想いを伝える難しさ

「私、李典さんが大好きなんです!」

なんてこった、俺を好きだなんて、何とも物好きな女性に出会ってしまった。

あくまでも勘だが、あまり良くないことが起きそうな気がする。










「うー、李典………。」

ここにいるのはまた別の子、ななしという少女だ。実は俺が密かに片思いしてる。しかし思ってたより鈍感で、いつもぶつける思いが空振りに終わり手強い。多方冗談だと思ってるだろう、なんせ俺はこんな性格だからな。

「何だー、あんまんが食いたいのか?」

ふるふると首を振る、じゃあ肉まんか、それも違うらしい。

俺はななしに淹れてもらった茶を啜る。すると、

「私ね、実は好きな人いるの。」

盛大に吹いてしまった。

「ちょっと、汚いよ李典!」

「げほっ……悪い悪い…。何だって、好きな人がいる?」

器官に入って噎せ返る、とりあえず近くにあった布巾で机を拭いた。しかし、ななしもついに鈍感を卒業したのか。これで俺もようやく長年の募った思いを………思いを………。

「…それって、誰なんだ?」

そうだ、俺とは限らないだろ。もしかすると楽進とか、いやもっと知らない一般兵とか、はたまた違う国の男とか。駄目だ、考える程に訳も分からず苛立つ。

「言えません。」

「自分から言っておいて随分きっぱりだなー、気になって眠れないだろ、俺。」

「それでも言えないの………。あ……忘れてた、ごめん私ちょっと外すね、街に行かなきゃ行けなくて。」

立ち上がるななしにいってらっしゃい、と軽く手を振るが、刹那に過る思考、まさか街でそいつと逢瀬………?

しかし気づいた頃には部屋から出ていた。それと同時に嫌な気配がした。

「李典さん、今の女性は………。」

ひょっこり顔を出すのは昨日の女性だ、返事はまだしていない所為か随分と積極的に会いに来る。参ったな、この際はっきりと言っちまうか…申し訳ないが、理解してくれ。

「ん、俺の初恋相手。」

一瞬目を丸くした、しかしすぐに表情を戻す。

「そうなんですか、でも私……めげませんよ。片思いでも絶対に振り向かせますから。」

逆効果だったか、微笑むと隣に座ってくる。外した視界に入る外の空がどんよりと曇ってる、時期に降り出すかもな。

「初めて会った時からずっとお慕いしたいと思ってました。」

ほーら想定通り雨が降ってきた。どうせななしの事だ、雨具持って行ってないだろうな、濡れちまう。今から行けば間に合うだろうか。何だかんだと揺蕩う気持ちだな、そうだいっそーーー

「私の目を見てください!」

大きな声に思わず逸らしていた顔を見てしまう。やけに近い、じゃなくてーーー







「李典……………?」

途端に心臓が激しく波打った。聞き慣れたその声に恐る恐る振り返ると、俺はとことんついてない男かもしれない。好きでもない女から接吻されてるのを、好きな女に見られるなんて。

「ご、ごめん………!!」

逃げるようにその場を去るななし、咄嗟に腕を伸ばすが虚しく空回り。悲しみと同時に怒りが込み上げてくる。

らしくないな、俺。

「なぁ……そうやって、物にするのか…相手の気持ちも考えないで。」

女相手に何ムキになってるんだ、俺。

「俺は、そういう奴が、一番好きじゃない。」

はっきりと早く言わなかった俺が一番悪いだろ。

「……………じゃあな。」

言うだけ言って立ち上がり部屋を出る。愚者なのはどっちだ、俺だろう。
歩く速度が早くなる、そうか、ななしが来たのは出る直前に雨が降って行くのを止めたんだな。何処にいるだろうか、会わないと、自分の気持ち伝えないと。








結局歩き探し回ったが、彼女の姿は見つからず途方に暮れた。縁側に腰を下ろしぼんやりと遠くを眺める。

「はぁ………。」

春が近付き微睡む雪が何故か儚く見えた。まだ唇に先程の感触も残ってる、軽く噛み締める。

(結局この気持ちは届かないお話ってわけだ。何だか、胸が痛いぜ…。)

涙腺に若干の潤みを感じる。

しかし偶然にも外した視線を捉えたのは、ななしの後ろ姿、俺はなりふり構わず名前を大声で叫び立ち上がる。

「ななし!!!」

肩をびくりと揺らし振り向く。はっと驚いてしまった、長い睫毛の先に涙を溜めて赤くなってる。

「あ、違うの…これは。」

ゴシゴシと裾で涙を拭き取ろうとする、李典はその手を止める。

「……随分探したぜ………今度こそ、本気で聞いてくれ。」

両肩に優しく手を置き、一呼吸。

「ななしが、好きなんだよ。冗談なんかじゃなくて、本当に好きなんだ。」

「でも、さっき………さっきの…。」

向けられる眼差しが痛い気がする。そうだよな、でも伝えないと。

「…俺を本気で好いてくれてる人だ。だけど、あの子には悪いが、俺の心はいつだってななしで満たされて、いつだってななしの笑顔に救われてきた。だから、こうやって泣かせる俺は最低で…………そう、最低で。」

言葉が詰まる、自然に口にした最後の言葉にとてつもなく嫌気がさした。手が微かに震え、生唾飲む喉の音もやけに近く聞こえる。

ふとななしが小さく唇を動かすのを見逃さなかった。

「違う…最低なんかじゃない。私、好きな人いるって…言ったよね。それ………その………李典なの。」

頬を染め僅かに目を伏せるななし、今の言葉に衝撃を受け硬直する李典。

「……………。」

「……………。」

「え、俺、俺だったのか。………本当に?」

「うん、でも、さっきの女性と、その…接吻してたから。李典にはもう守る人が出来てたんだなって、思っていて。」

途切れ途切れ話してくれる、あれを見られてしまったのは本当に痛感だった、思い立った俺は口を痛いほど思い切り拭く。

「ちょっと、李典何を……!」

「何をって、好きな人とするもんだろ、接吻は。」

辛い片思いじゃ無くなる訳なんだな、と、心の底から安心した俺は優しく口付けをする。拒む事なくすんなりと受け入れてくれた事に更に気持ちが昂った。







「李典。」

ななしの声に目をうっすらと開ける。傍に座ってる彼女は微笑みながら空を見ている。

「ああ…寝ちまったのか、俺。」

同じく空を見れば夕日が沈みかけている、不思議と俺はまだ夢を見ているようだ。

「……夢、か。」

「ううん、夢じゃない。」

そう言って自分の唇を軽く押えて微笑む。理解した俺はゆっくりと身体を起こし、そんなななしを優しく抱き締めた。

(すげー口が痛い。)

(思い切り拭ったからだと思う。)