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「でもさ、ハグリッド?キングズクロス駅ってマグルの駅でしょ?なのに9と4分の3番線?あり得なくない?」

振り返るとそこには誰もいなかった。
「え、嘘でしょ」
さっきまで、というより1秒前まで話をしながら一緒に来たはずなのに。
これがチケットだ、そう言ってハグリッドは私にチケットを渡すや否や忽然と姿を消したのである。

「ちょっと待ってよ..。初心者なんだからせめてここがそうだって教えてくれても..」

いない人間に愚痴を言っても仕方ないけど、グーで殴りたい気持ちだ。無論勝てる気はしない。でも全くもってやるせない気分である。

**

ハグリッドと初めて会ったあの日(つまりは私のめでたいシャバデビューの日)の翌日、ハグリッドは私の学用品から日用品までの買い物に全て付き合ってくれた。
聞くところによると私は4年生に編入することになるようで、1年から3年までの知識のない私には少々(っていうかだいぶ)難易度が高いもののハグリッド曰く「大丈夫」らしい。
ほんまかいな。
私の第一の感想である。ハグリッドは良くも悪くも前向きで風変わりなのは私も薄々感づいていたけれど、彼の大丈夫を否定することは躊躇われたし、ここまできたらもうどうとでもなれと開き直れる自分がいた。

「だからって汽車に乗れなきゃ意味ないんですけど」

既に泣きそうである。
ここで汽車に乗れなかったらどうなるんだろう。
もしや退学?まだ行ってすらないのに?
除籍、とか?いや元囚人の私に対して寛大な措置を施してくれてるんだもん、それは無いか。

などと1人うんうん唸っていたら、私と同じくらい大きなカートを押し合い圧し合いしている集団を見つけ、「すいません!!!」と藁にもすがる思いで声をかけたのは言うまでもない。

「あら、あなたももしやホグワーツに?」
「そうなんです。でも連れが急に居なくなってホームが分からなくて」
「そうだったのね!一緒に行きましょう。あなたを見ていると去年のハリーを思い出すわ。あ、ハリーっていうのはね、」
「ママ!そんなことより早く行かないと!」

気さくなおば様が応じてくれたものの、もう発車時刻ギリギリだ。皆が皆焦ってじゃぁ先に行くね!と、なんと柱めがけて走っていくではないか。
私はポカーンと眺めていたら、赤毛の(と言ってもここにいるほとんどの人が赤毛だ)男の子の1人に「君も早くしないと!」と急かされ、私はここにきて何度目かのもうどうとでもなれ!の気持ちを前面に出し、ぎゅっと目を瞑ってただひたすらに走った。

するん。

柱を通った感想としては吹き抜けの通り道を通ったようなよく分からない感じだった。
うわぁ、すごい。
初めてのことに私が少しだけ感動していると思いがけないことが起こる。

ドン!!

まるで車に轢かれたような感覚と衝撃を体に受け、なんと私は顔から前のめりに派手にずっこけたのである。
「う、嘘でしょ」
漫画なら地面に刺さっていてもおかしくはない。

私が痛みに耐えていると「ごめん!大丈夫?!」と先ほど私を急かした彼が何度も謝りながら私の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫です。あんなとこに突っ立ってた私が悪いし..」
「ほんとごめん。ただゆっくりもしてられないからトランク貸して!痛いだろうけど立てる?」
「相棒!手伝うぜ!」
「え、双子?」

まるで嵐のようである。
あまりにも時間に追われすぎて(っていうか汽車が発車の合図鳴らしてるし)、急に現れたもう1人の青年が彼と全く同じ顔だということも、トランクを自分で持つことも、っていうか立って歩くことさえ私は1人で出来なかった。
それこそあれよあれよと片方には荷物を積み込んでもらい、もう片方には空いてるコンパートメントを見つけてもらい、なんだかよく分からないまま私以外の時間が早送りされているようだった。


**


「よし!」
「とりあえず」
「「落ち着いたな」」

2人で言葉を掛け合いハイタッチしたかと思うと、全く同じタイミングでどかっと座った。
私はどうしたもんかと扉の前に突っ立っていると、双子の1人が「あ、そういえば怪我は?!」と心配してくれた。

「ほんと大丈夫です」
「いや、もっと前見てれば良かったんだけど。ごめんな」
「もう痛くないし平気です」
「なら良かった」

ニカッと笑うその顔がまるでお日様のようだ。そしてそのまま「僕らと一緒で良かったら座りなよ」という声に甘んじて私も彼らの前の席に腰を下ろした。

「そういや君、新入生?」

すると、私たちのやりとりを面白がって見ていたもう片方の人が唐突に尋ねてきた。
うーん。なんて言おう。
気持ちは新入生だけど、1年生じゃないしなあ。

私が答えに迷っていると、驚くことが起こった。なんと謝ってくれた方の人が「もしかして噂の編入生?」と間を割って聞いてきたのである。

「噂?」
「そう。今年僕らと同じ学年に編入生が入ってくるって」
「編入生って毎年何人かいるもんじゃないの?」
「まさか!ホグワーツ始まって以来さ!」
「え、嘘でしょ」

自分がそんな歴史に名を残す的な注目の的になっているなんて知らなかった。ハグリッドがあまりにもサラッと編入するなんて言うからまぁ毎年1人くらいいるんでしょとなんとも軽い心持ちだったのに。

「っていうことは君がその噂の編入生なんだ?」
「そ、そうみたい。噂になってるのは今知ったよ」
「面白い!」
「そして光栄だ!」
「は?」
「「我々が編入生初めての友達ってことになる!」」

今の私の顔を言葉にして例えるならポカーンというセリフが顔まわりあたりに付いているに違いない。というか見えた気さえした。それくらい今の自分は間抜け面なはずである。

「と、友達?」
「ああ!そうさ!そういえば自己紹介がまだだったね!僕はフレッド!」
「そして僕がジョージ!」
「「2人でホグワーツの皆んなに笑いを与えている」」

とんとんとんと2人の恐ろしいくらい揃った話し方に(1人の人間が2つに分かれたみたいだ)呆気にとられ、未だ間抜け面を隠すことも出来なかったが、どうやら私に友達が出来たみたいだ。

この私に、友達。

そんなまさか。
嬉しさで今ならなんでも出来そうだし、汽車に乗る前は正直「ハグリッドめ、覚えてろよ」な気持ちもあったのにそんな気持ちなど水やら風やらで無かったことに出来そうである。

「それで、君の名前は?」

ジョージがそう優しく尋ねてくれた。
2人の気迫に忘れそうになっていたけれど、謝ってくれていた方はジョージという名前らしい。

「サラ。サラ・グレイス」

いつの間にか2人が差し出してくれていた手を私が握るのに迷いはなかった。(まぁ同時に握るのか1人ずつ握るのかについては一瞬迷ったけど。結果同時に握った。)

「よろしく!サラ!」
「そして、ようこそ!ホグワーツへ!」


友達が出来た。
それだけでこんなにも心が満たされる。暖かい気持ちになれる。
諦めなくて良かった。一生アズカバンに居てもいいなんて思ったままじゃなくて良かった。
もう良かったと思うことが最近多すぎて、逆に怖いくらいだ。
私明日あたりにでも死ぬんじゃないの。それくらい怖いし嬉しい。



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