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週末、とうとうホグズミード村に行く日となった。
雪が降り積もる中、それでも天気は晴れてくれて絶好の買い物日和である。
アンジーとアリシアと支度を済ませて集合場所に向かう。2人ともクィディッチで鍛えてるからかスタイル抜群だし背も高くて羨ましい。アンジーはスキニーパンツにピンヒールブーツで大人っぽいし、アリシアはロングスカートが素敵だ。
私は服を買う機会も時間もなかったし、持っているのは黒地のワンピースくらいである。まぁ今更、百合やら芍薬やらにはなれそうにないけど、女の子として流行りの服やらアクセサリーの1つや2つ欲しいと思ってしまうのは至極当たり前のことだと思う。

今日はめいっぱい買おうと意気込み、マクゴナガル先生に許可証を渡すと、先生は一瞬怪訝な顔を見せたがすぐに納得したように受け取った。良かった。実はハグリッドの文字は思った以上に乱雑で、解読出来ないとでも言われたらどうしようかと割と本気で思っていたのである(もしそうなったらハグリッドを本気で恨むほかない)。

アンジーやアリシアによれば、三本の箒のバタービールは最高で、洋装店では今流行りのブーツが置いてあるらしく、2人はそれを狙っているみたいだ。とりあえず洋装店から行こうということになり、私も可愛い靴があればほしいなとなんとなく思いながら2人について行く。

途中、ゾンコの悪戯専門店という店の前を通った時に、悪戯専門店だなんて双子のためにあるようなお店!と思っていたら、ちゃっかりと双子とリーはその中に居た。本当にこの3人は他にやることないのかな。そう思っているのは私だけではなかったようで、同じく彼らを見つけたアンジーが「あいつらって悪戯ばっかして飽きないのかしら」と呆れていた。だよね。

「そういえばサラはジョージのどこがいいのよ?」
「‥‥はい?」

こういう質問には些か慣れ始めてきている私としては、もはや何でジョージ?などとは言うまい。けれども。けれどもだ。その聞き方じゃ既に付き合っていることが前提すぎない?これには異議あり!

「まさかと思うけど、アンジー達も付き合ってるんじゃないのとか思ってないよね?」
「違うの?」
「付き合ってなーい!」

どこをどう見たらそう感じるの?ジョージとは‥そりゃぁピュシー君に比べたらジョージの方が仲は良い方だとは思うけど、だからと言って付き合ってるになるなんてそれこそおかしい。私とジョージは友達で、それ以上でも以下でもないのに。

「‥‥」
「‥まぁなんでもいいけど、ジョージはあんな性格だし、けっこうモテるわよ?」
「‥どういう意味?」

今朝のマクゴナガル先生顔負けになるほど私は怪訝な顔をアンジーに向けたはずだ。するとアンジーは「うかうかしてたら誰かに取られちゃうってことよ」と大きくため息をつきながら答えた。まさかのアリシアまでも「ジョージのこと狙ってる女の子は寮なんて関係なくけっこういるわよ?」とそれに続けたのである。

だからなんだと言うんだ。
言っておくけど、ジョージは物じゃない。それに、ジョージが誰と付き合おうと私たちの関係は変わらない。変わったりしないはずだ。絶対にそうだ。だったら付き合うなんてしなくても友達でいられたらそれで良いと思う。

「サラ?」
「‥私とジョージは友達だよ」

2人はお互いに顔を見合わせ、小さくだけどまた溜息をこぼした。どちらもそれについてはこれ以上何も言わなかったが、なんだかその溜息に「後悔しても知らないわよ」と言われているような気がして、私はなんだか落ち着かなかった。
後悔なんてするはず、ないのに。


**


「サラまだ買うの?」
「え?うん。だってまだ靴買ってないし」
「流行りのコーナー全部買い占めようって言うんじゃないわよね?」
「それいいね!」
「‥‥」

アンジーとアリシアのご指摘通り、このまま買い占めても良いかなと思うようになっていた私はそうしようと意気込んだのも束の間、2人に肩を掴まれ深いため息をつかれながら首を左右に振られてしまった。
そうは言っても仕方ないのである。いかんせん、服が無い。靴がない。ついでにいうとアクセサリーとかもない。無さすぎるのだ。思えば服を買うなんていつ以来だろう。というより、自分で買うなんて(お父さんのお金だけど)初めてのことである。楽しくて仕方がなかった。
唯一持ってるこの服も、出所したときに手渡されたたった一枚の服でよくよく考えたらなんでこんなのをずっと着ていたんだろう。それこそこの黒のワンピースしか持ってないなど噂をたてられても困る。

「さすがに買い占めるまではいかないけど、でもいっぱい買っとく!」

私は色んな思いから一心不乱になって買い漁っていた。もはや他の女の子達とは違って、試着したりこれどうかな?あれどうかな?みたいな迷いはない。
手に取る、可愛いかも、うーん、よし買おう!こんな感じである(ちなみにうーんと迷う時間なんて1秒か2秒だ。迷った内に入らない)。

「だとしても買いすぎよ。これとこれは同じような服なんだし、どっちかやめて違うタイプのものにすれば良いじゃない。っていうかあんた選ぶの黒が多すぎ。どれだけ好きなのよ」

アンジーのご指摘は最もだった。
私の選ぶものはさっきからほとんどが黒ばっかりで、アンジーにはどれも同じ服に見えるらしかった。そんなことないのに。

「サラ白も似合うんだし、このデザインなんて色違いで白もあるわよ?どう?」

そう言って見せてくれたアリシアの手には綺麗なレースが印象的な白地のワンピースだ。

「うーん‥綺麗だけど私には似合わないよ」
「そんなことないわよ。ほら、似合うじゃない。黒やグレーみたいな地味な色ばっか選んでないで、少しは白とかもっと華やかな色にした方がいいわ」
「そう‥かな」

アリシアはそのワンピースを私にあてがい、賞賛の声をかけてくれた。自分でも無意識のうちに黒を選んでる自覚はあった。というより、白をあからさまに避けていた。
なぜなら思い出すのだ、その色は。あそこにいた時のことを。

「じゃぁこのワンピースは白に決まりっ!気が変わらないうちにお会計してきましょ。あ、アンジー!ロングブーツ夏休みに買い物した時も買ってたじゃない」

アリシアはお母さんみたいだ。アンジーも私にあれこれ言っておきながら結局は自分も似たり寄ったりな買い物をしているようで、アリシアに止められている。

アンジーとアリシア、そして私はみな一斉にお会計を済ませ(店主は私の順番の時、驚愕の顔を隠しきれていなかった。こんなにも買ったのにもっと喜んでくれてもいいじゃないか)、外に出るとちょうど双子やリーが歩いていたので、アンジーはよし来た!とばかりに彼らに荷物持ちを頼んだ。というより、命じた。

「アンジェリーナ、出会って早々にこれ持って!はちょっと冷たすぎやしないかい」
「つべこべ言わずに持ってよフレッド。頼んだわよ」
「にしても買いすぎ。一体どれだけ買ったんだよ」
「ジョージ、あなたの持ってる荷物は全てサラの物よ。ここは1つ何も言わずに持ってあげるのが紳士ってもんよ」
「いや、どう考えても多いって。荷物で前が見えない、手が使えないなんて実際にあるんだな。初めて知ったよ」
「リー、さりげなく軽いもの選んだでしょ」


**


ホグズミードから帰った私たちは真っ先に自分のベッドへとダイブした。本当言うと、三本の箒やハニーデュークスにも行きたかったけど、いかんせん荷物に溢れかえっていた私たちは(ほとんどが私のものだけど)早々に諦め、それらの楽しみを次回に持ち越した。

そのまま眠ってしまったのだろう、外はすっかり陽も落ちて夜になっていた。というより、がっつり夜も更けているではないか。

「!」

私は飛び起き辺りを見渡すとアンジーやアリシアがいない。そしてアリシアのベットの近くにあった時計を見るとなんと既に21時を過ぎていたのである。
いやいや、どれだけ寝てるの私。
というよりなんで誰も起こしてくれないの!!

「‥私たち起こしたわよ?サラが起きなかったんじゃない」

急いで談話室へと向かい、アンジーを見つけて私は開口一番に文句を言った。それに対して返って来た言葉もまさかすぎて、寝起きの悪い自分を恨むほかなかった。
よし。もうこうなったらお菓子でも持ち寄ってアンジーとアリシアと3人で女子会でもしよう!お腹も空いてるし!

「サラ、私たち今日は疲れたからもう寝るわ」
「私も」
「え、薄情すぎない?」

しかも私まだ何も言ってない。
私の心の声が聞こえてるのか聞こえてないのか、どちらにしろそんなものは無視して2人は大あくびをしながら部屋の方へと消えていった。

「‥‥」

私といえば完全に目が冴えてしまっている。どうしたもんかと考えあぐねいていたら、トントンと肩を軽く叩かれ、振り向くとジョージが立っていた。

「ジョージ、どしたの?」
「ほら」

そう言ってジョージは可愛い包みを手渡してくれた。
なんだろう。そう思っていると「この間約束したじゃないか」と笑った。

「約束?」
「そう。課題見せてもらった時にハニーキャンディ買ってやるって言ったろ?」

ジョージはそう言って私の手から包みを取ると、その中から黄金色に輝く飴が入った小瓶を取り出した。その飴の色が暖炉の光を反射してとてもキラキラと輝いて見える。星を散りばめたような、ダイヤモンドのような、きれいなんだけど温かくてほっとするような。そんな、色。

「よっ‥と」

少しの間その飴に見惚れていた私の口にジョージが何かを放り込んだ。びっくりしてジョージを見るけど、彼は悪戯が成功した時みたいにニヤリとした笑いを浮かべて、「美味しいだろ?」と聞いてくる。そこで、口いっぱいに広がる甘さを認識して、飴を食べさせられたのだと気づいた。‥美味しい。

「ありがと。ジョージ」
「どういたしまして」
「でも瓶あけてないのに、なんで」
「俺も買ったんだよ、同じやつ」

それで‥と思いながらジョージを見ると、彼はハニーキャンディの瓶をまた手に握らせてくれた。くれた瓶をもう一度少し持ち上げて見ると、昔お父さんに買ってもらってそれが本当に嬉しかったことを思い出した。

お父さんも甘い甘いこの飴が大好きだった。
いつもポッケに入れて持ち歩いていたような気がする。
ジョージは‥どうなんだろう。
甘ったるいこの飴とジョージはなんだか似合わない気もするけど、気に入ってくれたとしたらそれは嬉しい。

口の中で甘ったるい、でも優しい味がするその飴を舌でコロコロと転がしながら思った。

「お。相変わらずラブラブしてるな」
「‥フレッド!」
「相棒、愛しのアンジェリーナに相手にしてもらえないからって俺たちの邪魔するなんて失礼だぜ?」
「まぁそう怒るなよ相棒。ちょっとこの作品に改良の余地がありそうなんだ」
「‥すぐ行く」

フレッドはジョージの返答を聞くとウインクをして部屋に帰って行った。その時、右手でチラつかせた「作品」とやらが何なのか些か気にはなるけど、悪戯のことに安易に首を突っ込むべきではないと私の超直感がそう告げているので、ここは1つあえて気づかなかったことにする。
それにしても、フレッドがこの手の話題でからかうなんていつものことなのだから、私も過剰に反応しなけりゃいいものを、ついつい大きな声で叫んでしまった。おかげで少しばかり注目の的である。

「サラごめん、ちょっと今日は勉強会出来そうにないけどいいかな」
「いいよ。悪戯の試作品?」
「そう。今日ゾンコで新しい商品に出会ってさ!改良してもっと良いものに出来そうなんだ!」
「じゃぁその試作品が出来たら私にも見せてね」

しまった。言ってから気づいたけど、自分の超直感を無視してしまった。
ジョージは私のそんな言葉に少し驚いたのか目を見開き、でも次の瞬間にはいつもの優しい笑顔を見せて「1番に見せるさ」と言ってくれた。
彼はそのままおやすみと声をかけて、自分の部屋に続く男子寮の階段を登ろうとした。

「そうだ、これ」

登りかけた直前にジョージはさっきくれたハニーキャンディと同じ小瓶を渡してくれた。私の口に1つ入れてくれたから瓶は開封されているけど、まだたくさん詰まっている。

「え、なんで?もう貰ったじゃん」
「んー俺も1つ食べたけど、甘すぎて全部は食べられないかなって。なんせコーヒーもブラック派なもんで」

だからサラに全部あげる、と彼は続けた。
そういうことなら致し方ない。ジョージのベッドの下やら机の上やらに放置されるよりかは私が食べてあげる方がこの飴にとっても良いはずである。
でも、甘すぎるのがダメなら最初から自分のは買わなければいいのに。
こんな露骨に甘いと分かる飴を買うノンシュガー人間なんて初めてである。

「ありが‥とう」
「どういたしまして」

ジョージは今度こそおやすみと告げて階段を登って行ってしまった。男子寮へと続くその階段はきっと長くはない。もう見えなくなったその背中を、パタンとドアの閉まる音が聞こえるまで、私はジョージを見続けていた。

コロコロとまだ残る飴を口の中で転がして楽しんでいたけど、少しだけ眠気が戻ってきたから最後は噛み砕いた。ガリガリと砕けた飴の残骸が口の中で少しずつ少しづつ溶けてなくなっていった。

そういえば、最後になんでって聞きそびれてしまった。

口の中はまだ蜂蜜の味が残ってる。



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