「法正殿は実におっかない方だ。何故あの様なものが蜀に、更には劉備殿の参謀なのだ。他にもいただろうに、才の有る者等。」
法正の悪い噂が絶えない。そんな話を裏で聞いてる女は唇を少し噛み締め、その場から気付かれぬ様立ち去る。袖で目尻を拭い何処かへ向かおうとすればまたもや噂を流す人。
「………。」
何も知らない者が知ったかぶりをするのが非常に腹立たしかった。彼の何を知っている、踵を返そうとすればななしの話題も出る。思わず足を止め、息を殺して耳を澄ます。
「ななし様もお可哀想に…あの様な悪党と相思相愛になる等、絶対に在り得ません。きっと裏で何かあるに決まっている。純粋なななし様が自ら法正殿をお選びになると思います?あれはきっと脅されているのでしょう。」
「ああ、それはあるかもしれませんね。彼なら毒を盛りかねないでしょう。」
ああ恐ろしや、嘆く同時に大破しそうな程、ななしは壁を強く叩いた。
その音に驚く男二人は何事かとその場所へ赴けば、憤怒の瞳で睨むななしの姿。
「法正殿が、私を脅していると…そう仰りましたか?」
冷徹淡々と話す姿に慌てる男達。
「聞いておりましたか…!いや、これはあくまで我々の……!」
「御託は結構です、今すぐ私の視界から失せてください。でなければ……。」
「今宵、貴方達に報復をしますよ。」
後ろから噂の本人がゆらりと現れる。二人はその事に更に動揺して頭を千切らんばかりに下げ、覚束ない足取りで逃げ去る。彼が手に持つのは不気味な液体。それを懐に仕舞えば泣きそうな顔で縋り付くななし。
「法正…様!!」
「噂なんて俺は気にしませんよ、好きなだけ言わせてやれば良い。」
「そんなの私が苦しいのです……。貴方の事を何も知らないくせに、そうやって良くない所だけを取り上げるなんて…。」
「悪党、は当たっているのでは。俺でもそうだと思いますよ。案外間違ってはいません、他人の考えは。」
目に浮かべた涙をそっとすくえばじんわりと手袋に滲む。
「ならば先の話、相思相愛になる筈が無いという事……あれだけは絶対に否定します。
私は貴方を心の底から愛しています、例えば酷い言われようでもこれだけは認めませんから。」
自ら法正に抱き着けばその逞しい腕で包まれる。彼は満足そうに目を細めれば頭をそっと撫でられる。
「悪党な俺に愛を注ぐのであればそれを全力で受け止める。そして溢れ出してしまいそうな程、貴女に恩を注ぎましょう。…これが俺の愛し方ですから。」
今夜、楽しみにしていますと囁けばコクリと頷く彼女。互いを知るのは互いだけでいい、法正は静かに笑った。
(貴女の悪い噂なら俺は徹底的に潰す)
(俺が悪になればいいだけなんですよ)