クラスのマドンナ


その日、クラスメイトである苗字名前の意外な一面を知ってしまった。

暑い季節の繁忙期も落ち着き、呪霊の数も激減。高専には珍しく普通科高校のような授業が続いていた頃、この日も通常通り朝礼から三人が揃うはずが真ん中の席が空席だった。

「お?苗字はどうしたー」

見かけによらず朝に強く、早起きが得意だと豪語する彼女は一番乗りで登校してくる事が多い。
最初の頃は恋人に会うために外泊(勿論無断外泊)も多く、不良少女さながら朝帰りも多かった苗字に担任も七海も頭を抱えていたが、どんな状況だろうと寝坊も遅刻もしたことがなかった。
むしろ誰よりも過酷なスケジュールの中(自業自得ではある)でも、翌朝にはいつも通りの化粧で通常運転をするその姿には尊敬する。あの化粧に一体どれくらいの時間が掛かっているのかは分からないが、少なくとも男の様に顔洗って5分で出発、とはいかないはず。

そんな彼女が今朝はまだ来ていない。

「寮では見てないです!七海は何か聞いてるかい?」

「いえ」

「珍しいな、あいつ朝だけは強いはずだけど」

寮見てくるか、と担任が廊下に足を向けた時、ガラリと教室の引き戸が開かれた。

「苗字遅刻だぞー・・・!?どうした!?」

担任は驚きの声をあげ、廊下側の席の七海も入り口に目を向けたまま固まったので、何事かと自分も自然を苗字に向ければ、思わず思考が停止した。
無理もない。
現れた彼女はやたらと大きなサングラスに白いマスクを掛けており、トレードマークの金髪は、真っ直ぐに肩に流れていた。寮でさえいつも化粧を施している苗字のこんな姿は見たことがない。

「・・・」

無言で席に着く苗字。座ったその横顔から見えた目が、心なしか腫れているように見える。

「苗字大丈夫ー?」

顔を覗き込めば黒いレンズ越しに目が合う。あ、化粧してない。

「・・・ふられた」

「ん?」

「だからぁ!フラれたのー!」

え〜〜ん、と漫画みたいに泣き出した苗字に担任と七海もギョッとしている。もちろん僕も驚いている。

「落ち着いて苗字!呪力乱れるよ!」

わんわんと泣く彼女の背を撫で落ち着かせようと試みる。
忘れてるかもしれないけど、苗字の術式は呪言。泣いても喚いても発言には注意して頂きたい、切実に。
教室の隅に置いてあったティッシュを差し出すと数枚取って涙と鼻水を拭った。

「元カレ、浮気してたの」

グスングスンと鼻を啜りながら、少し落ち着いた様子の苗字が鼻声でポツリと呟いた。

「それは・・・辛かったね」
 
何だそんな事か、とは口が裂けても言えない。よしよしと宥める苗字の肩越しに見えた七海の顔には明らかに「なんだそんな事か」と書いてあるが、多分同じ事を考えているのだろう。口を真一文字に引き結んでいる。

「浮気した相手、既婚者だし!人妻!もうマジ意味わかんない!」

ふざけんな〜!とサングラスを机に置いてマスクを顎まで下げた彼女が顔を上げた瞬間、教室に衝撃が走った。

誰ですかこの美女

え?本当に苗字?
と別の意味で驚いていると、分かりやすく他の二人もポカンとしている。
女は化粧で変わるって聞くけど、ギャルだと思ってた苗字の素顔は爆美女だった。なんというか、透明感がすごい。普段の意思が強そうなバッサバサの睫毛より、儚い憂いを帯びたその瞳に胸が鷲掴みにされる。
いやこんな子にドキドキしない男はいないはず。
そう言えば苗字が転校して間もない頃に五条さんが「ケバいけど苗字は顔いいんじゃねーの」と遠巻きに褒めた事があった。その時はたしか苗字が「生まれつき完成した顔に言われるとムカつく」って中指を立てたので怒った五条さんと喧嘩になったっけ。六眼って、化粧も見破れるのかなぁ。

「苗字、化粧しない方が可愛いよ」

つい口を出た言葉に後ろで男二人が頷く。すると苗字はピタリと動きを止め、ギギギと錆びたブリキ人形の様に首を動かした。完全に目が据わっている。

「マジ無理、元カレも同じ事言ってた。男ってそう言えば女はみんな喜ぶって思ってんでしょ!!」

瞬殺だった。えっ本心なんだけど・・・むしろ地雷踏んでない・・・?
苗字は再びその大きな瞳に涙を浮かべて「もうマジでムカつく〜!」と泣き出した。
彼女の後ろから自分に同情と憐れみの視線がふたつ送られてきた。いや二人ともフォローしてよ。

「・・・センセ、今日本当無理なんで、あたしを励ます会して」

ええ〜と言いつつ担任も教科書は閉じたままだし、七海なんてもう勝手に教科書開いて自習始めてるし。
転校生はマイペースでワガママで、だけどそんな苗字がクラスにいるだけで自然と明るくなる。
苗字がいなかった時なんてもう思い出せないくらい、このクラスは居心地がいい。

じゃあとりあえずグラウンドでも走るか、と言った担任に「サイテー!」と苗字が隣で叫んだ声が響き渡った。
どうかお静かに・・・と高専の平和を心の中で祈った。




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