吸血鬼と魔女

「Trick or Treat. 貴女を差し出さなければ今ここで報いよう。」

「……………おかしいです、それ。」

10月31日といえばハロウィン、いつもと違う世界が広がり、仮装した人々で街は大いに賑わう。今目の前にいる男もその一人なのだが、明らかに仰ってる意味が違う。『お菓子くれなきゃいたずらするぞ!』が正しいのだが、予想斜め上の言動だ。

「つれないですね、人が折角嫌々ながらもこの衣装に身を包んで台詞まで言ったのに。」

「嫌がったんですか……ですよね、法正さんが進んで着るような優しい人柄じゃありませんし……ごめんなさい牙を向けないでください。」

法正が仮装しているのはヴァンパイア、似合い過ぎて思わず写真に収めたくなる。牙もやけにリアルで本当に首に噛み付かれそうだ、想像しただけで背中がぞくぞくしてくる。

「ああ、そんなに噛み付いて欲しいんですか。いいですよ、どうせなら今夜貴女をたっぷりと愉しませ……。」

「結構です!本当に血を吸われてしまいそうですから。」

それは残念、と嘘かホントか分からない台詞を呟いて唇を尖らせた。本当に彼はあの法正なのだろうか、と疑いたくなる程になりきっている。

「ところで、貴女は仮装しないんですか。」

「あ、えっと……一応魔女の衣装貰ったんですけど、着る勇気がなくて……放置です。」

「勿体無い、どうせ一日だけの祭、着てみては如何です。」

「………………。」

あの衣装だけはどうしても見られたくない。魔女は魔女でも全身黒づくめのリンゴ持った魔女とは大分かけ離れているのだ。想像以上に露出度が高く、もはや萌えアニメとしての魔女っ子というのが正確かもしれない。

彼に見られたら、生きて帰れる保証がない。

「私、今あんまり体調良くないんですよ。ですから、長時間は立っていられないというか……。」

「…………にしては、随分と先程からお菓子を食べていますね。」

しまった、部屋にあるお菓子の残骸を見られてしまった。これではもう言い訳の仕様がない。

「……………どうしてもしないと言うのであれば。」

コツコツと靴の音を鳴らしてご機嫌良く歩み寄る。赤い目を妖しく光らせ、鋭利な牙を見せつけた。その姿は本当のヴァンパイアのようで、身体はあっという間に強張ってしまう。

「今ここで………最高の快楽を与えよう。」

マントを翻して男は笑った。
















「………………。」

結局着せられてしまった。胸や脚の風当たりがやけに良く、羞恥でいっぱいになる。隣で満足そうに笑みを浮かべる吸血鬼に嫌々訴えても何一つ効果は得られない。

「似合ってるじゃないですか。」

「恥ずかしくて死んでしまいそうです……。」

ふるふる首を振って法正のマントを強く握り全身を隠そうと試みるが、呆気無く引っ張り返されてしまう。彼の悪戯心なのか、歩みを早められ少しずつだが距離が遠のいていった。

周りの視線がこちらに向いている気がしてままならない。早く終わればいいのに、ただそう思うだけだった。

「………………。」

数人の男がこちらを見て何かを話している。やはり何処か可笑しかったのだろうか、出来るだけ視界から消そうと俯いた。

「可愛いな、あの子。」

「確かに、じゃあ俺がトリックオアトリート、言ってくるよ。そんで彼女ゲットしちゃったりして!」

前にいた法正だけは聞こえた、非常に気に食わない台詞が。

「おい。」

少しばかり先に行ってしまった法正がこちらを振り向いて声を掛ける。思わず足を止めて立ち尽くした。

颯爽と歩く姿に目を奪われ、気が付けば目の前まで迫る法正。

「…………わっ!」

そしてマントが大きくななしに振り被ったのと同時に視界が一気に暗闇へと誘われた。

「やだ……っ何も見えな………!」

「黙ってろ。」

不意に背中に回る腕に驚きながらも、不思議と安心する心。

(………これって。)

どういう訳か、法正はマントで彼女の全身を包み、強く抱き締める。外からの冷気が完全に遮断され、彼からの温もりがほんのり伝わった。周りは人が多くいるというのに、嫌な気は全くしない。


「なんだ、男がいるじゃんよ……。」

男達は肩を落として渋々その場を去った。それを確認した法正は腕の中で大人しくするななしを見下ろした。心なしか耳まで真っ赤だ。

「成程、貴女にも色気はあったという事だ。」

「……それ、どういう事ですか!」

「ああ失礼、独り言ですよ。……とりあえず俺のマントで身体隠しておいて下さい。後々風邪をひかれると厄介ですし。」

身体が離れると何処か名残惜しさを感じる。法正はマントを取り外してななしの肩に掛けた。

「………ありがとう、ございます。」

意図が読めなかったが、少し嬉しかった。














「折れるまで何度でも言います、Trick or Treat. 貴女を差し出さなければ、必ず報いよう。」

「…………。」

祭りは無事楽しく終わったにもかかわらず、眼前の男は未だ懲りない。

「私が欲しいってどういう事ですか……お菓子ならともかく。」

「そのまんまの意味ですよ。貴女がどうしようもなく欲しい……菓子よりもずっと、俺を恍惚させる程に。」

ギシリ、とソファがへこんで彼は静かに近付く。しかしその事に気付いた時にはもう既に遅し。


「…………さて、今宵貴女をどう愉しませようか。」

法正は今日一番の笑みを浮かべてななしの唇に噛み付いた。




(悪戯だけでは物足りない)