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次の日、朝から大雪に見舞われた事もあり、暖かい布団を1秒でも長く堪能して居たい私は目覚まし時計を何度も何度も止めにかかっていた。もう何度目になるか分からないその音が再び鳴り出すと、ついにアンジーが「良い加減に起きなさい!」とお説教混じりに布団を剥いでくる。

「寒いよー死んじゃうよーお布団カムバーック」
「ほら早く顔洗って!アリシアなんてとっくに朝ごはん行っちゃったわよ!」
「え、薄情すぎない?」

アンジーに急かされるまま、私なりに大急ぎで支度を整え大広間に向かう。その途中耳に入ってくるのは嫌でも昨夜のハリーのことだった。仕方ないとはいえやっぱりハリーが継承者だったんだだの、スリザリンの子孫だの、どれもこれもくだらない内容のものばかりで大広間に着いた頃には私の両耳にはタコが出来るかと本気で思った程だった。

「サラ!アンジー!やっときたわね」
「おはようアリシア」
「もうサラったら中々ベッドから起きない上にちんたらちんたら用意するんだもの!やんなっちゃうわ」
「でもアンジーだって髪の毛梳いてたよ!」

アリシアの金髪の髪が陽に照らされてキラキラとしている。彼女はもう朝食のほとんど食べてしまっていて優雅に紅茶を嗜んでいた。
そんな彼女の隣に座り、半ば急いでその辺のパンやらフルーツやらをお皿に取り分けていると、朝食を終えた双子たちとリーがおはようの挨拶と共に目の前にどかっと座ってきた。

「やぁ、眠り姫!目覚めのキスをくれる王子様は未だ現れてないのかい?」
「フレッドが初代の時計を壊したりしなければこんなことにはならなかったよ」
「どの口が言うのよ。あなた、あの時計があった時から寝坊してたじゃない」
「‥‥‥」

返す言葉もなかった。
そんな鋭い発言をするアンジーのことを、フレッドはさすがアンジェリーナだと褒め称え、まるで俺の彼女とでも言わんばかりに手の甲にキスを落とした。さすがにアンジーもこれには驚いたようで、珍しく顔を赤くしてやめなさいよ!と怒鳴りつけている。

「ねぇ恥ずかしいから他所でやってよ」
「アリシア!これはフレッドが勝手に‥!」
「ほんと、私なんかよりアンジーのがよっぽど‥」
「サラ!」
「いたっ!アンジーが叩いた!」
「変なこと言おうとしたサラが悪いわ」

だからってなにも頭叩かなくても!
そう思ってアリシアに隠れてベーっと舌を出すと、アンジーの長い手がすっと伸びてきて今度はデコピンをされてしまった。横暴だ。虐待だ。暴力反対。そういえば昨日の決闘クラブの時アンジーは杖を弾かれた相手に対して容赦なく自身の杖を突きつけていたのを思い出した。

「アンジェリーナは照れ屋なのさ!」

意気揚々と言ってのけたフレッドも、同じく杖を向けられていた。これにはフレッドもビクッと肩を震わせたが、リーがその辺にしとかないと下級生達が引いてるぜ?とアンジーを諭してくれたおかげで、彼女は落ち着きを取り戻し、その杖をすっとしまい込んだ。
私はというと未だヒリヒリするおでこを片手で抑えながらサラダに手をつける。まったく!私の優秀な脳みそが吹き飛んだらどうしてくれるんだろう。

「アンジェリーナ、その辺にしといてやらないとサラの脳みそがどんどん逃げてくぞ」

ジョージはそう言いながら、まだお皿の上に残っていたチェリーパイを1つ手で摘んで口に放り込んだ。
っていうか、それ私が狙ってたチェリーパイなんですけど。
ジロリとジョージを見ると、彼は不思議そうな顔をしたと思いきや、すぐにまた表情を変えた。

「そういえばサラ!今日の薬草学は1日中どの学年も休講だってさ!」
「え、なんで?」
「この大雪だろ?マンドレイク様にマフラーを巻いて差し上げるらしい」
「石になった人たちを元に戻すためにな」

そういえば2年生の教科書にマンドレイクには石化した人を元に戻す薬が作れると書かれてあった気がする。
それから双子やリーはマンドレイクを何かイタズラの材料に改良出来ないかの話に移ってしまい、私はその様子をジョージに掻っ攫われたチェリーパイのパイ屑を少しだけ口に摘みながら聞いていた。

そっか。死んだわけじゃないからそれがあれば元に戻るんだ!良かった!

考えてみたら石になった人を元に戻すなんて魔法界では当然可能だけど、その事実を再認識して私はひどく安心した。コリンが襲われてからあからさまに落ち込んでいるジニーちゃんの為にも、ここはひとつ先生にはマンドレイクの保護に励んでもらいたいものである。


***


「あれ?ハリー」
「あ‥サラ‥おはよう」

次の授業の教科書を取りに行こうと談話室に戻る途中、曲がり角で朝から何百回とその名が耳に入ってきた噂の主と鉢合わせた。ハリーがどことなく元気がないように見えるのは恐らく気のせいではないはずだ。

「噂、すごいことになってるね」
「もう僕がスリザリンの継承者だけじゃなくて、サラザール・スリザリンの曾曾曾曾孫じゃないかとも言われてるみたいだよ」
「パーセルマウスってだけで?なにそれくだらない」

確かにパーセルマウスは珍しい能力ではあるけれど、魔法族全体の数%ってだけで何もスリザリンの血筋だけのものじゃない。

「グリフィンドールのハリーにそんな噂が立ってるなんて知ったら、サラザール・スリザリンも腑が煮えくりかえるんじゃない?」

ハリーは意外そうな顔をした。私がこんなことを言うなんて思ってもなかったみたいだ。けれど、次第に緊張してた顔つきがだんだんと綻んできて「サラって‥うん。変わってる」と呟いた。一体どういう意味。

「それって頭がおかしいってこと?」
「違うよ。たまにそう感じることもあるけど、今回は違う」
「ねぇなんで完全に否定しないの。たまに感じるって何」
「本当に今回は違うんだ、君の言葉や態度に救われたんだよ」
「そっか。それなら良かった。でもね、否定してほしいのはそこじゃないよ」

ハリーは不思議そうな顔をしている。私が気になった部分が本気で分からないでいるようだった。
私は大きなため息をついて「ハリーも噂に対してそれほど鈍感だったらこうも苦労しないのにね」と半ば嫌味を交えて呟くと、「うん。僕もサラになりたかったよ」と言われた。だからどういう意味。


**


それからハリーとは別れて寮へと一旦戻った。
するとハーマイオニーとロンが珍しく2人で一緒にいるのでなんだなんだと覗いてみたら、どうやら2人は次の授業が休講になったこともあって代わりにチェスをしながらハリーの帰りを待っているようだ。

「そんなに気になるなら直接本人ときちんと話してみたらって言ったのよ」
「僕たちは放っておいた方が良いって言ったんだけどさ。ハリーは一度気になったら止まらないんだ」

だからいつもトラブルに巻き込まれるんだよ、とロンは呆れた様子でチェス駒の次の一手を打った。

「今じゃホグワーツ中でハリーの噂が流れてるんだもん。少し躍起になってるのかもしれないね」
「きっとジャスティンも昨日の今日でハリーが会いにきたって知ったら、とうとう自分を殺しに来たのかと余計に勘違いするかもしれないぜ?僕だったら間違いなくそう思う。だってサラザールスリザリンの‥」
「ロン、言葉が過ぎるわよ!」

げ、とロンが呟いたと思ったら、次の瞬間ロンの駒がハーマイオニーの駒にぶっ壊されてしまった。ハリーがスリザリンの曾曾曾曾孫といった噂の発端はロンだったのか。彼はうえーとしながらも、悪かったよとバツの悪そうな顔をした。
なんだかんだで2人ともハリーのことが心配でたまらないんだ。こんなにも優しい友人がいるのだから、あんなくだらない噂なんてハリーはきっと受け流せる。

私はチェスに集中している2人の邪魔をしないように、そっとその場を通り過ぎ、教科書を手にするとさっさと教室へと向かった。


***


「朝から魔法史だなんて‥寝るしかないよな」

教室に入るとジョージが席を取っていてくれていたようで、こっちこっちと手を振ってくれた。有り難くその隣に掛けると、ジョージの隣に座っていたフレッドがこちらに顔を覗かせ声をかけてきた言葉がこれである。

「フレッドは朝でも昼でも魔法史は寝てるよ」
「俺だけじゃない。ジョージもさ」
「起きる努力をしてる分、フレッドよりはマシだけどな」
「どっちもどっちだよ。何?その枕。2人とも寝るために来たの?」
「「まさか!」」

心外だ!とでも言わんばかりである。けれども、がっつり枕を持ち込んでいるのは2人だけではなかった。リー‥はまぁもちろんのこと、なんとアンジーまでも既に枕の上に頭を乗せて夢の中だった。

「わーお‥」
「アンジェリーナも俺たちの仲間さ。というより、この授業ちゃんと聞いてるのってサラとグレンジャーくらいだぜ?」
「サラも枕持っておいでよ」

そりゃぁ魔法史は大変眠たくなる授業だけれど、そのお誘いは断固拒否した。私は棒に振った3年間分を取り戻したいんだから、どんな授業でも無駄にするわけにはいかないの。

そう固く意を決して望んだものの、ビンズ先生の単調で抑揚のない声が睡魔をどんどん呼び寄せ、私はジョージの枕を借りていつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「え、なにこれ。どういう状況」

ふと隣を見ると、ジョージは顔を横に向けながらダイレクトに机の上に頭を乗せて眠っている。ちなみに借りたことは一切覚えていない。なぜか起きた時にはジョージの枕に自分の頭が乗っていたので私はきっと何も悪くないと思う。そっとその枕を持ち主のところに置いて何事もなかったように振舞ってみたが遅かった。寝ていたと思われたジョージが徐にこちらに顔を向けたおかげでバッチリと目があった。

「ジョージ、枕から頭はみ出てたよ」
「‥サラそれ本気で言ってる?」
「‥‥‥」

クスクスとジョージは笑いを堪えられないようだった。あぁもう。一生の不覚である。ジト目でジョージを睨んでみても堪え笑いを上長させてしまっただけだった。辛い。誰か私のために穴でも掘ってくれないかな。とりあえず深く掘ってくれさえしたら良い。その穴に入って一生を終えたい。それくらい恥ずかしい。

そうして授業は終了し、ビンズ先生も既にそこにはいなかった。お馴染みの仲間たちが私を見るや否や、大口を叩いてたのは誰だったかなーとからかわれたのは言うまでもない。‥もう色々と爆発したい。

魔法史の教室を後にして次の授業に向かっていると、いきなりマクゴナガル先生の声が城中に響き渡り、それはすぐに各々寮に戻るようにとのお達しだった。

「なにかしら?」
「さぁ‥」
「もしかして、また‥」
「誰かが石になった‥?」

廊下や階段を歩いてる最中、私たちが話している内容と同じものが色んなところから聞こえてきた。急遽寮に戻れだなんてなにか緊急のことが起こったに違いない。そしてその緊急のことは近頃起こっている秘密の部屋に関する事件、誰かが石になったということだ。寮に戻ってからもその話題は尽きることなく、今度は一体誰がと皆口を揃えて話に没頭している。私も誰なんだろうとただぼんやり考えて、ロックハート先生だったらいいななんて少し不謹慎なことを思っていた。ハーマイオニーの手前、口が裂けても言えないけど。

しかし、事態は思っていたよりもずっと深刻だった。

「え!ハリーが?」
「石になったのはハッフルパフの男の子よ!えーっと‥名前は確か‥」
「ジャスティン、じゃなかったか?」
「そう!その子!昨日ハリーとちょっと揉めてたあの子よ!」
「それに首なしニックも!」

ニック?ってあのニック?サーニコラスのニック?

「え、幽霊も石になるの?」
「みたいだな」

体もないのに、サーニコラスがどうやって石になったのかが気になりすぎる。幽霊って完全に石になれるのかなとトンチンカンなことを口にすると、アンジーとアリシアから冷たい目と共にサラは黙ってなさいと静かに言われてしまった。その空気に耐えられず2人の言う通り黙ってはみたものの、好奇心旺盛な私は不謹慎だけれどサーニコラスの石化した姿だけは見てみたいと本気で思った。なんなら、ジョージやフレッド、リーあたりもそんな気持ちなんじゃないかと思ってチラリと3人を覗き見ると、フレッドなんて目をキラキラと輝かしていたのを私は見逃さなかった。やっぱりね。

「なんでも2人の第1発見者はハリーらしいわ」

もし私がもう一度穴に入りたい気持ちに駆られた時はハリーに秘密の部屋に入れてもらいたい。
ハリー、ごめんね。悪気はないよ。



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