弓というのは凶器だ、遠方から容易く命を狙えるのだから。
なぜそんな話をするか、それは目の前で起こる出来事が原因である。
私は未だに頭が回らない、回そうとすればする程異常な程に拒否反応を示す。手にこびり付くは今しがた染まったばかりの血、しかし己の血ではない。
「………。」
「法正………。」
真っ先に白羽の矢が立ったのはななしだった。戦う事が不得手な彼女を敵は選び、撓らせた弓から一本の矢を放つ。ブレは無く真っ直ぐ心臓に向かう、普通であればここで命は終わったにも等しい。しかし、普通である筈の運命は容易く変わってしまった。
「どうして私なんかの為に無茶を……!!」
「何故……ああ、その後の恩が欲しかったからですかね。」
瀕死な思いをして尚そんな事に拘っているのか、と叱咤しようとする気持ちを何とか堪える。
彼は瞬時に庇ったのだ。運良く腕で済んでいるが、当たり所が悪かった所為か出血が酷い。止血をしようと布を必死に巻く兵士達。
「死んでしまったら……恩を返せません……。それに、単に恩が欲しいから庇うなんてそんなの…。」
「勿論愛する者を守る為、というのが普通の人の考え方でしょうね。ですが貴女もご存知の通り、俺は結構捻くれた性格です。」
それに、と加える法正。
「こんな所で死ぬ訳にはいきませんよ。恩もそうですが報復をするまでは……怨みは骨髄にまで徹した。徹底的に潰し、気が済むまでは。」
「絶対に生きて下さい、死んだら……私は怨みますよ!」
意識が朦朧としている中、彼は乾いた笑いをした。そしてそのまま目をゆっくりと閉じる。呼び掛けても返事がない、ななしはそのまま泣き崩れるように法正に縋った。
「………。」
真っ暗な道を歩み続ける法正、終わりがあるのかも分からないが、ひたすら歩く。彼女は言った、死ねば俺を怨む。恩を返す所かそんな事を言われてしまったらもう一度会って撤回してもらわなければいけない。怨まれる筋など無い。
「いや、愛おしかった。」
もとい、恩なんて半分嘘だ。所詮普通の人の考え方である、愛する者を守る為に俺は動いた。本当に捻くれている、と己を嘲笑った。
「ななしが、愛おしい……か。」
その刹那、一筋の光が法正に向かって放たれる。その光の指す方へ歩けば視界は真っ白になり、意識も何処かへ持って行かれる。
ああ、どうやら怨まれずには済みそうだ。
「法正………!!」
重い瞼を薄く開ければ見慣れない天井。しかし聞き慣れた声が鼓膜に響く。
「……これで、怨みませんよね。」
「馬鹿……。」
「胸辺りで泣きじゃくられると振動で傷に響くんですが。」
皮肉げに言えども彼女は離れなかった。いや、昏睡している時も片時も離れなかったのだろう。疲弊しきった目が酷く腫れぼったい。
「怨むのは…貴方ではなくて、私自身です。」
「……何故?」
「愛する人が己の弱さ故に死んでしまう……自分に対して憎まずにはいられません。」
「なら、もう憎むのはやめてくださいよ。…こうして俺は現世に留まったのだから。」
それでも、その先は言わせまいと動く方の手でななしの手を握る。それと同時に瞳を潤ませ、再び泣き出しそうな顔だ。
「また泣くと更に酷い顔になりますよ。」
「法正の……大馬鹿。」
「大馬鹿でもいい、こうして貴女に再び会えるのなら俺は何でもいいですよ。
だから貴女は今まで通り純粋でいて下さい、全ては俺が背負いますから。」
加えて法正は、少し眠ると言って再び目を閉じた。
寝息を確認し、そっと手を胸にまで持っていけば聞こえる鼓動。ちゃんと生きている、先程とは違ってななしは涙を堪えそっと笑った。
(それでも、一人で背負わないで下さい)