初めて通る道


「じゃぁ、気を付けて帰ってね」

「斉藤さんも山内さんも、気を付けて帰ってくださいね」

「うん。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさーい」


斉藤さんが山内家と一緒に帰って行くのを見送って、じゃあ行こうか、と歩き出す。
辺りは暗く、住宅街を抜けたそこはすっかり人通りもない。最初に大まかな住所を聞いてから、二人の間に会話はない。静かすぎて隣を歩く足音が妙に耳につく。


「...あの、さ....」

「ん?」

先に沈黙を破ったのは優里だった。少しだけ緩まった歩幅に名前が振り返って足を止めた。

「....この前、助けてくれて、ありがとう」

この前、と言われて名前が首を傾げる。少し考えて、あぁ花火の事かと合点がいった。

「別に何もしてないよ」

何かはしたんだが。その後、過剰防衛だったのではないかと警察の事情聴取に冷や冷やした。だが一件の犯人は違法薬物にまで手を出していたのだから、過剰も何もなく、寧ろ市民を助けた事に対して表彰されるとまで言われたのだ。大事にしたくなくて勿論それは丁重に断ったが。

「名前、くんはさ...木津と知り合いなの?」

「あー、木津とは中学が一緒なんだよ。それより、名前。呼び捨てでいいよ」

「え?あっ、あたしも、呼び捨てでいいから」

「うん...ごめん、下の名前、教えて?」

「あっ!そうだよね、保科優里です」

「苗字名前です」

ペコリと会釈をすれば、なんか今更だね、と優里が笑った。顔を上げた名前と目が合って、照れ臭くなって視線を逸らした。

「よろしくね、名前」

「こちらこそよろしく、優里...ちゃん...」

「ん?」

あれ、呼び捨ては?と名前を見れば、手の甲で顔を隠しているが、暗がりでも耳がほんのり赤く染まっているように見えた。

「...ごめん、やっぱ呼び捨て無理...」

「えーー?」

あ、ピアスの穴、おっきぃなー...なんて、こちらを見ない名前をいい事にマジマジと彼を観察する。

「...女の子の名前呼ぶの、なんか恥ずかしくて」

「うっそ!?モテるのに?」

「モテないよ...彼女もいないし」

「えぇっ!?いないの!?」

「え...いないけど...?」

急に大声を出したせいか、片手を額に当てた名前の視線がこちらを捕らえる。だめだめ、今度はこっちが赤くなりそう。

「うわ...超意外なんですけど〜...」

「そんな事ないよ」

「だってさ、今日だってプール掃除しながら斉藤さん達と言ってたもん。モテ男だぁ〜って」

「えぇ?それは...どうも...?」

「アハハハッ!...なんか、思ってたよりも名前って面白いね?」

「思ってたよりって...そんな面白いところなんかないよ」

「なんてゆーかさ、うーん...、無口そう?みたいな」

「...そんな事ないよ....」

「あ!そうだ、メアド教えて?今度遊ぼうよ」

「え..」

「あ、嫌ならいいんだけど...」

「嫌じゃない...けど...」

ふいっと顔を背ける名前を追って顔を覗き込む。そうすればやはり顔は赤くて。あれ、もしかしてさっきより赤い...?


「....もしかして照れてる?」

「...照れてない。...見るなよ」


にやにやと笑う優里を、横目でにらむ。


「ね、ほら、アドレス教えて?」



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