冬の始まりー前ー


苗字名前の素顔を見たのは、彼女がここに来てから3ヶ月が経とうとしていた頃だった。

繁忙期が落ち着いて、呪霊の数が減少したおかげで任務も少なくなり学校で過ごす時間が多くなっていた。この日も通常通り朝礼から三人が揃う予定だったが、いるはずの人物がそこにはおらず真ん中の席が空いている。

「苗字はどうしたー?」

見かけによらず案外早起きの彼女は一番乗りで登校してくる事が多い。寝坊した事は一度もない。ついでに言えば、任務でどんなに帰りが遅くなっても翌朝会うといつも通りのばっちりメイクでむしろ尊敬する。あの化粧に一体どれくらいの時間が掛かっているのかは不明だが、少なくとも男の僕の様に顔洗って5分で準備完了、ではないはず。

「知らなーい。七海なんか聞いてるー?」

「いや」

「珍しいな、あいつ朝だけは強いはずだけど...」

担任が寮見てくるか、と言いかけた時ガラリと教室の引き戸が開かれる。

「苗字遅刻だぞー...ぉぉお?!って、どうした!?」

担任が驚きの声をあげるのも無理もない。現れた彼女はやたらとデカイサングラスに白いマスクを掛けて、トレードマークのふわふわの巻き髪は真っ直ぐに下されている。苗字のこんな姿初めて見た。

「.......」

何も言わずに自分の席に着くと思いっきり項垂れた。ん?もしかして泣いてる?

「おーい苗字、どうしたー?」

たまたまうつ伏せで顔を向けたのが自分の側だったので、顔を覗き込むと黒いレンズ越しに瞳がこちらをじっと見つめるのが見えた。あ、化粧してない。

「.....ふられた....」

「ん?」

「....だからぁっ、フラれたの〜!」

え〜ん、と嘘みたいに泣き出した苗字に、担任と七海がギョッとしている。もちろん僕も驚いた。

「落ち着いて、呪力乱れるよ」

わんわんと泣く彼女の背を撫でてどうどう、と落ち着かせる。こいつ、泣いてて我を失って忘れてるかもしれないけど、正真正銘の呪言師。本当発言には注意して頂きたい。マジで。
教室の隅に置いてあったティッシュを差し出せば、何枚か取って涙と鼻水を拭いている。

「....あいつ、浮気してたの...」

少し落ち着いた様子の苗字が鼻声で話し出した。

「それは辛いな...」

自分、マジでいいお兄ちゃん。実の妹だってまだフラれて宥めた事なんてないけど。彼女の後ろに見える担任と七海はわかりやすく面倒くさそうな顔をしているというのに。

「しかもさぁ!相手の子デブで!もうマジ意味わかんないんだけど〜...」

あたしの方が絶対可愛いのに〜、とサングラスを机に置いてマスクを顎まで下げた彼女がティッシュを鼻に当てたまま顔を上げた瞬間、衝撃が走った。え、めちゃくちゃ可愛いかよ。え?お前本当に苗字なのか?
と別の意味で驚いていると、彼女の顔が見えた他の二人も驚いている。
女は化粧で変わるって言うけど、変わり過ぎじゃね。

「....お前、化粧しない方が可愛いよ」

「え、マジむり。元カレも同じ事言ってた。男ってそう言えば女はみんな喜ぶとか思ってんでしょ!!」

瞬殺。え、本心なんだけど?むしろ僕地雷踏んだっぽい?苗字は再びその大きな瞳に涙を浮かべて「もうマジでムリ〜!」と泣き出した。
彼女の後ろから同情と憐れみの視線がふたつ送られてきたのは無理もない。いやお前らもフォローしろよ。


「...センセ、もう今日本当ムリなんで、励ます会してください」


お前本当いい性格してるよ...
七海なんてもう勝手に教科書開いて自習始めてるし。本当自分勝手なクラスだな。
でもなんだかんだ文句言いつつ先生も教科書なんて開いてないし、話聞くぞ?みたいな態度で甘いんだよなぁ。とかなんとか言って、こうやって話聞いて励ましちゃってる自分も相当甘やかしてるよな。自覚あります。だってギャルだと思ってたクラスメイトが実は超絶美少女だったとか、なんのギャルゲーっスか。超最高じゃん。




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