言えばジョージのせいだからね」
「え?」
「なんでもなーい」
「‥なんだよサラ!ちょ、」

ジョージは私の言葉の真意を聞こうとその後も追いかけてきたので、私は全速力で逃げ続けた。

あ、なんだかこんなこと前にもあったな。
あの時は私がジョージを追いかけていたんだっけ。

そして逃げた先は前と同じ大広間。
と言いたいところだったが、なんせジョージと私とでは足の長さが違いすぎる。どんどん狭まるその距離にもう降参!とばかりに私は女子寮の階段を登った。

「お、おいサラ!待てって!」

さすがに女子寮へは入って来られないジョージは、今頃階段の前で立ちすくんでいることだろう。
ちょっとだけ申し訳ないと感じつつも、深く問いただされてもそれはそれで迷惑なので、今日のところはジョージには我慢してもらおうと思う。


**

いよいよ罰則の時間となった。
フレッドと共に地下室の奥の薬品棚が置いてある部屋へ通されると、そこには幾重にも重なった大鍋が乱雑に放置されていた。

「貴様らの後輩が吾輩の授業を妨害してくれてな。最も犯人の目星はついているが‥そこで貴様らにはその時の後始末としてここにある大鍋を全て磨いてもらおう。‥もちろんマグル式で」

授業中フレッドが教えてくれた先生の機嫌の悪さの理由は本当だったようで、先生はそのことを思い出しているのか腸が煮えくりかえるとでも言いたげな顔をしていた。

私とフレッドはお互いに顔を見合わせ思わず眉をしかめる。スネイプ先生はそれだけを言うと、さっさと隣の部屋に入って行った。

「最悪だな。スネイプの奴こんなの魔法でやったら一瞬なのにわざわざマグル式なんてさ。マグル嫌いが聞いて呆れるぜ」
「本当だね。これ全部やるとか頭沸いてるとしか思えない」
「サラちゃんも言うようになったなー」
「これだけはフレッドの影響だと思ってるよ」

**

一体どれだけ磨いただろうか。
2人で手分けしても磨かれた鍋の方が少ないとはどういうことだろう。いかんせん半日ほどそのまま放置されていたので、こびりついてなかなか取れない。
くっそ。舌打ちしたい気持ちを必死で抑えゴシゴシと磨いていく。途中フレッドは「ロニィも連れてくるんだった」と舌打ちを伴って吐き捨てていたけれど、今回ばっかりはフレッドに激しく同意せざるを得ない。元はと言えばロン達のせいである。

やっと最後の1つになった時、ちらりと時計を見ると23時を過ぎていた。え、嘘でしょ。
もはや消灯時間を過ぎてこんなことしてて、それこそ減点なんじゃないの。
同じ作業の繰り返しに精神的疲労がたまってきていた私はイライラをぶつけるかのように、最後の鍋をそれはもう擦りまくった。それこそいままでの比ではないほどである。

「サラ、気合の入り方が違うな」
「イライラしてるからちょっと黙って」

何度も何度も擦って擦って磨きまくった。
すると、たちまち鍋は輝かしい色を放ち、今日始めての達成感を得た。これで私の苦労も報われるというものである。そう思い、ふぅとため息を吐くとちょうどフレッドも終わったみたいで2人して無言でハイタッチした。

スネイプ先生はきっと今日中には終わらないと思っていたに違いない。終わりましたの声かけに少しばかり目を見開いて、消灯時間が過ぎているから早急に寮へ帰るようにとただ一言だけ呟いた。


「サラ、こっちの道から行くぞ」
「え?なに言ってるの?寮に帰るのはあっちでしょ?」
「こっちのが近いんだよ」

フレッドはそう言って石像の後ろに回る。いやいやこっちとは言ったけど、道なんてないし壁だし。鍋の拭きすぎで今度はフレッドの頭でも湧いたかな?
私がそう思っている間にフレッドは何かを口にした。
すると、たちまち石像が動き壁のレンガが移動して通路が出来上がったのである。

「な、にこれ」
「な?俺と相棒の秘密の抜け道の1つさ」

す、すごい。こんな仕掛けが学校にあっただなんて。
私が驚きのあまりぽけっとしていると、フレッドは「もうすぐ日が変わるぞ。早く帰るぜ」と私を促した。
そりゃそうだ。ずっと鍋磨きをさせられて腰も痛いし手も痛い。何より寝たい。ここは早急に部屋へと戻り、ベッドにダイブするのが得策である。

「そういや、さ」

ふと前を歩くフレッドが立ち止まる。
なんだろうと思っていると、フレッドは唐突に「ありがとな」と言った。え?ありがとう?

「なにが?」
「ほら、スネイプの授業のときエイドリアン・ピュシーにジョージのことでなんか言ってただろ?」
「‥あんなのって言わないでってやつ?」
「そうそう。それに対してのお礼」
「だとしてもフレッドにお礼言ってもらうようなことじゃ‥」

嬉しいんだけど、と続けるとフレッドは「弟のことを庇ってくれるのは兄として嬉しいことなのさ」といつものジョージのように私の頭を撫でながら言った。

私がされるがままになっているのは決して眠たいからだけではない。フレッドの手がなんだかお父さんのような、いないはずのお兄ちゃんのような、なんだかそんな家族のような感じがして安心するからだ。昔お父さんもこうして撫でてくれたような気がする。
ジョージの時にそう感じなかったのは、フレッドはどことなく兄気質で、こういったさりげないところで出るんだろうなと思った。

「ジョージが聞いたら喜ぶよ」
「‥そうかな」

翌日、ジョージはとても嬉しそうにニコニコ笑いながらおはよう!と挨拶してくれたけど、昨日の罰則により寝不足の私としては朝からそのテンションには全くついていけなくて、ジョージが話す内容には適当に相槌を打ち、曖昧に笑うことしか出来なかったのは絶対に仕方のないことだと言える。ごめんジョージ。



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