「あ、ありがとう?」
たどたどしく感謝の言葉を述べるのは徐庶という一般的な男性会社員。では誰に向かってその言葉を言っているのか、それは目の前で頬を染めて初々しく恥じらっている若き女性会社員である。手のひらよりも大きく、綺麗にラッピングされている、言うなれば本命チョコを受け取っていた瞬間であった。
そう、今日は男女共に戦慄が走るバレンタインデーである。徐庶はまさか会社で貰えるとは想定しておらず無防備に出勤していたのだが、これまた想定の範囲外、多くの女性が彼めがけて突っ走ってきた。こんな小説やドラマのようなシチュエーションがこの世に起きるものなのか。絶対に有り得ない、これは夢か何かだと彼は頭の中で必死に巡らせていたが、眼前で懸命な顔つきをされてしまったら夢だろうと現実だろうと断ろうにも断れない。貰うのはこれで七人目、本当に起こり得ない現象だ。
「ああ………困ったな。」
しかしこうして幾人から本命を貰っても、それに応える事が出来ない。何故なら徐庶にも本命がいるからである。その本命は同じ会社にはいない、彼女は大学生四年生。今もまだ同棲はしてなく、重なる休日に会ったりする程度。それでもれっきとした恋人であるのだが、徐庶本人がそれを誰にも公言していない為、こうして今も知らぬ女性達が一心に群がるという何とも悲しき事態に。
そもそもそういう事実を言わずにすんなり受け取る自分も悪い。後から実は彼女がいました、なんて聞いたら女性達は一同に憤慨するであろう。最初の内に言ってくれれば傷は浅くて済んだものの、何故受け取っておきながら今更そんな事を口にするのか。そんな考えが過った徐庶は酷く懊悩した。断れない優柔不断さが皆を苦しめてしまっている、と考えたのであれば今からでも遅くはない、このチョコを一人一人に謝罪しながら返却しようと。
「随分とお悩みのようだな。」
「法正さん………。」
ひょっこり顔を出したのは法正と呼ばれるインテリ風な男性。その表情はうっすらと笑みを浮かべ面白がっているようにも見える。
「何故いる事を告げない。お前、本当は彼女がいるんだろう。」
「………!どうしてそれを。」
「あれだけスマホ画面のツーショットを眺めていれば嫌でも分かるだろうよ。」
「うう、バレていたんですね……。それでも勇気持って断り切れず、結局受け取ってしまう始末でして……。」
「それをお前の女が知った時、どう思うだろうね?」
「………っ………。」
「ま、悲しむだろうな。それにその彼女だって今日の日の為に作ってるんじゃないのか。それ知ったら今後一切渡さなくなるぞ。」
「…………俺は、なんて馬鹿な事を……。でも、今更返す訳にも………。」
「なら、適当にあげてしまえ。」
「………誰にですか。」
「チョコ貰えず頭を抱えている男に、だ。そっと机の中に入れておけばバレないだろう。」
「そんな事出来る訳ないじゃないですか。結論両方悲しませる事になりますよ…。」
「ああ、本当に彼女の事を思っているのであれば、女共に事実を突き付けて返せる……そうだろう……?俺ならはっきりと断ってしまいますけどね、自分で言うのも何ですが、これでも一筋ですし。」
「…………強いですね、法正さん。」
「いい加減吹っ切れろよ、お前も出来ない訳じゃないだろう?」
法正の放つ言葉はどれも理路整然としていて、徐庶も揺れていた気持ちが漸く固まっていく。
「ええ、そうします。俺の支えになるのはななしだけですし。」
「ほう、ななしって言うのか。」
「………会って変な事吹きこまないで下さい……。」
「今後一回でもお前が手放すような言動をしたら、考える。」
そう言い残して彼は自分のデスクに戻っていった。ここからが本番、どんな手痛い仕打ちを食らったとしても、ななしの事を思えばきっと乗り越えられるだろう。机の上に置かれた紙袋を手にして徐庶は深く頷いた。
「………はぁ。」
当然ボロボロ、全て返す事や断る事は出来たが、各々泣きそうな顔したり悔しそうな顔したりと女の裏の顔を見るハメに。それでも自分がやった行いは間違いじゃない、そう言い聞かせてトボトボ向かうはななしの家。事前に連絡をしていないが、この通り辺りも暗くとっぷり夜を迎えている。大学も終わって既に在宅している筈だ。
「……………でも、行った所でなんて言おうか。」
面と向かってチョコ下さい、なんて言うのもおかしい。偶然こっちに来る機会があったから寄ったと言えば都合はいいだろうか。
何だかんだ考えながら家の前に着くと、煌々と部屋の明かりがカーテンの隙間から漏れている。どうやら家には居るようだが。
「…………メール?」
考え事に気を取られすっかり疎かになっていた携帯。よく見ると不在着信とメールが一回ずつ入ってて、どちらもななしから。慌てて中身を見ると
「………………………。」
【もし時間がありましたら、これから家に行っても良いですか。】
ちょうど十分前の話、つまり返事をすれば外に出てきてくれるという事だ。いっそ電話してしまおう、徐庶はコールボタンを押して彼女に繋ぐ。
『はい、もしもし。』
「ああ、ごめんね。会社が終わって帰っている所だったんだ。」
『あ………ごめんなさい………。』
「いや、君が謝る事じゃない……!その、さっきのメールの事なんだけれども。」
『あの、疲れているようでしたらまた別の機会にでも……!』
ちらりと目線を外すとカーテンに映る影が右往左往している。どうやら慌てているようだ、思わずクスリと笑みをこぼしてしまう。
『えっと……どうしましたか?』
「ううん、何でもないよ。じゃあ今から外に出てくれるかな?」
「外………ですか?」
ふらりと影がなくなると暫くして玄関のドアが控えめに開く。ひょっこりと顔を覗かせてキョロキョロしていると、そこには待ち構える徐庶の姿。
「え…………ええ!ずっと家の前にいたんですか!」
「あはは、驚いたかい?」
「勿論です………外出てって言うから何事かと………。」
「どうしても君の顔が見たくて。」
さらっと言うが、少し恥ずかしい。当然ななしの顔も驚くようにみるみる赤くなっていく。
「もう………でも、会いに来てくれて嬉しいです。どうぞ、中に入って下さい。」
お言葉に甘えて徐庶は家の中に上がり込む。玄関に置かれたアロマの香りが一瞬鼻についた。見渡せばどれも埃一つ被ってない整頓された棚ばかり。
「やっぱり君の部屋はいつ来ても綺麗だ。羨ましいよ。」
「そうですか?一応毎日掃除はしていますが……。でも、徐庶さんの部屋もとても整理されてますし、十分綺麗だと思いますよ。」
リビングに行くと今度は別の匂いが鼻を擽る。苦いカカオと甘いミルクが混ざり合い、これは紛う事無きチョコレート。期待と不安が心を過り、途端に表情は固くなる。
「ななし。」
「……………食べて、くれますか。」
先程出来上がった物だろう、使用した道具がそのまま台所や机に置いてあり、ラッピングの方を先に丁寧に仕上げている。こちらの家に寄ってから後片付けをするつもりだったのだろう。
「勿論だ、俺の為に作ってくれたんだから。」
箱を開けるとそこには四角いチョコが規則的に並んでいた。所謂生チョコレート、小さなピックで刺して口の中に入れればほんのり広がる苦味と甘味。
「……凄く……美味しい。」
「本当に!良かった………生チョコ初めて作ったから……。」
ほっと胸を撫で下ろすななし。そんな姿を愛おしく思い、今日の出来事が綺麗さっぱり頭から離れていく。一番辛かったかもしれないが、一番正しい事だった。
「………………。(ああ)」
やっぱり心の支えになるのは彼女しかいない、そう誓った時には自分の身体は真っ先に動いていた。
「徐庶、さん…?」
「………ななし。」
ごめんね、と。迷いを捨て切る事が出来なかった俺を。許してくれとは言わない、それでも。
「………その……今から、お返ししてもいいかい。」
「チョコの、お返しですか……?」
こくりと頷いて、抱き締めていた腕に数段力を込めた。彼女の身体を壊さぬように優しく、決して離さぬように強く。
「君を今すぐにでも愛したいんだ……もう、止められそうにない………。」
ななしの髪から香る石鹸の香りに心地良さと別の何かが込み上げてくる。きっと抱きたい衝動だ、物凄く彼女の全てが欲しい。徐庶は目を細めながら深く深呼吸を繰り返した。
「ななし………………。」
切なげに小さく名前を呼べば、ななしもそれに応えるべく腕を背中に回す。擦る心地良さにうっとりとしながらも、徐庶は僅かに身体の距離を取ってゆっくり顔を近付けた。
「…………ん。」
ぽってりと柔い唇を貪るように、角度を変えながら幾度も吸い上げる。時々舌を彼女の開いた唇の間に滑り込ませ、器用に逃げていく舌を絡めとっていく。互いの唾液をぬるりと混ぜ合わせ、銀の糸を引いてはまた繋げて。
「徐庶、さ…………っ………。」
「ん、元直……。」
下の名前で呼んで、心で言葉を交わせばその通りにななしは何度も求めるように名前を呼ぶ。勿論そんな甘い声で呼ばれたら、理性が耐え切れるわけがない。
「っ、駄目だ…………。」
するりと手は太腿を這って下へと伸びていく。中を弄り丘に指を滑らせればそれだけで分かる、彼女の欲情感。キスで既に感じてくれている、となれば気持ちは愛撫に走っていく。
「ん………っ………ふ…………。」
唇をキュッと噛み締めて耐えようとする姿にますます奮闘する徐庶。下着を横にずらして指を一本中に挿入させる。
「痛くないかい……。」
彼の行為によって既に膜は破られているが、度々身体を重ねている訳ではない。故に、最初の慣らしでも痛かったのであれば無理強いはさせないのが彼の本音。好きだからこそ、気持ちよくなって欲しい。その為には必ず意思を尊重する。
「ん、平気………。」
その言葉を聞いて納得すると、奥へと太い指を進めていく。前進する度に絡め取られる粘液に若干興奮を覚えながら、何とか気持ちを抑え込んで曲げたり伸ばしたりと屈伸を繰り返した。その度にななしは喘ぎを漏らして苦悶の表情を浮かべ、徐庶の腰に激しくしがみつく。がたがたと揺さぶられ、その衝撃で彼の象徴もみるみる猛々しくなり、熱を持った下半身は苦しくなる。
「あ、う………ななし……っ………。」
息を詰まらせ、彼もまた苦悶に顔を歪める。早く挿れたいが、急く事は禁物。指を引き抜くと徐庶はゆっくりと膝をついてななしの下半身に顔を寄せた。
「……………!元直、さ、ぁ………!?」
邪魔な下着を取っ払い、真っ赤な舌を突き出して、中にぬるりと異物を侵入させていく。指とは違った妙な感覚にななしは嬉しい悲鳴を上げて背中にあるテーブルに手をついた。
「あっ、あぁ………っ、それ、駄目………!!」
「ん、嬉しそうだよ……本当は、そうでしょ?」
徐庶が話しかける度に熱い吐息が掛かり、擽ったさと気持ち良さが交差する。どうにもおかしくなりそうで、ななしは首を一心不乱に横へと振る。
「話し、かけちゃ………あぁっ。」
「あ、ええと………ごめん。」
そうは言いつつも唇で入り口を覆い、膨れる豆を舌先で執拗に攻め立てれば、限界を迎えた彼女は脚をがくつかせ一際高い声を上げて一気に果てる。あまりの快楽に目眩を起こし、溢れた液は太腿を伝ってドロっと徐庶の舌へと流れていった。何とも言えぬ味だが、彼は嬉しそうに舌なめずりをして笑う。
「ん………やっぱり気持ち良かったんだね。」
崩れ落ちそうになるのを支えつつ、今度はななしをテーブルに手を付かせて後ろ向きにさせる。未だ余韻に浸り茫然とするななしだが、そんな事すら掻き消す程に新たなる絶頂が再び押し寄せて来る。刹那ぞくりと肌が粟立ち、快感の波が彼女を丸々呑み込んだ。
「ひっ、あ、ぁあ……っ!」
ずぶり、容赦無い突きが下腹部に伸し掛かる。すんなりと中を通したが、狭い事もあってか締め付ける力が尋常ではない。律動させねばそれだけであっという間に吐出してしまうだろう、徐庶は腰を引いて勢い良く突き刺した。ビクッと脈を打つ男根は彼女の膣内を堪能するように摩擦を繰り返していく。先走る液と混合し、内部は二つの濁液によって十分侵された。
「は、ぁ………っ……ななし……ななし………!」
一突き、また一突き。そうする毎にテーブルが前へ前へと移動して、ななしの態勢もうつ伏せた状態へと変化する。嬌声を木霊させながら何度も彼の名前を呼び、彼への愛の言葉を叫ぶ。ふと目の前に置かれたチョコが目に入ると、徐庶は更に律動を速めて激しく内部を撹拌させ、そして彼女の奥へと多くの精を放った。自分の為だけに作ってくれた贈り物、それを思うだけで無性に愛くるしさを覚え、理性をも一瞬にして失う。二度目の絶頂を迎えたななしは汗と涙を机上に落として、荒々しい息を吐いた。未だ中で放たれる液をその身に感じ、ふるりと身体を震わせる。
「すまない………無理をさせてしまった………。」
「…………大丈夫、です…………。」
疲労に襲われながらも、ななしは精一杯の笑顔を向ける。そのまま抱き締めると、彼女は嬉しそうに瞼を閉じた。
「好きだ………いや、愛している……ずっと、俺の側にいてくれ………。」
耳元で小さく囁くと、彼もまた瞼を閉じて幸せそうに微笑んだ。
「………ふふ。」
「気色悪い。」
「そんな、気色悪いって………。」
「いちいち女から貰ったチョコを会社に持ってくる事自体どうかしてる。そんなに嬉しいか、逐一見せびらかしたいか。」
「ええと、そう言うつもりでは……。ただ……こうしていると、何か安心すると言いますか……。」
「はあ、俺には理解出来ませんね。」
「法正さんもいつか大切な人が出来たら、この意味分かってくれます。」
「出来たとしても持って行かないがな。」
「本当に、そうですかね。」
「気に食わん、さっさと交渉に行け。そして当分帰ってくるな。」
「あはは……相変わらず言葉がキツイですね……。行ってきます。」
彼はああ言っているが、案外職場に持って来るタイプかもしれない。徐庶は心で微笑ましく思いながらチョコを口の中に放り込んで、上機嫌に会社を後にしたのだった。
(ふざけやがって………誰が持って行くか……誰が………)