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とうとう冬休みに入り、生徒たちがこぞって帰省したこともあって、降り積もった雪と同じくらいの深い静寂がホグワーツ全体を包んだ。
アンジーもアリシアもいない部屋も同様で、それは思っていた以上に寂しいものだったけれど、談話室に降りればとたんに明るい声が響き渡った。それもそのはず、ハリーやロンそしてハーマイオニーに、フレッドやジョージ、ジニーちゃん、なぜかパーシーといったウィーズリー兄弟までも残っているからだった。ちなみに、パーシーが残っているのは彼曰く、この困難な時期に先生方の手助けをするのが監督生としての義務だからだそうだ。なんにせよ、明るい談話室が私は大好きだった。

宿題をしたり、爆発ゲームをしたり、決闘クラブの練習をしたり、誰にも迷惑かけずにグリフィンドールの寮を思い通りに出来るのは本当に楽しい。それは針のむしろに立たされているかのようだったハリーも同じだったようで、冬休みに入ってからの彼はそれまでと違いとても活き活きしていた。

「あぁ!もうフレッドとジョージにはいつも勝てない!」
「「俺たちに勝とうなんて1万年は早いな」」
「絶対インチキしてるだろ!」
「ロン、その杖で勝とうとする方がおかしいよ」

この4人ときたら宿題はそっちのけのくせに決闘クラブだけは毎日欠かさず行なっている。けれども、決まってロンが負け、ハリーと双子の中で勝敗を競っているかのようだった。

「ハリー、それは違う」
「ロニィ坊やが俺たちに勝てないのは杖だけのせいじゃない」
「「才能さ!」」

言うまでもなくロンがジト目で双子を睨みつけた。しかし、そんなものが双子に通用するはずもなく完全にスルーされている。この一連のしょうもないやり取りにパーシーは完全に呆れかえっているようで、こんな奴らと兄弟だなんて思いたくないなと吐き捨てていた。(「「奇遇だな!俺たちもさ!」」)

「あれ?ハーマイオニーは?」
「え?あー、ちょっと用事で出てるよ。どうしたの?」
「3年生の教科書借りようと思ったんだけど‥まぁ後ででいいや」
「そのうち帰ってくると思うよ」

ハリーはハハハと乾いた笑いをしながら言った。
ハリーとロンは談話室に居ることがほとんどなのに、なぜかハーマイオニーだけは毎日どこかへ行っているようだった。またいつどこで誰が石に変えられるか分からないのに。マグルがっていう噂が本当ならこのメンバーで1番に狙われるのは彼女なのに。
教科書を借りたいのも本当だけど、そのこともあってハリーかロンにハーマイオニーのことを度々聞くようにしている。けれど、2人はほんの少し目を泳がせ言葉を濁しながらどんな時も頑なに「用事」としか言わなかった。チラリとロンを見ると明らかに目が泳いだ。
いつも思うけど、誤魔化すの下手すぎない?

「サラ!そんなに勉強してどうするんだい?ガリ勉キャラは3人も要らないよ」
「そうそう!冬休みだぜ?分かってるか?」
「フレッドこそ分かってる?言っとくけど、冬休みの課題こそは絶対に見せたりしないよ」
「「なんだって?!」」

双子が絡んでくるのをこれ幸いとばかりにハリーとロンは私から離れていった。深く追求なんてしないから、せめてハーマイオニーにどっちかついて行ってあげたらいいのに。
私がじとりとした目で訴えると、フレッドは何か勘違いしたらしく、「あーあ。愛しのアンジェリーナにでも頼んでみるか」と言いフラフラとその場から離れた。と思ったら、今度はロンに向かって何かを投げた。ちなみにアンジェリーナは絶対に見せないと思う。彼女のことだから、は?自分でやれば?と吐き捨てるに違いない。

「なら、俺はサラと一緒にたまには課題でもやろうかな」

ジョージはそう言いながらソファにぼふんと座った。
「ギャー!!」
それとほぼ同時にバンバンバンといったけたたましい爆発音と共にロンの悲鳴が轟いて、火花があちこちに散らばった。フレッドが投げたのはどうやら長々花火だったらしい。投げつけられたロンはリーもびっくりするんじゃないかと思うほど、その赤い髪をチリチリ具合に変化させている。

「おい!なにするんだよ!」
「サラが課題を見せないって頑なだからさ、なんとなくだ」
「なんとなくでこんな物騒な物投げるなよ!それに僕たちとは関係ないだろ?!」
「なんとなく、ロニィが絡んでるような気がしたんだ」

フレッドはそう言いお腹を抱えてケラケラ笑っているが、正直笑っている場合ではない。もちろんパーシーが黙ってそれを見過ごすはずもなく、お決まりのママに手紙を書くぞ!!を何度も叫んでいる(火花がパーシーの課題に飛び散り少々焦げてしまったらしい)。

「あちゃー。ロニィ坊やも運の無い奴だな」
「ロンが可哀想すぎるよ。あんな髪にされて、私だったらフレッドに出っ歯の呪いをかけないと気が済まない」
「おー怖い怖い」

ジョージはそう言って笑いながらアクシオの呪文で宿題を取り寄せた。本当にこの双子ときたらロンのことをおもちゃや何かと勘違いしているんじゃないだろうか。私が呆れかえっていると、なんと今度はジョージの課題達が運悪くパーシーの後頭部にクリーンヒットした。彼には悪いけれど、その様子はそれまで毅然とした態度でいた私もブッと吹き出してしまい、その場にいたパーシー以外の全員で大笑いする事態となった。それにはロンも含まれていて、彼は自分がイタズラの対象にさえならなければ、なんら双子と変わらない性格であることをこの時ばかりはしみじみと感じた。言わずもがな、パーシーの怒りは止まりそうにない。

「今度こんなことをしてみろ!ママからの吠えメールだけじゃ済まされない!お前たちを退学にしてやるからな!」

**

結局パーシーは怒りを鎮めることもないまま自室にこもることを決め、ロンとハリーは気を取り直してチェスを再開させた。フレッドはアンジェリーナに手紙を出すそうで、談話室の隅でペンを取っている(私とジョージよりアンジーとフレッドの仲の方が絶対に付き合ってるって言うよね?)。

「サラはこの休暇なんで帰らなかったんだ?」

意外にも真面目に課題に取り組んでいたジョージがふと顔を上げた。私がちょっと思いついたかのようなその質問に半ばどう答えようか迷っていると、「言いたくないなら構わないさ」と更に続く。

「そう言うわけじゃないんだけど‥」
「ん?」
「帰るところが無いっていうか‥」
「‥‥」
「あ、でもそんな暗い話じゃないから!言わなかったっけ?今はハグリッドが私の親代わりでね、だから家族がいないとかそういうのではないよ。パパはもう死んでるけど、少なくともママは生きてるし」

そう‥少なくとも。
ママは生きてる。
生きてることはアズカバンの人間がそう言っていた。
そして「母親の元に戻るのか」と。
けれど、居場所までは突き止められなかったそうで、私は孤児になりかけたんだ。ハグリッドが来てくれなかったら多分そうなっていたと思う。
だけど、ママが私を忘れたりするはずない。絶対にない。

「ごめん。なんか‥その‥」
「えーっと‥うん。だーかーら!暗い雰囲気にするのは無し!ね?」

危ない危ない。
いくら仲が良いジョージと言っても、過去のことを話すのには気がひける。何も全て秘密にしたいわけじゃないけど、今はまだそっとしておいてほしい。
私が慌てて手を振り明るく振る舞うと、ジョージは「じゃぁさ」と言って体ごとこちらに向き直った。

「クリスマス、一緒に過ごさないか?」

「‥ん?ジョージ頭でも打った?ホグワーツにいる以上、嫌でも一緒に過ごさないといけないよ?」
「サラこそ課題のやり過ぎで脳みそ零してるんじゃないか?俺が言ってるのはそういう意味じゃない」
「え‥じゃぁどういう‥」
「だーかーら!クリスマスディナーが終わってから2人で過ごさないかって意味!」

ああ‥なるほど!そういう意味ね!

「‥って、えぇえ?!」
「そんなに驚くこと?」

そりゃあそうだろう。
いかんせん、クリスマスに男の子と過ごす経験なんてこちとら皆無である。2人で過ごすって何?どうやって?経験値0の人間にいきなりクリスマスを2人で、なんてハードルの高いことを求めるのはやめてほしい。

「ってことで、ディナーの後予定空けといて」

ジョージはそう言うと、私の返事も聞かないまま課題やら羽ペンやインクやらをささっと纏めて、男子寮の方へと姿を消してしまった。空けとくも何も、初めから予定もなければ入りそうな予定もないというのに。
ぽかんとしながら、私はジョージの消えていった男子寮の方をしばらく見続けていた。
何かよく分からないけど、クリスマスはジョージと2人で過ごすことが決まったらしい。

ふと視線を感じてそちらを見ると、フレッドがにやにやしながらこちらを見ていることに気がついた。

「良かったな、サラ」
「‥何か分からないけど、フレッドにだけはこのこと知られたくなかった」
「なんでだよ」
「今の表情、鏡で見てきてよ。からかう気満々って顔だよ。嫌な気分にしかならないよ」

フレッドはケラケラと笑って「そう邪険にしてくれるな」と言い私の頭を撫でたかと思うと、今度は「兄貴は弟のことが1番心配なんだよ」と続けた。その真意がよく分からず怪訝な表情を浮かべる私に、フレッドは笑いながらも少しだけ溜息を吐いて「ジョージは俺と違って奥手だからさ」と言い男子寮の方へ歩き出した。

「‥その気持ちをほんの少しでもロニィ坊やに向けてあげたらロンの苦労も半減するよ」

未だ長々花火の影響が消えていないロンを見ながら呟くと、彼はヒラヒラと手を振りながら「考えとくよ」とだけ言って今度こそ男子寮へと上がって行った。
ジョージと同じ部屋に。



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