「…………。」
ここは女中が使用する部屋の押入れ。なぜこの様な所にいるか、それは法正から逃れる為である。
見つかればどんな仕置をされるか、想像しただけでも背筋が凍る。しかしどの位いたのだろうか、身体の節々が痛み始めてきた。
「…………!」
「おい、ななしを見なかったか。」
法正の苛立ちの混じった声、どうやら片っ端から聞き出しているようだ。
女中は存じないと首を横に降ったが、彼は不快な顔を示した。汗が一筋垂れる女中、しかし淡々と誤魔化しその場をどうにか乗り切ろうと奮闘する。すると彼は納得したのか、その場を去って行く足音が聞こえた。
「…………。」
様子を見る為開けようとした瞬間、衝撃音が響いた。何事かと飛び出せばとんでも無い光景が目に飛び込んで来た。
「ななし様……!」
法正が女中の首を掴み、妙な液体を口に零しかけている。睨む目がすっとななしの方へ流せば口は異様な程に弧を描く。
悪党、その名が今こそ相応しいのではと恐怖がじわじわ広がる。ここまでするとは思っていなかっただけに震えが止まらない。
「法正さん…!そこまでしなくても!」
「誰の所為でそうなってると思いますか?ええ、勿論ななしの所為です。
…俺から離れようとするからいけないんだろ。」
掴んだ手で女中を思い切り倒す。そして液体を身体にぶち撒けると空になった器を外に投げ捨てる。パリンと割れる音がやけに近く鼓膜に響いた。
「あと少しで死に至る毒に侵されてましたよ。……命拾いしたな。」
くつくつと笑って見下ろせば女中はあまりの恐怖で気を失ってしまった。二人きりになった所で本題、先と打って変わり彼は表情を顰める。
「俺が嫌いですか。」
「……好きです。ですが、法正さんは私に依存しすぎなんです。それ故苦しいんです。」
「俺を避ければ避ける程、被害は大きいと思いますよ。言ってる意味、分からないなんて事はないですよね?」
「………。」
これでは自由など無いに等しい。とは言え、下手に拒めば歪んだ愛の末、毒を盛りかねない。
「さぁ、戻りますよ。」
差し出されるこの手でいつか終わりを告げられるのだろうか。それでもその手をとってしまう私はもうとっくに毒が回りきっているのだろう。
願わくば、これが私への恩返しという間違った概念を打ち消して欲しい。
愛はそんな形ではないのだから。
(貴女を手放すぐらいなら殺した方がましだ)