「ひょひょーい!日帰りで出来るいい場所をピックアップしましたー!!山の中で、バーベヒュ〜!」
摩耶が声高らかにパンフレットをテーブルに広げた。
恒例になりつつあるカフェマヤ文明での集まり。斉藤さんと山内摩耶だけだったこの会は、知花ママが入り、そしてついに今日は磨沙夜のママまで参加している。
「せやけど嬉しいわぁ、うちも誘ってもらえるなんて〜」
くるりとパーマのかかった黒髪を靡かせる安西が斉藤さんを見てお礼を言う。
「磨沙夜が来てくれたら潤一達も喜ぶし」
「斉藤さんが嬉しいのよ。磨沙夜くん、お気に入りだから」
「まぁ、ね」
摩耶が揶揄うように言えば斉藤さんは照れ笑いを浮かべた。それに安西も嬉しそうに笑う。
「けど摩耶さん、斉藤さんには堂々と喋るんやね?丁寧語でもないし」
「えっ?まぁ...ね?」
「当たり前だよ。友達なんだから」
そう言い切った斉藤さんに今度は摩耶が目を瞠ると嬉しそうに笑ってコーヒーカップに口をつける。
「せやけど嬉しいわぁ。バーベキューは人数多い方が楽しいしなぁ。あっ!せやけどうちの主人はアカンよ!あの人全然変わらへんし」
「じゃぁー他にも声かけてみる?」
「あっそうだ!名前くんも誘ってみない?」
「そうね!後で電話してみる」
「名前くんって、あのイケメンの?」
「誰?名前くんて」
「そっか、安西さんはまだ名前くん見たことないんだっけ。すっごくかっこい〜い高校生なの!見た目も性格も、完ッ璧!」
「あたしもあんまり喋ったことないから、ぜひ来てほしいな〜」
摩耶の熱弁に立花も頷いた。へぇ〜と安西が興味深げに聞くと「そんなイケメン会いたいわぁ」と斉藤さんを見る。「ちゃんと声かけておくから、それよりも色々決めようよ」と斉藤さんはパンフレットを覗き込んだ。
▲▼
『突然だけど、来週の土曜日って空いてる?』
「土曜ですか...すみません、その日予定あって...」
『そうなんだ〜、残念!あっ、土曜日にね?この間のヤゴ捕った小学生とその保護者と、他にも何人か誘ってキャンプしようってことになってるの。よかったら名前くんも来てくれないかなぁと思ってさ』
「そうだったんですね。その日、バイトの助っ人頼まれちゃって。...また、何かあったらぜひ誘ってください」
『もちろん!潤一達も喜ぶし。あとね?おもしろい子もいるんだー。今度会ったら紹介するわね』
「斉藤さんのお気に入りって、なんか楽しみですね」
『いい子だからさ、仲良くしてやってよ。それじゃぁ、おやすみ』
「はい、おやすみなさい」
携帯を畳んで傍に置く。バーベキュー、楽しそうだなぁ。そういえば、この間潤一達と約束したサッカーもまだしてないな、とカレンダーを見る。普段なら「青春を優先しろ」と余計なお世話をする店長にどうしても出てほしいと言われた土曜日。また今度でいいか、忘れないうちに潤一に会いに行こう。
しかし後日、体調が悪いから遊べない、と何度家に電話しても断られる事になるとは思ってもいなかった。
▲▼
「あっ知花ちゃん」
「名前くん!」
知花が美侑と学校を出て歩いていると、角から出てきた名前の声に振り向く。「だれだれ?」と突然登場したイケメン高校生に驚いた美侑達が知花にコソリと耳打ちをする。
「この間、ヤゴ捕るの手伝ってくれた人だよ」
え〜!私も行けばよかったー、と恨めしそうな声を上げる美侑。そこへ
「お友達?初めまして、苗字名前です」
と名前が腰を折って美侑に視線を合わせる。きゃー!と美侑が分かりやすく黄色い声を上げて、「こんにちは〜」と猫撫で声で答える。それにムッとした知花は、「名前くん、どうしたの?」とずいっと美侑と名前の間に出ると顔を見上げる。
「あー...潤一、最近どんな?」
言いにくそうに顎に手を添える名前が困ったように眉を下げて笑う。潤一の名前に驚いたの知花と美侑は顔を見合わせる。
「!名前くん、知ってるの...?」
「いや、何も知らないけど...最近元気ないから気になって...何かあった?」
「...クラスの男子が何人かで、潤一くんのこと仲間外れにしたり、意地悪したりしてて...」
「そっか...」
「それが最近、ちょっと、ひどくって...」
ねぇ?と美侑が言えばその言葉に知花は頷く。
「潤一くん、今日、来なかったし...」
「...ありがとう。二人は優しいね、心配してくれてるんだ」
「名前くんは?これからどうするの?」
「んー...そうだな、人生の先輩として、話聞こうかな」
教えてくれてありがとね、気を付けて帰るんだよ、と手を振って去っていく名前の背中を見送る。
「...王子様みたい...いいなぁ知花、あんなカッコいい人と仲良くて」
美侑が羨望の眼差しを向ける。知花は「そう?」と少し鼻が高い気持ちになった。
▲▼
「潤一」
潤一の家のすぐ前にある公園のベンチに座る名前が、家から出てきた潤一に分かるように手を上げた。
知花と別れたすぐ後、斉藤さんに電話をかけて潤一の在宅は確認した。少し話がしたい、と言えばきっと何のことか察知した彼女から待ってるね、と了承をもらった。
「…」
隣に座った潤一は何も言わない。表情も暗くて、最後に見たときよりも随分と小さく感じた。
「...昔の話なんだけど、ずーっと後悔してる話、聞いてくれる?」
沈黙を破って潤一の方を見れば、潤一はちらりとこちらを見てうん、と頷いた。
「昔ね、学級委員だった事があって...まぁ今もなんだけど...。その時に、クラスの奴らから揶揄われてる男子生徒がいてね。毎日、嫌なことされて、でも誰もそれを止めないの。俺も止めなかった。その時さ、俺、学校の成績すっごく悪くて、自分の事でいっぱいいっぱいだったの。だから面倒な事に首突っ込みたくないな〜、って思ったら、やめろって言えなくて。たった一言なのにね...」
情けないでしょ、と笑う。潤一は驚いた顔をしていた。
「...お母さんは、名前くんだけ、無視しないで助けてくれたって言ってた。それに悪い奴らもやっつけてくれたって...そんな名前くんが...」
「俺なんてダメダメだよ?昔ね、俺どうしよもない奴でさ。その辺暴れ回ってお巡りさんにお世話になって、自分の母親泣かせて、父親にも打たれたりしてさ」
えっと驚いて潤一が名前を見れば名前は潤一に目を合わせて眉を下げて笑った。
「本当ロクでもないやつだったよ、俺。その尻拭いしなきゃいけなくて、バカみたいに真面目に学校行ってたの。自分の事で精一杯だった俺とは反対に、その時のいじめ、木津だけが止めたの。あの赤い髪の背高い奴。俺が言えなかった事、サラッと言ったのあいつ。すごいよな。でも結局、やられた方は学校来なくなっちゃって。...俺の後悔がずっと残って。すげー悔しいの、今も。」
だから困ってる人いたら助けようって決めてて、潤一のお母さんと会えたのはラッキーだったかな、と潤一の頭を撫でた。
「後悔するなよ、潤一。言いたい事があるならちゃんと言え。もしそれで喧嘩になったとしても、男なんて殴り合ってわかる事もあるから」
がんばれよ、と言うと立ち上がる。喧嘩の仕方なら教えてやるよと笑えば、潤一も吊られて笑った。
「あ、俺が昔ヤンチャだった事は、皆には秘密ね?」
明日、潤一が嫌がらせの首謀者の子に直接話すことを決めたと斉藤さんから電話で聞き、名前はテスト期間にも関わらずその様子を見に行くことを決意した。