あと少しで君の心

「………。」

分かってはいる、自分に何度もそう言い聞かせては箱を悔しそうに眺める一人の男、鍾会。何を分かっているのかというと、正直何も理解する事が出来ていない。なのに気持ちと行動は何故か矛盾していて、この手に乗っかる箱の存在が余計に彼を苦しませている。

「何をしているんだ私は。」

もう片手には携帯を手汗が移ってしまうんじゃないかと言わんばかりに固く握りしめており、両の手を塞ぐ輩共で果たして何時間が過ぎていったのだろうかと焦りと後悔が頭の中を渦巻いていく。

さっさと済ませてしまえばいい、誇り高き自分が何故このような状況に陥っているのだ、何度目か分からない溜息を零しながら遂に鍾会は椅子にどっかりと座り込んでしまう。

「ええい、ハッキリとしない贈り物などしやがって。」

ギリッと歯を鳴らして指先で机をリズミカルに叩き、鍾会は机に置いた綺麗な箱を恨めしく見つめた。

「『はい、どうぞ。』と言うだけで肝心の言葉を聞いていないのだから、これは義理だろうな。ああ、きっとそうに違いない。」

「いや、くれたという事は当然そんな気あってなのだから、本命以外の何物でもないだろうよ。」

「………選ばれしこの私が何故悩まなければいけないのだ。そもそもこんな魅力的な私を好きにならない奴なんていないものか!」

「思えばアイツは昔っから曖昧な所ばかりで、散々私を同じ地に落とすような行動ばかりをしてくる。」

「いっそ、お前なんか……!」

こんなに独り言と指で髪を弄る癖が頻繁になったのは言うまでもない。

「……………教えてくれ。」

私は、この女をどう思っているのか。昔馴染という決められた関係だけならとっくに相手にはしていない。が、昔馴染以上の気持ちを心の何処かで感じているのは自分でもハッキリと分かっている。
彼女の姿を目にする度に普段感じる事のないような、胸の痛みが、心の空虚が、英才という存在に固められた鉄壁な鍾会に影響していくのだ。
勿論自分に相応しいと思った女と付きあった事もある、この手で抱いた夜も何度かあった。が、どれもしっくりと来ない、それどころかたった数日で感じていた魅力が一気に削がれて興味すら持たなくなり、一週間も持った女など一人も存在しない程の飽き性ーーどうにも冷め切ってしまうのが今までの自分。

なのに、彼女はどうだろう。昔馴染という縛られた関係はさておき、あの女とかれこれ15年は絆している。買い物に付き合ってほしいと言われたら別に嫌な気もしないからと、出来るだけ断りの数も減らして会いに行ったり、溜まった仕事を放り出してまで自ら顔を見せるときもあった。

……理由は?そんなの、自分でも理解が出来ない。ただ、顔を合さない日があると無性に機嫌が悪いのは確かだ。他の奴と会っている姿を想像しているだけで、変に上の空になってたりもする。

「…………。」

ーーいい加減、この曖昧な温い関係にも飽きが来ている。この機に柄にもなく自分の想いを伝えてもいい頃かもしれない。

鍾会はすくっと立ち上がると、携帯の液晶に指を滑らせて、彼女の電話番号にタップする。ルルル、という発信音の中何を思う事なく、彼は只管応答するのを待ち続けた。

すると、聞き慣れた彼女の一声が耳元で気持よく木霊した。

『……士季………遅いよ!!』

「…………はぁ!?」

『いつもなら掛かってくるであろうこの時間帯に全然電話してこないから、不安になっちゃったじゃない。お陰様でお昼食べそこねちゃった。』

「………………過度な期待をした私が馬鹿だった。切るぞ。」

『ち、ちょっと!どうして切るの!』

「お前の阿呆みたいな声を聞いたらその気分が削がれた。」

『……………………。』

「………おい、何故黙り込む。」

『…………うん、やっぱり士季らしいなって。』

「私らしいとはどういうことだ。」

『ふふ、何でもないよ。今、仕事中なんでしょう?邪魔したら悪いからまた後で電話するよ。』

ありがとう、そういって声が若干ながら遠めになるのを鍾会は聞き逃さなかった。

「待て、誰がお前から切っていいと言った。」

『え……だって。』

「………ああ、馬鹿な奴。だからお前は鈍くさいんだ。私をいつも困らせてばっかりだ。昔っから迷惑ばっかりかけて、私がいなければ何にも出来ない、どうしようもない奴だよ。」

『…………あの、これって罵詈讒謗……。』

「………なぁ、ななし。」

急に声のトーンが下がり、名を囁かれたななしは言葉を詰まらせる。電話越しに伝わる息遣いが淡い気持ちに誘っていく。

「そんなどうしようもないお前なのに、どうしてこんなにも心は嬉しいんだろうね。」

『………え……あ………。』

「…………一応、これでも告白しているんだが。」

自分で言っていて顔が熱い。こんな表現しか出来ない自分に少々不満を覚えるが、直球で想いを伝えるのは何分勇気が必要だった。

他の女とは違うから、軽々しく愛を言葉にするのだけはしたくなかった。

『……………………。』

電話の機械音だけが沈黙の空間を漂う。

「おい………頼むから、何か言え。」

『………………。』

「ななし。」

『………チョコ………。』

「は?」

『あのチョコ………どっちだと思う?』

あのチョコ、そう言われて棚に置かれた空箱に目をやる。先月の同日に彼女から貰ってその日に食べて、それから空の箱だけを意味もなく置いて。

「…………さぁ、どっちなんだろうね。まぁ、英才教育を受けたこの私が答えないなんていう事はまず有り得ない事だから敢えて言うなら……本命。」

『……………!…………。』

「どうなんだ。まさか、ここまで言わせておいて今更義理でした、なんて阿呆な事言ったりしないだろうな。」

一世一代の告白までして本命と言って、火照る熱を抑える事が出来ない。鍾会は机の周りをうろうろと歩き回り、彼女の返事をただ待ち続ける。

すると、小声ながらも、

『…………扉、開けてみて。』

「…………何処のだよ。」

『いいから、今自分がいる部屋の扉。』

言われた通りに扉の前まで赴き、ゆっくりと扉を開くとそこには

「…………は、」

「……………士季。」

今にも泣きそうな顔で立ち尽くすななしの姿があった。

「ば……っ、ここ、何処だと思って…!」

「下でうろうろしてたら……司馬昭さんに声掛けられて、遠慮無く入っていいぜ、って……。」

「あんの………。」

「その、ごめん、嫌だったら帰るから。」

「………そんな泣きそうな顔で部屋出てみろ。言われも無き罪で私が質問攻めに遭うじゃないか。」

「だって、さっきの、言葉。」

「………ああ、本当の事を素直に話したまでだ。で、お前はどうなんだ、泣きそうなのは、嫌なのか嬉しいのか。」

ずいっと彼女に歩み寄れば、涙を堪えようと唇を噛み締めて見上げる姿が眼下に入る。

ーーそう言えば、普段彼女の泣いている姿なんて見た事がなかった。いつも笑っているか怒っているか、弱い所なんて一度も自分に対して見せる素振りをしない。

「ななし。」

「……………っ…………。」

顔を寄せれば、ぎゅっと瞼を閉ざして衣服を握り締める。だけど、足元は一歩も引いていないのを見遣って、鍾会はそのままななしの唇に軽く口付けを施した。

「んっ………。」

「ハッキリしろ………じゃないと、このままお前を押し倒すぞ。」

引き気味の後頭部を押さえて、どんどんキスを深めていく。それでも尚抵抗をしない事を良い事に、鍾会は腰も腕で引き寄せて完全に自分の中に閉じ込めてしまった。

「し、………っ、士季………。」

「ん、なんだ。」

「貴方の事が………す………。」

「ああ、全然聞こえないね……。」

「好き………ずっと、前から好き、だった……!」

ずっと前から、その言葉に鍾会の動きが鈍くなる。

「………いつから、私を好いていた。」

「……………それ、は…………。」

長い睫毛を揺らして、濡れた唇をきゅっと結ぶ。

「教えなよ………。」

「…………小さい頃から、だよ。ずっと貴方だけを、見てきた。」

「………………そうか、ずっと前から、か。」

「でも、士季には目指すべき所があるから、貴方の言うように私みたいな凡人じゃ……釣り合わないから、それで………んっ!?」

その言葉を塞ぐように鍾会は噛み付くような荒々しいキスを寄越す。それにはななしも思わず怯んでそのまま二人でソファに倒れ込んでしまった。覆いかぶさるように彼は上に跨がり、彼女の逃げ場をなくす。

「やっ……士季、っ……。」

「凡人………釣り合わない……?……はっ、分かっているじゃないか。確かに私は選ばれし人間だから、そう思うのも仕方ない。……だけど、それだからって、私から逃げるのはなしだ。

私がお前……ななしを本気で好きになったのだ、どうしようもなく、ね。」

歯列をなぞり濃厚なキスに互いが酸素を求め、脳がくらりと目眩を起こす。ななしはただひたすらに鍾会の腕のシャツを握り締め、それでも懸命に受け止めるように抵抗は一切しなかった。

気が付けば数分、長い時間絡め合った気はしていたが、時計の針は大して進んでいない。下で胸を上下に揺らして色っぽく息を吸い込むななしに、思わず欲情した、なんて口が裂けても言えない感情が芽生えてしまう。

「………ふん、少しは分かったか。」

「…………は、い………。」

細い声で応えるななしに満足した鍾会は、ネクタイの紐を緩めて喉の通りを広くする。そして徐に立ち上がると、デスクに置いていた箱を手にして寝転ぶ彼女の元にそれを持って行った。

「ほら、お返し。」

「あ…………綺麗な石………。」

その中身はというと、チョコなんかでは面白みに欠けるからと、鍾会が自ら特注した世界に一つだけのオリジナルペンダント。シルバーの型に大きな蒼い石がはまって見てと言わんばかりに輝かしく主張している。

思わず見惚れて言葉を失う彼女に、鍾会は満更でもない様子で横目にする。

「と、当然だ。私が選ぶ物に間違いはないからな。もっと感謝してもいいんですよ。」

「………ありがとう、士季。」

笑みを浮かべた素直な礼に戸惑いながらも、それに応えるように額に口付けを落とした。





(癖毛弄るの昔から変わらないよね)

(わ、私の勝手だろう……!)

(あと意外にも、目を逸らすところも)

(なら逸らさないように見てやる……)