頬が熱いのは君のせい
「………………。」
スマホを手に握りしめてからおよそ15分以上、ソファの上で正座してそろそろ足が痺れてきた頃だ。一体何を躊躇っているのか、それはある男性への電話であり、何分初めて通話する為非常に緊張しているのだ。
今日の昼頃、彼が電話番号を教えて欲しいと言ってきたので互いに番号を交換した。教えたまでは良かったのだがいざ電話をしようとコールボタンに指を近づけると、もし彼の都合と重なったら、迷惑な時間ではないのか、と不安ばかりが頭を過って思い止まらせる。
「うう………二人きりで会話するのは平気なのに、どうして電話は駄目なんだろう。」
時計の針は10時丁度、彼の腰が落ち着くのは果たして何時頃なのだろうか。しかしそんな事言っていたら何時まで経っても電話など出来る筈もない。
「…………もし駄目でも謝ってすぐに切れば大丈夫だよね。」
勇気を振り絞りコールボタンを押して耳に当てる。プププ、という呼び出し音の地点で緊張度は最高潮に近い。下唇を軽く噛み締めて無言で待ち続ければ、いつもの低い声が聞こえた。
「もし、もし………法正さん。」
『遅いですよ、どれだけ待ったと思いますか。』
「ご、ごめんなさい……!その、かける勇気が出なくて………。」
『ああ、勿論待ちぼうけの話は冗談ですよ。そんなに緊張するもんですか、いつも真っ向から会話しているのに。』
「……はい、何だか……相手が見えないと、そういう風になってしまいます。」
スマホが心なしか熱く感じる。本体の熱量か、はたまた彼女の膨大な熱がスマホにまで伝わったのか、どちらにせよ右の耳が異様な程に熱い。彼の低い声も間近で囁かれている所為で溶けてしまいそうだ。
『それは困りましたね、今後の課題になりそうだ。』
「………あの、今何をしていましたか?」
『何をしていたと思いますか。』
「………遅めの夕飯、ですか。」
『いえ、外にいますからまだですよ。』
「え、そうなんですか……?じゃあ今は仕事帰りという事で……。」
『そんな所ですよ、ついでに言えば寄り道もしています。』
法正が寄り道をするなんて珍しい、よっぽど重要な何かを見つけたのだろうか。近くにあったクッションを抱きながらキョロキョロと忙しなく辺りを見渡す。
「珍しいですね、何かあったんですか?例えば……美味しいお店を見つけたとか。」
『いや、それよりもずっと良い所だ。』
ずっと良い所、まさかキャバクラとか……!ななしは決して言葉にはしないもの表情はとてつもなく曇る。いや、彼はそんな事しない、いつだって真正面から向き合ってくれた男性だ。初めての彼氏が彼で良かったと心から思えるのだから、それだけ信頼はしきっている。
「うーん、気になります……。」
『ヒントあげましょうか、そうですね……今いる所は…洋菓子店の【La lune et amour】だな。』
「え……それって私の家の近くにある店ですよね……!というより、法正さんの家から少し遠いじゃないですか。」
『なかなか美味しそうなケーキが並んでますね、ここは貴女もよく通われて?』
「あ、はい、そこのレモンケーキが一番オススメですよ!私凄く大好きなんです。良かったらお土産にどうですか?」
『ああ、それもいいかもしれませんね。』
その後の言葉が携帯から離れていた為かうまく聞き取れなかったが、彼は何と言ったのだろう。
「法正さん?」
『失礼、注文していました。』
「そうでしたか、是非とも食べて下さい、甘さも控えめなのできっと気に入ると思います。」
彼は店を出たのか、歩く息遣いだけが電話越しに聞こえてくる。ただそれだけなのに変に背筋が伸びて身体が緊張してしまう。不思議と心地良い、このままずっと彼の声を聞いていたいという想いが込み上げてくる。
『さて、そろそろ家だ。』
「え、法正さん引っ越ししたんですか……?」
『まさか、何ならそこの窓を開けてみたらどうです?』
窓、言われた通りにカーテンを開けて窓の外を見ると、そこには赤いマフラーをした法正の姿が。白い息を吐くと軽く手を上げて挨拶。
「…………………。」
『ああ、あまりの驚きに言葉も出ないですか。というよりもう電話の必要もありませんね。』
そのまま電源を切ると彼は玄関まで来てインターホンを鳴らす。我に返ったななしは慌ててリビングを飛び出してドアを開ければ、正真正銘の法正がケーキの袋を下げて立っていた。
「俺が言っていた、良い所はここですが。」
「え、あ……その……えっと、おかえりなさい?」
彼の家ではないが、とりあえずおかえりと言って家に上げる。突然の訪問に驚きはしたが何とか冷静にならなければ。
「とりあえずお茶用意しますね……!コートはそこに掛けて……わっ!?」
背中を向けると同時に後ろから思い切り抱き締められた。彼が纏っていた冷気がななしの身体に押し寄せて思わず震えてしまうが、あっという間に温度は元に戻って逆に火照ってきてしまう。
「え、あ、ほうせ、さ……!?」
「俺が本当に帰る所はいつだって貴女ですよ、ななし。」
くるりと振り向かされた次の瞬間には間近にある彼の顔、冷たい唇の感触がななしの暖かい唇に重なり互いの体温がぶつかり混ざり合う。突然のキスにまたまた驚かされるが、その甘さに侵されあっという間に濃厚な触れ合いへと変わっていく。
「んっ……。」
「……ああ、どうやら声だけでは満足できないようだ。貴女に会って触れないと気が済まない程に依存してる。」
黒い手袋を外しては生温い手で頬に触れ、求める様に再び口付ける。離さぬ様にしっかりと両手で押さえて何度も角度を変えては噛み付くようなキスを施した。
離れるとすっかり熱に呑まれてとろんと目を座らせるななし、すると濡れた唇を小さく動かして
「ん………法正さん…………心から愛してます。」
「………………、不意打ちを食らいましたよ、全く。」
満面の笑みをたたえれば彼は珍しく頬を染めて伏せ目になった。そんな表情はこの時以外に見る事はもうないだろう。思わず嬉しくなりちょっかいを出してみる。
「………照れて、ます?」
「気のせいですよ。」
「ふふ、可愛い……。」
「男が可愛いのは可笑しいだろ。」
呆れながらも長い黒髪を梳くように撫でて抱き寄せる。
「俺ではなく、貴女の方が愛らしいですよ。」
「……………っ、」
耳元で囁くのは反則だ、この低い声が大好きだから、もっともっと聞きたくなる、いっそこのまま溶かしてほしい。
「なら近い内に一緒に住みましょう。それなら毎日聞ける、そうでしょう?」
まさか彼は心が読めてしまうのか。
「………何でもお見通しなんですね、やっぱり法正さんには敵いません。」
そのまま暫く抱き合い、満足しきった所で買って来てくれたレモンケーキを美味しく頂いたのだった。
(今度はテレビ電話にしますか、それなら互いの顔が分かりますよ)
(そ、それはそれで恥ずかしい…かも……!)