法正13


彼は言った、こんな悪党を愛したら最後だと。それでも構わなかった、誰が忌避しようと死ぬまで側にいたいと思ったのはこの男ただ一人なのだ。

「物好きな方がいるもんですね。貴女まで嫌われてしまいますよ。」

「いいんです、誰も近寄らずとも平然とやってのけます。それに、人の目の色を気にしていたら生きてなどいけませんから。」

元より他人を信用しない質なので、文末に付け加えようと思ったがこれでは話が矛盾してしまう。なら何故法正という最も信用ならぬ男に惚れたのか、そう言われてしまうと言葉に詰まる。理由など分からない、ただ他の人間とは違う、皮肉で性悪ながらも何処か真っ直ぐな意思を貫いていたのが分かった。

「それはそれは、貴女のような純粋で優しい女性が傍にいたら、俺が手篭めにしたと可笑しな噂が立ってしまうかもな。」

「まぁ、手篭めだなんて。」

「そうでしょう?貴女自ら寄り付くなんて発想、何処の誰が考えます。」

「なら私が皆に公言すれば。」

「そう言えと脅しをかけていると思われたら?」

彼は私の事が嫌いなのだろうか、それとも傷つけぬようわざと避けているのだろうか。

「………貴方の迷惑になってしまうのであれば、心苦しいですが身を退きます……。」

「迷惑?生憎俺は全然思っていませんよ。ただ、貴女が辛いのではと思慮したまでです。」

「………そう言って一生伴侶を持たない気ですか。」

伴侶、ねぇ。法正は空に向かって譫言のように小さく呟いた。遠くを見据える鋭い目はいつもより若干緩い、それは彼女に気を許している証拠だ。しかし肝心の彼女はその事に気付いていない。

「勿論、出来る事なら好いた方と結ばれたいですね。」

「……もしかして、好きな方いらっしゃいましたか……。」

なんでそんな事を聞いてしまったのか、私は心の中で叱咤した。もしいると答えられたらその時どんな顔をすればいいのやら。

「ええ、いますとも。」

間を置くことなく法正は断言した。

「……………、やっぱりそうですよね。ごめんなさい、私とんでもなく迷惑をお掛けしてしまいました。……その恋が無事に実るといいですね。」

それでは、と一礼し立ち去るつもりだった。が、しかし、その立ち上がろうと力を込めた手に別の力が加わる。手首をぎりぎりと締め付け、此処から立ち行くのを認可しないというように。
そこに目を落とせば、逞しい彼の手がしっかりと掴んでいた。

「つれないですね、折角良い月が出ているというのに。」

「いえ、今宵ばかりは少し疲れ気味ですので。一足先に休ませて頂こうかと。」

「ああ、何なら俺も貴女の部屋で休ませて欲しいのだが。」

「そんな、現在私の部屋は悲惨な程に散らかっていますので、とても入れるような状態では。」

「構いませんよ、隅っこで座るのには慣れていますし。」

ああ言えばこう言う、一進一退の繰り返しにほとほと疲れ果てた私は唇を噤み遂に言い返すのを諦めた。それを見て満足そうに笑みを浮かべる法正。

「では、失礼しますよ。」

と、先に彼が扉を開けて入った瞬間、腕を勢い良く引っ張られてしまう。

「………っ!?」

「部屋なら邪魔も入らないだろ。」

気が付けば自分に覆い被さる法正の姿を目の当たりにしていた。その表情はまるで獲物を逃さないが如く、何時しか緩んでいた瞳も鋭く光らせている。

「え、あ……………!」

「恋を実らせる………先程そう言っていましたが、思えばもう実っているじゃないですか。」

訳が分からない、好きな人がいると言っておきながらこの行為は一体どういう魂胆なのだ。しかも実っている?さっぱり言葉の意味が理解出来ない。

「その鈍い頭では思い付かんか、ならこうすれば話が早いな。」

色目かしく笑うと口付けを落とす。当然彼女は驚かない筈もなく、脚をじたばたと上下に激しく動かした。しかしそんな事では微動だにしない法正、更に深く唇を重ねて僅かな口呼吸を存分に奪った。

「んー………っ!!」

長い黒髪は無造作に床に広がり、服も所々が開けて端から見れば襲われているようにも見えなくはない。が、彼の器用な舌遣いと濃厚な接吻で気持ちは別の方向に昂ぶり、何時しか暴れていた脚もだらんと力が抜けていた。
艷やかな頬をほんのりと赤らめ、潤む瞳に爛々と光が滲み出る。あっという間に麻痺した身体は離さまいと組み敷かれ、彼が触れる所々が逐一熱を生み出していた。

「…………っふ、これで理解しただろ?」

「…………………っ……………。」

言葉は出ない程に蕩い、目の前の男の姿が涙でぼやけて見える。ああ、酸欠で呼吸が堪らなく欲しい。そうして肺に空気を取り入れる呼吸の音がやけに大きく聞こえた。

「……ああ、今すぐに襲いたい位好きな人は確かにいますよ、此処に。」

乱れる前髪を掻き分けて笑う法正。

「貴女を傷つけないよう、我慢に我慢を重ねていましたが………言いたい事、分かりますよね?」

胸辺りの服を指で引っ掛けてずらしていく。見えるか見えないか、先へ行くか行かないかの瀬戸際を愉しむように。

「我慢はやめだ、今宵は貴女を気が済むまで味わうとしようか。この悪党を誘った分、お返しもたっぷりとさせてもらおう。」

甘い言葉で告げずとも分かった。ああ、彼は好いた上で守っていてくれていたのだと。そう気付いた時にはもう遅く、既に自分の身体は全て法正という男に委ねていたのだった。



(ひっそりと偲ぶだけの恋を捨て、こよなく愛する恋を始めようか)