離れたくない

「………徐庶、さん!?」

「…………。」

雷雨が外で鳴り響く夕刻、彼は雨具も使わずずぶ濡れで帰ってきた。
長期に渡る任務が終了して帰還するという話は聞いていたが、何故かそこに居たのは徐庶ただ一人だけ。
髪の毛はべたっと肌に張り付き、服は水を沢山含んで何とも言えないほど重々しい。
驚いたななしと女中は急いで布と着替えを用意して彼を風呂場へと促す。しかし、彼は辛そうに黙り込んだまま動こうとはせず、終いには彼女を引っ張って自室へと放り込んだ。

「あの、徐庶…さん?」

「…………ななし。」

「…、理由は分かりませんが、早くしなければ風邪を引いてしまいます。」

それでも首を横に振って何度も彼女の名前を呼んだ。小さく、震えながらも必死に呼んでいた。
寒くて震えているのか、はたまた別の意味でそうなっているのか。
暗いのと俯いて表情が見えない、その顔に触れようと手を近付ける。

「ななし………っ!!」

その手は強く掴まれ、あっと声を漏らした。その力は弱まる所か強くなる一方。しかし痛いとは口にせず、優しい口調で彼を宥めようとする。

「あの……外出先で何かあったんですか。私で良ければ相談に乗りますよ。」

「……………。」

今にも泣き出しそうな姿にこちらまで胸が痛む始末、彼を苦しめた物が分からないから余計に。
そう考えていたらいつの間にか自分の身体は彼の腕の中にいた。

「………徐庶さん。」

冷たい水が自分の服にも伝わりじんわりと浸食していく。離れたら彼が泣いてしまう気がして、そっと腕を絡ませ抱き返した。

「……君が離れるのが怖い…。」

ぽつりと静寂な部屋に消えて行く声。

「……何故私が貴方から離れなければいけないんです?」

「………分からない、それでも……こうやって抱いて君で満たされたいんだ……。きちんとした理由がないから、尚更辛い……。」

枯れた様にか細くなる声と反して腕にこもる力は本当に辛いと訴える。

「私はどこにも行きません。それに約束したじゃないですか……何があっても貴方と一緒の道を歩む、と。」

子供をあやす様に背中をゆっくり擦る。

「ほら、絶対に側にいますから。」

笑顔でおでこを合わせる、すると先程よりかは落ち着いた声色で

「………ああ、やっぱり君は聡明で、輝かしい……。」

普段見せない涙を一筋流した。

「はは…男が涙なんか流して、みっともないな……。俺には勿体無い人だと思っていても、離したくないという気持ちが強いんだ。
……なんて我儘なんだろうね、俺は。大事な任務すらろくに遂げないで、一人急いで。」

「ふふ、そんな我儘な徐庶さんも好きです。大切にされている事は凄く伝わりますし、むしろ求めてください…こんなにも、貴方を愛しているんですから。」

「…………。」

「だから安心して、貴方の使命を遂げてください。」

「…………ありがとう。君がいれば、俺は何もいらないよ。」

至近距離で真っ直ぐその瞳を見れば、そこにはもう先の辛い迷いはなくて強い想いが伝わって来る。
ななしは唇に己の指を押し宛てる。それに応える様に徐庶は柔らかな頬に手を添えて唇を重ねた。
冷たい唇の割れ目から覗かせる彼の舌は生温かく、じっくりと絡み合わせる。

「ん………。」

「ななし…………。」

名を呼ぶ妖艶なその声に身体は無意識に反応した。どちらからともなく唇が離れると繋がっていた互いの銀糸が途切れる。
息を整え、赤く染めた顔で彼を見つめると穏やかな顔で微笑んだ。

「ああ……綺麗だよ。その身体に触れる事、どうか許してくれ。」

重ねていた服を丁寧に脱がし、誰も触れていない白い肌が曝け出す。

「徐庶さんになら、私は全てを捧げます。」





彼の濡れた身体は次第に熱を帯びて、互いが満足するまで愛し合った。

その後、風邪を引くといけないからと湯浴みするよう言えば、徐庶は案の定ななしを離さないので結局共にすることになった。

彼の嬉しそうな気分は暫く続き、惚ける事が多くなったとか何とか。





(執務中くらいは真面目にしろ、惚気)

(わ、法正殿……!すみません)