ウェディング

「あ………綺麗。」

ガラスの向こう側に映るは純白のウェディングドレス。当てられるライトなど不要な程にその白さと眩さはななしの眼を惹き寄せた。

「いいなぁ……私も着てみたい。」

そう思った瞬間に過るは愛しい男の面影。

「…………でも、」

私と結婚まで考えているのだろうか、と不安な気持ちも同時に込み上げてくる。個人的には彼と結ばれたいし離れたくない。だがもし向こうはそんな気持ちがなく恋人のままでありたいとしたら、私はどうなってしまうのだろう。

仕事に一生懸命な彼が私は大好きだ、どんな障壁に阻まれてもやり遂げる姿にとことん惚れ惚れしている。だからこそ、今はそういう事は話さない方がいいのかもしれない。別に結婚なんて急かさずとも十分幸せじゃないか。

「………うう、家に帰るのが急に気まずくなってきた。」

そうとは頭で理解しつつも心は許してくれなさそうだ。家に待つのもその彼であり、果たして帰った時に平常心でいられるのだろうか、そんな重い足取りでマンションに辿り着いた。

「ああ、おかえり。」

法正はソファに座ってテレビを見ながらコーヒーを飲んでいる。まだ風呂には入っていないようだ、テーブルの様子を見ればご飯もまだのよう。

「うん、ただいま。帰るの遅れてごめんなさい、今からご飯作るから。」

「いえ、作っておきましたよ。疲れて帰ると思いまして、ね。」

その心遣いが嬉しくてつい頬を緩ませるが、ふと外した視線に見えるはテレビのウェディング特集。6月の花嫁という事で賑やかな結婚式が流れている。

「………………。」

「ななし、どうした。」

「へ?あ、ううん……ありがとうございま、す。」

なんとタイミングの悪い。生憎彼は私に目を向けているのでそれには気付いていないが、こちらもどういう顔していいか分からずただ笑いながら誤魔化すしかなかった。

「法正さんが作るなんて、なんか珍しいなぁ。」

「俺だって自炊位はする。大学の時はそうだったしな。」

「そうなんだ……何だか意外、です。」

テーブルに並べられるはカレーとサラダと軽いデザートで、見た目もまるでレストランで出される様な完璧な仕上がりだ。

「わぁ美味しそう……!何だか私の料理がつまらなく見えてきました……。」

「そんな事ないでしょう、少なくとも俺より経験してる筈ですし。」

「でも本格的にやり始めたのは大学に入ってからで、法正さんとの同棲がきっかけでしたよ?それまでは家庭科の成績はいつも2でしたし。」

「それは意外だな、つまり俺と住み始めてから上達したという事か。」

「そういう事になります、ね。」

同棲から始まった本格的な恋、それでもその先を彼は考えてくれているのだろうか。

『では新郎新婦様、ご入場です!』

テレビはまだ先の続きのようで、幸せそうに添う新郎新婦の姿が目に映る。それとなく見ながらカレーをスプーンで掬い取り、口の中に入れればそれはもう美味しくて。

「……………うん、美味しい。」

「それは良かった。」

いつもの険しい表情ではなく自然に頬を緩ませる法正。ああ、やっぱり彼とずっといたい。純白の衣装に身を包んで彼の隣でいつまでも笑い、彼の色に染め上げられて抱かれたい。





「………………ななし?」

名を呼ばれてようやく自分の今の状況に気付く。テレビを見ているわけでもなく、ご飯を食べているのでもなく、頬には薄く雫が流れ落ちていた。

「え………あ、その。」

「何かあったのか。」

「違うんです!あまりに美味しくてつい涙が……っ。」

分かりやすい嘘だな、なんて馬鹿にしながらも言えば言うほど涙が大粒に変わっていき、終いには視界が滲んで何も見えなくなってしまった。愛しい彼の姿もぼやけて距離がやけに遠く感じる。

「変な嘘はよせ。何があったのか言ってみろ。」

椅子から立ち上がった音が聞こえたと思えばいつの間にか法正は目の前まで迫っている。

「……………………。」

「………ななし…………。」

頬に滑らせる手が暖かくて、愛おしくて。

「…………私、結婚したいんです……。」

「……………は、」

法正は思い切り目を丸くした。驚くのも無理はない、いきなり結婚したいだなんて言われても返答に詰まらない訳がない。それでもその優しさに縋ってしまい言ってしまったことを酷く後悔する。

「や……えっと………っ、忘れてください……!!今のは、何でもな……っ。」

どうしていいか分からず動揺していると不意に手を取られて法正に抱き締められてしまう。あまりにも突然すぎて微動だに出来なかった。

「法正……さん!?」

「ああ、俺は貴女をそこまで不安にさせていましたか。」

「いえ、ごめんなさい違うんです!これは私の勝手な思い込みですので……!法正さんは何も悪くないです………。」

これ程大切に思われて愛してくれているのに私はなんて我儘なのだろう。こうして彼に迷惑をかけていたら元も子もないではないか。

「ななし。」

背中を優しく擦る動作に心地よさを感じて思わず身を委ねてしまうが、涙は相変わらず静かに流れ続けている。彼の表情は見えないが、またいつもの様に眉間に皺を寄せているのだろう。折角作ってくれたのにこんな気まずい雰囲気にして、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「言ったじゃないですか、報いると。」

それでも、彼は決して怒らなかった。

「…………え。」

「貴女に告白した時の言葉、忘れたとは言わせませんよ。生涯かけて報いると確かに言った、それは今でも変わらない。」

「………………。」

「幸せにしますよ、必ず。」

そう言ってゆっくり離れると自分の部屋に向かう。何かを探しているようだが暗くてこちらからではよく見えない。そして何を思ったのかリビングとテレビの電気を消して部屋を真っ暗にした。

「え、あ、何も見えない…法正さん、何処に……。」

「そのまま動かないで下さい。」

ギシ、と床が鳴る音で法正のいる場所を何とか確認出来るが、何故こういう事をするのだろうか。ななしは疑問に思いながらも言われた通りに待っていると手に何かが触れる。

「………?」

そのまま動かずにいれば頬にもう片方の手が触れて唇の場所を確認される。触れられた指で唇がやけに熱い。そうして法正はななしの唇にそっと己の唇を重ねた。

「んっ。」

いきなりで驚きはしたが、ゆっくりと優しく深い口付けに溶かされながら、互いに交わす息が暗い部屋に溶け込んでいく。角度を変えて吸い付いたり、時に下唇を甘噛みしたり。

「……ふ、法正……さ……。」

「………は、ななし………。」

離れぬよう何度も名前を呼んで確かめ求め合った。いつしか涙も止まり、満たされていく心。




そうして暫く甘い時間を堪能すればふと左手に違和感を覚える。

「……………え。」

「………気付きましたか。」

満足そうに彼は立ち上がり電気を点けると左薬指がキラリと光った。あまりの出来事に思わず大きく口を開けてしまう。

「これって……婚約、指輪……。」

「こんな悪党の伴侶になれるのはななししかいないだろ。故に結婚したいと、そう言ったからにはもう逃げられませんよ?……結婚するまでこの指輪を外す事は決して許しませんから、覚悟しろ。」

「………………っ………………。」

「ああ、今度は嬉し涙ですか。今日は忙しいですね。」

やっと引っ込んだのに、また涙が出てしまった。それでも流さずにはいられない、彼は、生涯共にしてくれると誓ってくれたのだから。

「ありがとう、ございます。」

「………礼は、今夜たっぷりと頂きますから。」

涙を流しながらもななしは冷めないうちにと残ったカレーを嬉しそうに食べたのだった。




(来月は6月か、悪くないな)