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初めての授業は楽しいの一言に尽きた。
フリットウィック先生の呪文学は編入してきたばかりというのを考慮してくれたのか優しく丁寧に教えてくれたし、分からないことはいつでも聴きに来て良いとまで言ってくれたのである。

けれど、そんなお楽しみな時間はあっけなく終了する。そう、お待ちかねの魔法薬学である。

「あー嫌だわ。新学期初日からなんでスネイプの授業なのよ」
「私たちに対する嫌がらせね」

アンジェリーナとアリシアは私を間に挟んで大きな大きなため息をつきながら口々に悪態をついた。
私たちの後ろでは双子とリーが座っていて、彼らも彼らで「全くだ!」とそれに続く。

「サラ、嫌味の一つや二つグリフィンドール生なら必ず受けるものだから気にしないことよ」
「そうさ!いちいち気にしていたら身が持たない」
「あんたたちは少しは気にするべきだけど。気にしなさ過ぎて減点されまくってるじゃない」

彼らの物言いからとりあえずグリフィンドール生は総じて嫌味の対象であるらしい。アリシアによると双子とリーがとにかく減点の常習犯のようなので(それについてリーはこいつらに比べたら俺なんてかわいいもんだろ?と抗議していた)、私は決して彼らのようにはなるまいと固く決意する。

噂をすればなんとやら。
渦中のその人物は勢いよくやってきた。
スネイプ先生はバンッと音を立てながら扉を開けたかと思うと、鋭いその眼差しで一瞬の間に私を捉えた。

「グリフィンドールになぜか新しい顔ぶれが増えたと聞き及んでいるが、吾輩の授業ではその点を考慮するなど甘いことは決してしないと先に忠告しておこう」

まさか授業の説明うんぬんの前に嫌味が飛んでくるなんて。
地下室独特のジメジメした空気が漂う中、スネイプ先生もそれに負けず劣らずジメジメしていて且つ本当に嫌味がお得意のようだった。
私がすごいなと感心していると、後ろから「サラ、当てられてるぞ」と声がかかった。

「え?」
「スネイプに問題出されてる!聞いてた?」
「え!嘘!すいません先生!」

私は先ほどの嫌味に対してある意味感心しきっていたので、正直スネイプ先生がなんと言ったのかまるで聞いちゃいなかった。
やばいと思った頃には時すでに遅し。スネイプ先生は私のそんな態度に腹を立てたようで、「グレイス‥」と蚊くらいなら平気で殺せそうな眼光を飛ばしてきたので私は縮み上がるほかなかった。まさに蛇に睨まれたカエル状態である。

「吾輩は干しイラクサ、砕いた蛇の牙、ゆでた角ナメクジこれらを混合してできる薬の名称を尋ねたのだが、そんなことも分からぬままこの授業に出るとはグリフィンドールはなんと愚かな」
「それなら分かります!おできを治、」
「黙りたまえ!今更答えを望んではおらぬ。グレイス、貴様には授業の妨害により20点減点する」


**


それからの私は心がどこかにいってしまったように何も考えられなかった。否、本当は頭の中ではずっと先程のスネイプ先生の20点減点が連呼しており、止みそうになかった。

湖の近くの木陰で隠れるようにして座っていると、時々こそこそと話し声まで聞こえてくる。
自惚れてるわけじゃないけど、きっと私のことを話してるに違いない。目線が痛いくらいに感じるし、所々でほら、あの子と指を刺されるのも分かったからである。

「やっと見つけた」

そんな空気をお構い無しに破るように陽気な声が上から降ってきた。
半ば俯いていた顔を上げると、双子のどちらかが木の陰からひょっこりと顔を出している。

「朝だけじゃなくてランチタイムにまで顔出さないなんて」

彼はそう言ってケラケラと笑った。
えーっと、と私が戸惑っているのを感じたのか、ジョージだよと一言告げて彼は私の隣にドサっと座る。

「そういえばサラって俺たちの区別ついてないよね」
「あ、うん。ごめんね」
「いいさ、だってママだって未だに間違えるくらいなんだ」

それって良いのかな?という疑問が浮かんだけど、まぁあまり気にしてないようだしそのまま聞き流しておいた。

「さっきの‥」
「気にしてる?」
「え?」
「ほら、スネイプの。あいつはグリフィンドールなら誰にだってああだって言っただろ?気にしてたら身がもたないって」
「そう、だけど‥」
「まぁでもいきなり20点も減点されたら気にするよな」

私がいうのもアレだけど、最もである。
でも双子やリーは減点の常習犯だと言ってたけど、全然悪びれていないしむしろそれを誇りに思っているかのようだった。
なんで、なんだろう。

私がじっと見つめながらそう思ってると、ジョージはそんなに見られると穴が開きまくると笑った。

「ジョージは今まで減点いっぱいされたの?」
「そりゃぁね。っていうかさっきもされたよ?」
「え?!いつ?」
「サラと同じタイミングで。ほら、サラに当てられてるって教えたの俺だから」

私語は慎めだってさ、と彼は尚もケラケラ笑いながら答えた。
っていうかそれって私のせいじゃん。
私がごめんねと謝るといつものことさ!と本当に蚊ほども気にしていないようなので、彼のハートの強さはここまでくるとむしろあっぱれである。

「ジョージは強いね、減点されてもへっちゃらだもん」
「んー。まぁ気にしてないのは本当だけど、だからと言ってへっちゃらっていうのは少し違うかな」
「どういうこと?」
「俺とフレッド、クィディッチの選手なんだよ。だから減点されてもその分試合で点を稼いだら良い、くらいには考えてる。いくらでも挽回出来るんだよ」
「そ、そうなんだ」
「まぁそれでプラマイ0みたいなもんだからなんの自慢にもならないんだけどね」

加点分はパース(お兄さんらしい)みたいなガリ勉達に任せておけば良いというのがどうやらジョージの理論のようである。

私にはなにが出来るんだろう。
ジョージはクィディッチがある。それって自分の得意なことで挽回するってことだと思うけど、じゃぁ私は?
私の得意なことってなんだろう。

「サラにはサラの出来ることをすれば良いさ」

ふいにかけられた言葉。
それに少しだけ目を見開いていると、
「背伸びせずに今できることをやればいい」
と続いた。


今の、私にできること。

「ねぇジョージ。私みんなにきちんと謝りたい」

考えた末に出た答えがこれだった。
思えば授業が終わってから私は逃げるようにここへ来た。寮のみんなに迷惑をかけたんだから、まずはそのことを謝らないと。

「私、まだまだ知識も魔法もダメだけどもっといっぱい努力して勉強して」

「そしていつかみんなを喜ばせてあげられるようなそんな自分になりたい」

ジョージは笑わなかった。
ただただ私と一緒に湖を見てる。
でもその目はどこか真剣で、一言も聞き漏らすまいとしているかのようだった。そして、たった一言「それは良い考えだ」とだけ静かに口にした。

私はジョージのことまだ何にも知らないけど、ジョージはただふざけてるだけの人間じゃないというのはなんとなくわかる。
きっと彼は、恐らくフレッドも含めて彼らは、彼らに出来ることを一生懸命やってるんだろう。
それが悪戯だっただけ。

お昼の太陽が湖面をキラキラと輝かせている。
それに負けず劣らずジョージの赤い髪もとても綺麗に彩っていて、いつだったかお母さんがつけていた口紅を手に取り見上げた時と同じようなキラキラとした気持ちを感じたのを私はきっと忘れないだろう。



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