2月の終わり


「七海ー!灰原ー!」
放課後、帰寮し玄関のドアを開けようとする二人後ろから響いた同級生の声に並んでいた二人が振り返ると、朝から任務に出ていた彼女が手を振って駆け寄ってきていた。

「お疲れ様です」

「お疲れ苗字、早かったね」

「ただいま〜!じゃーん!二人にお土産だよーん」

二人の後ろに並んだ名前が手に持った紙袋を掲げる。

「ありがとー!お菓子ー?」

「そー!最近出来た、実家の近くのお店のなんだー。弟達の差し入れついでにみんなのも買ってきたの。一緒に食べよ〜」

「今日そっちで任務だったんだね。弟くん達元気だった?」

「マジ元気。もー小学生の体力ハンパないわー」

「あはは、うちは妹だけど、男の子はすごそうだね」

「本当ビビるよマジで。中学生になったらどーなるんだろー、反抗期?グレてやる、的な?やばー想像できない」

きゃはは、と笑う名前と「それなー」と笑っている灰原を横目に七海は談話室のドアを開ける。たまに二人はこうして家族の話題で盛り上がっている。長子同士話が合うらしい。

「コーヒー淹れますね」

別に蚊帳の外という訳ではないが、この話題に関しては特に自分も話すことはないのでそっと離れて人数分のカップを用意する。砂糖とミルクを二つずつトレーに乗せてローテーブルを囲む二人の前に持っていく。

「七海ありがとー」

「七海の淹れるコーヒーってうまいよな〜」

「特別なことはしていませんよ」

「へー?あってかどれ食べるー?色々種類あるよー」

紙袋の中から個包装されたパウンドケーキを取り出していくつか並べている。フルーツが乗っていたりチョコレートがかかっていたりと様々だ。灰原が一つ手に取って、続けて自分も手を伸ばす。名前はそれを確認すると自分も一つ手に取って袋を開けた。

「うまー!」

「甘すぎなくて丁度いいですね」

「美味しいよね〜オーガニックで身体に優しいらしいよ」

「オーガニック?よく分かんないけどうまいよコレ」

「あはは、灰原ウケる。てかゆーてあたしもよく分かんないんだけど」

「...農薬や化学肥料を極力使わずに育てた食品の事ですよ」

「へー!そうなんだ!」

「さすが七海、物知りだなー」

「最近そういった店も増えていますしね」

「マジでー?こんど行ってみよー」

「なに苗字、オーガニックハマってんの?」

「ううん〜違くてー。今度また兄弟増えるから、お母さんに差し入れすんの」

「えー!すごいな〜、また産まれるんだー」

「...7人兄弟....」

「ねー!楽しみ〜」

パチリと携帯を開いて画面を眺める名前。おそらく待ち受けにしていると言っていた兄弟の写真を見ているのだろう。

「...産まれたら、しばらく実家に戻ったらどうですか」

「え?」

はた、と顔を上げた彼女と目が合う。

「授業はともかく、任務は極力私と灰原で請け負いますから。弟さん達の面倒、見たらいいんじゃないですか」

「そーだな!そーしよう!苗字めっちゃ頑張ってるし、たまには連休取って実家帰りなよ」

「七海...灰原....」

「....まぁ、緊急の時は仕方ありませんが」

「全然!全然いいよ!超嬉しい!ありがとう二人とも!もーマジ神じゃん〜」

名前の目にわずかに潤んだような気がする。よっぽど嬉しいのか何度もありがとうと口にしている彼女が、「でも産まれるのまだちょっと先なんだ」と言う。

「じゃあそれまでに、僕達も頑張って腕上げなきゃだね!」

「...今度また、苗字が昇級するという話が出ていますからね」

「待ってソレどこ情報!?初耳なんですけどー?」

「...あー!七海やべって顔してる!」

「...まあ、その内話が来ると思いますので」

「ねー時々七海ってナゾ情報仕入れてくるよね、やっぱ誰かとデキてんの?」
 
「えっマジ?僕てっきり五条さん情報だと思ってた」

「えー?なんで五条先輩?」

「ほら、七海ってよく五条さんとペア組んでるし、五条さんなら先生や上層部の人とよく話してるじゃん?」

「あーたしかに!それっぽ〜い」

「...明日もまた朝から任務でしょう、今のうちに課題をやってしまった方がいいんじゃないですか」

「めっちゃ話逸らすじゃん」

「七海ウソ下手〜」

「...」

「あ、灰原、七海、苗字。お疲れ様」

「夏油さん!お疲れ様です!」

七海が返す言葉を探している時、突然談話室のドアが開いて夏油傑が顔を出した。
立ち上がった灰原が近寄り、今苗字のお土産を食べていたんですよ、夏油さんもどうですかと誘った。

「ああ、後でいただくよ。苗字ありがとう、気を遣わせたね」

「気にしないでください。実家に寄るついでだったんで、オマケみたいなもんですけど」

そっか、と夏油が名前に一瞬目をやりすぐに視線を逸らした。何かあっただろうか、と名前が小首を傾げる。

「?、夏油さん、どうしました?」

「...いや、実は、1年の担任から言伝を預かってね...」

言い淀む夏油に「お気遣いなくどうぞ」と言えば、うーん、と顎に手をやった。そんなに言いにくい事なのか...?疑問符を浮かべている三人。灰原はゴクリと唾を飲む。

「あぁごめん、二人じゃなくて...苗字になんだけど」
「え?あたし?」

「その、.....スカートの丈をどうにかしろとね」

「...え、それだけ?」
「オイ苗字...」

七海が名前を睨む。

「私が言うとセクハラになるかな、と思ったんだけどね」

「えーないない!夏油先輩なら全然セクハラじゃないですよー!」

「夏油さん...なんかスミマセン...」

「わざわざそれを夏油さんに言わせる辺り、いよいよ担任も本気なんでしょうね」

入学以来、何度も教師に捕まって説教を受けている名前を見た。もともと制服のカスタマイズは自由だし、夏油さんのクラスの家入さんも比較的短めだ。たしかに名前は極端に短いとは思うが

「もうすぐ新入生も入ってくるし、特に戦闘中は目のやり場に困ると思うんだよね」

「...夏油先輩に言われたら、無視出来ないじゃないですかぁー」

だって隣の灰原が、夏油さんの言う事は絶対!みたいな顔してるもん、と諦めモードだ。

「それじゃあ、私はちゃんと伝えたからね。これ、頂いて行くよ」

夏油が立ち去ると、はぁーっ、と名前が盛大な溜息を吐いてテーブルに突っ伏した。

「...もーマジでズルい先生!五条先輩とかならシカト出来るのに!夏油先輩のあんな困った顔見たら言う事聞くしかないじゃーん」

「最終手段だったんでしょうね、きっと」

「でもたしかに、もうすぐ僕達も先輩になるんだもんな。気合い入れないと!」

「...でもスカートの長さは関係なくない?」

「...」「...」

きっとコイツに男心なんて話しても無駄なんだろうな、と二人は諦めた。


後日、いつもよりも若干長くなったスカートで登校した名前が、わざわざ担任のところへ行き「見て〜!スカート2センチ伸ばしたしー、ちゃんとは下見せパン履いてるよ!これでいいでしょ〜?」とスカートを少したくし上げた。もちろんすぐに怒られていたのは言うまでもない。



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