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「サラー?朝よー?」
「……」
「サラー?」
「……」
「アンジェリーナ、サラは起きた?」
「ぜーんぜんダメ。眠り薬でも飲まされたみたいに起きないわ」

そう言って私はサラの肩を掴んで軽く揺さぶる。
けれど、当の本人はうんともすんとも言わず未だ眠りこけているのだから寝起きは相当に悪いようだ。

「どうしようかしら。もうすぐ朝食の時間なのに」
「仕方ないわ。私たちだけで行きましょう。サラにはパンとフルーツでも持ってきてあげたらいいわ」
「そうね」

アリシアと私は念のため先に大広間に行っていることを走り書きし、サラの枕元に置いておく。これでサラが起きても大丈夫、と言いたいところだけど、あの様子じゃきっと私たちが帰ってくる頃も何一つ状態は変わってないだろう。

「「アンジェリーナ、アリシアおはよう!あれ?サラは?」」
「あんたたちって朝から元気よね。その元気、サラにも分けてあげたいわ」

私がおはようの挨拶とともにそう返すと双子は軽く目を開いて、サラどうしちゃったんだ?病気?昨日の今日で?なんで?と矢継ぎ早に質問してきたから迷惑なことこの上ない。
私がはぁとため息を漏らすと、見兼ねたアリシアが「違うわよ、単に寝起きが悪いだけ」と簡潔にまとめてくれて助かった。
きっとベッドから起きないだろうサラにはサンドイッチやフルーツを持ってきてあげよう。

***

編入初日に寝坊することは果たして肝が座っているのか、単にやらかしているのか。世間一般的な答えはどうか知らないけれど、今の私は完全に後者である。

「どうでもいいけどこの時計、合ってる?」
「一寸の狂いも無いわよ」
「‥アンジー、おはよう」

私が現実から目を背けているといつの間にそこにいたのかベッドに寝返っている私を仁王立ちで見下ろしていた。こんな時にいうのもアレだけど、美人が仁王立ちしている姿は恐ろしさが倍になるらしい。気迫だけで言うなら鬼のようである。
しばらく固まって動けなかったのは決して頭が働いていない理由だけでは無いと声を大にして言いたい。

そんな私を見て「現実逃避はそのくらいにして早く起きなさい」とアンジェリーナからの厳しいご指摘を頂き、それでも私はノロノロと起き上がる。アンジーはそんな私の動きに対して少しイラっとしたのか、ほら早く!と鏡台の前に座らせたかと思うと手早く櫛で髪をといてくれた。

「まったく!初日の授業から遅刻だなんて、あの双子ですらやってなかったわよ」
「むぅ」

ぐぅの言葉も出ないとはこのことである。いや実際にはむぅという変な言葉が口から出た気がしたけど、この際そんなことは言ってられない。
ずっとタイムスケジュールの生活からかけ離れていたから仕方ないと自分では思うものの、実際は本当にそこそこやばい時間になっているので、今はアンジーの優しさに素直に甘えておこう。

「アンジーは優しいね」
「サラは手がかかるってのが数時間の付き合いでもよく分かったわ」
「酷いなぁ」

私がクスクスと笑ってそう答えると、アンジェリーナはそうだったわ!と思い出したかのように自分のカバンの中を漁り始めた。
一体なんだろう。
私がそう思うや否や、目の前にパンやサンドイッチが並べられ、「はいサラの分」と言って微笑んでくれた。

「え?」
「え?って、朝ごはん食べずに授業受ける気?死ぬわよ?」

特に魔法薬学があるしね、とアンジェリーナは続ける。
ってそうじゃなくって。(いやまぁそこも中々に衝撃的発言で詳しく聞いておきたいところだけれど)

「‥持ってきてくれたの?」
「当たり前でしょ?寝坊してるの分かってて起こさなかったの私だし」

だから早く食べちゃいなさい、なんて言っちゃうアンジェリーナはどれだけかっこいいんだろう。ううん、優しさの塊だ。天使。神。だれ、こんな素敵で素晴らしいアンジェリーナを鬼だなんて言った奴。
それが自分だなんてことは鼻をかんだティッシュと一緒に捨て置くことにする。
ありがとうと言って私がパンを口にすると、それとこのカボチャジュースは双子からねとまたしても有難いお恵みを頂けた。


**


アンジーに朝の支度をほぼ全て任せてから階段を降り談話室へと向かうと、一番最初に双子と出くわした。

「お、やっとお目覚めか」
「こんな時間まで眠るなんて王子様のキスでも待ってたのかい?」
「‥おはよう。2人とも」

本当に朝からこんなやり取りをしているなんて。
低血圧の私としてはあと7ランクくらいテンションを下げて頂きたいところである。

とは言え2人とも私のためにカボチャジュースを持ってきてくれたのだし(実際運んでくれたのはアンジーだけど)、そのことでお礼を言うとこれまた2人揃って「「どういたしまして」」と軽やかに返された。

「ところでロンはどうしたの?」

先程から目の端に映る背中を小さくした赤毛が気になって仕方がない。出会って数時間の中ではあるけど、彼はあんなにも隅っこでどんよりした空気を纏う人間では無いはずである。

「あぁ、我らの弟は今とんでもなく暗ーい沼の底に落ちている」

その答えに私がハテナを浮かべていると「これさ」と双子のどちらかがビリビリに破かれた赤い紙(手紙?)を見せた。

「なにこれ?」
「吠えメールさ!」
「吠えメール?」
「ほら、昨日あんなことがあっただろ?うちのママが怒り狂って送りつけてきたんだよ」
「それも朝食の席の大衆の前で大音量でのお説教さ」

なんとも軽やかに説明されたが、きっと物凄く鬼気迫るお説教だったに違いない。この双子ですらそのことを思い出しているようで2人揃って一瞬身震いしていたのを私は見逃さなかった。

それで、と私が同情の眼差しを彼に向けると、「いつまでもウジウジ落ち込まないで!早く授業に行くわよ!」とハーマイオニーに急かされているのだからなんとも可哀想に思えてならなかった。そんなロンは反論する余裕もないのかそのままハーマイオニーにズルズルと引きずられるようにして談話室を出て行った。

「ハリー」
「‥僕も同罪だからなんていうか居た堪れなかったよ」

直接怒られなくとも、落ち込んでいるのはロンだけではなかった。私もなんと返して良いのか分からずとりあえずの「頑張ってね」を伝えると彼は眉を下げ口元だけ笑って見せてくれて、先に行った2人の背中を追うようにして出て行った。

「ま、ロニィやハリーは平気さ」
「なんで?」
「そんなこと考える余裕もないくらいの罰則を受けるはずだ」

本当に憐れである。
私の肩にポンっと手を置いた双子のどちらかが「そろそろ俺たちも授業に行こうか」と言う声を皮切りにして、私たち四年生組も談話室を後にした。




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