2月14日



2月の半ば。郊外での単独任務を終えた五条悟が高専に報告を入れると、別件でちょうど近くに補助監督がいるということで五条の元へ車を回してもらう事になった。

水分を多く含んだみぞれ雪が降り頻る。自分には当たらなくても寒さを感じる、こんな日に限ってiPodを寮に忘れてきた。さみーし早く帰って風呂に入ろう。そんな事を考えていると一台の黒塗りのセダンが近づいてきた。後部座席を開けて車に乗り込む。

「五条くんお疲れ様です、お待たせしました」

「...苗字じゃん」

振り返って自分に挨拶をするのは、単独任務の多い名前によく付いている補助監督。その後ろに座る名前が手元の携帯から顔を上げてこちらを見た。

「あ、五条先輩。おつかれでーす」

いつもの調子、だが何か違和感を覚えた。間を開けて隣に座りドアを閉めると補助監督がアクセルを踏んで緩やかに走り出した。

「お前、泊まりで任務じゃなかった?」

今朝寮を出る時、食堂のテーブルに個包装の黒いチョコレートが置いてあった。"1人1つずつどうぞ!"とメッセージが添えられていたので、ああ今日バレンタインかと思い出した。教室で「後で苗字にお礼を言わなきゃだね」と言う傑に硝子が「名前なら今日泊まりで任務だよ」と言っていた。あいつ最近任務多くないか?

「超〜巻きで終わらせたんで。どうせなら自分の部屋でゆっくり寝たいですし」

震えた携帯に視線を戻すと再びカチカチとボタンを押している。メールか?てか打つの早いな。

「そういえば今朝チョコ食った。傑も後でお前に礼言わなきゃっつってたぞ」

あ〜、と返事とも言い難い声を出しながらまだ高速で指を動かしている。ほんの数秒間が空いてからメールを返した様でこちらに顔を上げた名前と目が合った。

「ばらまきチョコだけじゃアレなんで、五条先輩には特別にコレもあげましょう〜」

言いながら手元にあった黄色い箱を渡される。あ、これいつも任務の時苗字が食べてるやつだ。

「任務の後はやっぱりエネルギー補給しなきゃね〜」

「ああ、サンキュ」

箱を受け取るとニコリと笑った名前が窓側に顔を向ける。「雪ヤバいですね〜」...やっぱコイツなんか変じゃね。

どんな忙しい日も毎晩恋人のところへ顔を出しているといつぞや七海から聞いた。今日はバレンタイン、恋人がいる奴等にとっては大イベントだろ。なのに泊まりの任務を巻いて日帰りで...
どう考えても恋人に会う為に早く任務終わらせたよな。でも行き先は真っ直ぐ高専だ。そして隣には心なしか元気のない名前.....もしかして...

「...フラれた?」

バッ!と勢いよく彼女は振り向いた。よく見たら目赤くなってね?泣いたのか?

「五条先輩、エスパー?」

「お前わかりやすいな」

「え〜、そうかなぁ〜...」

「...てかお前こないだ俺の事フッたよな?もう別の男いんのかよ」

年明けに寮に戻ったばかりの談話室での記憶が新しい。五条先輩はカッコいいけど術師は性格がクソとか言ってなかったっけ?あ、その時傑の性癖バラされたんだっけ。いずれにせよまだあれからひと月しか経ってないんだけど

「まだ付き合ったばっかですよ〜、先週告られて。付き合って初のイベントだったのに、あたしがドタキャンしちゃったから向こうめっちゃ怒って...」

「.....」

「....まぁ、そんなカンジ?、です...」

そう言って視線を手元の携帯に移す。相変わらず派手な色の長い爪にはゴテゴテした携帯が握られている。
もしかしなくても、ついさっき別れたって事だよな、電話かメールで。前にも灰原が任務の時の車で苗字が彼氏と修羅場になって別れの電話してたとか言ってたっけな。まさに今その場に遭遇してんじゃねーか。こいつマジでそんな頻繁に男変わってんのかよ。そんな付き合ったばっかの男なんて思い入れなくね?あ、でもコイツ泣いてたのか

「.....ちゃんと悲しむんだな」

「...当たり前じゃないですか」

思わず口から漏れた言葉は本人に拾われてしまった。しかもちょっと機嫌損ねたっぽい。

「....辞めれば?そんな恋愛。お前が疲れるだけだろ」

「.....」

「なんでそんな男に縋ってんの?恋してなきゃ死ぬのかよ」

もし今、傑か硝子が隣にいたらきっと止められている。言いすぎだ、とか言われるんだろーな。
いつもヘラヘラしてるそいつは今は口を閉じて何も言わない。横目で見ればそいつは泣きそうな顔を見せたくないのか、俺と目を合わさないようにしてるのか、窓の外を見ている。

「....だって、いつ死ぬか、わからないじゃないですか...」

いつ死ぬか、術師の俺らが、って事だよな。聞き取れるかどうか程の小さな声だったが、確かにそう聞こえた。水気を多く含んだシャーベット状の雪の上を走るせいで、きっと運転席には聞こえてていない。

「モッテモテの五条先輩はわからないかもですけど、彼氏いるいないでリアルの充実具合って超違うんですよ」

さっき言葉なんてなかったかのように、振り向いた彼女はいつものヘラヘラした彼女だった。

「誰かに好きって言ってもらえると超頑張れるじゃないですか〜。どんなに忙しくても好きな人に今日もお疲れ様ってギュッてしてもらえると、疲れ吹っ飛ぶー的な?」

「...その為だけに任務の帰りにお前がわざわざ相手の所に行くって?電話で良くね?つーか毎日なんて怠いだけだろ」

「え、ウケる、めっちゃ否定するじゃん」

「.....」

「......あたしだって、誰かに必要とされたいんですよ〜」

「....それで、お前だけが擦り減るのは違うんじゃねーの」

「.....」

無言は肯定。

最近気付いたが、意外とこいつは頭がいい。勉強が出来るとかではない、地頭の方。面倒くさがりで女にしてはドライな性格の硝子とここまで仲がいいのも、性格が真反対な七海との関係も、皆が合わせてくれてるからって訳じゃない。ちゃんと相手見て言動してるし、空気読めない振りして場を和ませたりしてる。
最初はマジで空間読めねーしいつもうるせーバカな女、って思ってたけど、任務も授業も意外と真面目に受けてるし、愚痴を言っているなんて聞いたこともない。(そりゃ、えー、とかマジでー、とかは言ってるけど本気の文句は一度も聞いたことがない)

今だって座席の横にペットボトルのホットレモンと喉飴が置いてある。呪言師特有の喉の反動だろう。
だからこんな事、俺がわざわざ言わなくたって本当は気付いてるんじゃないか。

「.....ですよね〜、マジでそれだわ〜」

そう言って笑って、ペットボトルに手をかける。まるで言いたい事を丸ごと飲み込む様に、細い首が上下に動いた。

「......喉、痛いな.....ちょっと寝てもいいですか、?」

「ああ、着いたら起こすよ」

携帯を鞄に仕舞うと今度はポケットからイヤホンのコードがぐるぐるに巻き付けられたiPodを取り出している。

「...片方貸して」

言いながら席を詰めれば、こちらを見ずにイヤホンを片方渡してくる。iPodを操作する手を見れば、出来るだけ見ない様にしていた短いスカートから伸びる白い足が嫌でも目に入った。

「...足寒そう」

「五条先輩のえっち」

首に巻いていた黒い大判のマフラーを取って彼女の膝に無造作に乗せる。

「え、五条先輩の絶対高いじゃん。いいの?」

「お前スカート短すぎんだよ」

「やっぱえっちじゃん」

もう何も言うまいと腕を組んで右肩を名前に預ける。重いとか文句言われるかと思ったが、そいつは「ありがとう」と言ってそれを綺麗に畳んで膝の上に乗せた。


右耳から聞こえる歌は高い女の声で。これが俗に言う失恋ソングなんだろうなとサビの手前で分かった。歌声もメロディも、どこか名前を思わせる。



「....やっぱ俺にしとけよ」

「あっぶな、イケメンに騙されるとこだったわ」




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