誰よりも傍にいたい人

「落ち着けよ、俺……今日は絶対に成功させるぞ。」

今日は待ちに待ったクリスマス、テレビも街もそればかりでカップルは楽しそうに歩いている。いつもなら家で頬杖ついて適当な番組をグルグル回して終わるのだが、今年の李典はいつもと違って孤独な夜は過ごさない。心から行きたいと思える彼女がついに出来たのだ、故に失敗だけはしたくないと増して気合が入る。

「えっと、まずは店を回るだろ……それから飯食って。……。」

「李典!」

予定を何度も確認するように空に向かって呟いていると、向こうから駆け寄る一人の女性。赤いマフラーにチェックの黒スカート、どこからどう見ても愛らしい以外の言葉は見つからない。

「お、おう、ななし。」

「あ……顔赤い、もしかして随分待った?ごめんね。」

確かに約束の一時間前に来てしまった事で身体は芯まで冷えきっている、だがそれよりもななしが来た事で熱が産生されて変な意味で燃えているのかもしれない。李典は青いマフラーを口元まで寄せて目を逸らす。

「いーや、そんなに待ってないぜ。こんなに寒けりゃ顔だってすぐ赤くなっちまうだろ。そう言うななしだって赤いからな。」

「そ、そっか、じゃあ何か温かい物でも食べに行こうか。」

「じゃあ俺がオススメするとびっきり美味い店があるから、そこにしよう。」

「うん、分かった!」

ななしが照れくさそうに歩き出せばその隣を李典がぎこちなく歩き、手を繋ぐかどうかで気持ちが左右に揺らぎ始める。白くて綺麗なその手に触れて一緒に歩くのをどれだけ願っているか、別に疚しい事は考えていない、筈だ。周りだって自然と手を繋いでいるわけで。

「あー…その、だな、ななし。」

「ん?何処か行きたいお店あった?」

「ん、そうじゃなくて。」

「………?何だかいつもと違う李典だね。クリスマスだから気持ちが高まってるのかな、私も人の事言えないけど。」

くすりと笑って店に並ぶ可愛らしいネックレスやコートを目を輝かせて眺める。確かにクリスマスで気持ちは高揚しているが、それよりも何よりもななしと一緒に過ごせる事が夢じゃないのかと思わず頬を抓りたくなるのだ。次こそ、次こそ必ずその手を繋ぐ、李典はそんなななしの後ろ姿を見て己の拳を握った。


予め決めておいた店に入り景色が見える窓際の席に座るとお互いマフラーを外して大きく息をつく。外はまだ雪が降っておらず冷たい風だけが僅かに残った枯れ葉を揺らしていた。

「雪降るかな、降ったら夜のイルミネーションとか凄く綺麗だろうね。」

「ああ、天気予報では夜辺り降るって書いてあったから絶対に平気だろ。俺の勘もそう告げてるぜ。」

「良かった、初めてのクリスマスデートだから、雪降って欲しかったんだ。」

「………お、初めてだったのか。てっきりあるのかと思ってた、俺。」

「ううん、李典が初めての彼氏さん。高校の頃はメアド交換くらいしかしていなかったし。」

こんな思いやりのある子が今まで彼氏なしとは思えない、同時に自分には勿体無いと思わせる程に彼女は完璧だ。決して過大評価している訳ではなく、本当に人が気付かない所まで気の利いた優しさを持っている。

ああ、このまま傍にいてくれたのなら。

「………李典?」

「ん、ああ、何でもない。何食うか。」

誤魔化すようにメニューを開いた。









「あのお店気に入っちゃった、また今度行こうかな!」

「気に入ったなら良かったぜ。それにほら、タイミングよく雪も降り始めてきた。さすが俺の勘はよく当たるな。」

空を見れば白い雪がちらほらと舞い落ちてじんわりと地面を濡らしていく。ななしは手を翳し雪に触れては無邪気そうに笑顔を見せた。

「本当だ!やった……雪だるま作れるかな。」

「気が早いな、さすがに次の日まで降らないと作れないぜ?それに都会はあまり降らないからな、ちょっと厳しいだろうよ。」

「残念、じゃあ李典の勘はやっぱり積もらない方向かな。」

「かもな、でも絶対に積もるって思っておいてやるぜ、俺。」

「ありがとう、その気持ちだけでも嬉しいよ。」

彼女の手を見れば寒さの所為で少しばかり赤くなっている、つまり今が握るチャンスだ。李典はポケットから手を出して同じ様に宙へと振り翳した。

「……………李典?」

意味もなく空回りする手、雪を掴みたい訳じゃないのに。頭では分かっているが身体はやはり素直じゃない。そんなもどかしさがあるから何時まで経っても前に進めない、気持ちが伝えられない。

伝えなければ、雪のように彼女が消えてしまうその前に。




「…………ああっ、やっぱり無理だ!」

手を繋ぐ事を通り越して、李典はななしの腕を引っ張るとそのまま腕に閉じ込めた。勢いとはいえ、やってしまった焦りと後悔が巡って全身を寒さ以上に酷く強張らせる。しかしそれを上回る衝動が密着する体を離そうとはしなかった。

「え、あ……りて………。」

「なぁ、ななし、俺さ………言いたい事がある。」

「……………な、に?」

何を言うつもりだ、寒さで震える訳でないこの口で。浮かぶ言葉は一つしかない。

「……………俺と結婚してくれ。」

何言ってんだ、俺。

「結婚…………っ!?」

「ななしと一緒にいると………凄く安心するんだ……。」

ぎゅう、と力を込めればななしの身体は縮こまってほろ甘い香りと温もりが伝わってくる。感じた事のない心地良さは李典の凍っていた心を緩やかに溶かした。



目を閉じて暗い瞼の裏に映るは昔の自分、大して好きでもないくせに向こうが好きと言ってきたら簡単に受け入れていたあの頃。クリスマスだって本当は家で過ごしていたかったのに、無理矢理連れ出しては食事に誘った女達。正直楽しくなかった、こんなに周りは楽しそうで幸せそうなのに自分だけがまるで仲間外れのような気分で。

だから毎年クリスマスに別れを告げては孤独な夜を過ごしてきた。皆泣きはしたがそんなの本心でないのは分かっていた、だからこそ降る雪のように冷たい態度で振り払ったのだ。

しかしそんな中出会ったのがななし、他の人とは全く違った雰囲気と人柄に初めて胸が焼ける程恋しいと感じた。嫌いだったクリスマスで外に行きたいと思えるようになったのも彼女のお陰だ、今こうして抱き締めるのも告白するのもそれだけ愛しいと思ったから。

彼女となら、俺は。

「李典………えっと………私。」

「やっぱり……駄目か?……いやまぁ、いきなりだからな……。」

「違うの………!その、嬉しいよ……私で良ければ宜しくお願いします……。」

李典は頭を殴られたかの様な衝撃を受けて再び固まり、口をぽっかりと開けては忙しく目を泳がせた。まさか唐突に放った告白を受け入れるとは思わず心臓が破裂する位に波打っている。

「ななし………いいのか、俺で。」

「李典が初めての彼氏で良かったって、心から思ってるの。この人となら死ぬまで一緒にいてもいいって。」

「……………ななし……………。」

「大好き。」

ふわりと身体が離れるとななしは微笑んで優しく口付けた。李典は何も言えずそのキスを受け入れては頬を赤く染める。

「今度の顔が赤いのは、恥ずかしかった?」

「そりゃあ………見事に俺の勘が外れたからな。でも、今回は外れて良かった。」

李典は静かに笑うと今度は自分から彼女に優しく唇を重ねた。舞い落ちる粉雪は結ばれた二人を包むように祝福したのだった。




(そんなななしも顔が真っ赤だ)

(やっぱり、恥ずかしかったから)