「すまないが、これを徐庶殿に届けてきてはくれないだろうか。軍議の際にうっかり置いていってしまったようで。」
「………はぁ。」
「やれやれ、なぜ俺が。」
徐庶に書簡を渡すように命じられ、重い足取りながらも仕方なく徐庶の部屋に向かう。うっかり書簡を置いていくとは、どれだけ間抜けなのだ。文句を言いつつふらりと退屈に外観を見渡しながら、扉の前に立った瞬間だった。
「………は?」
法正は生唾を飲むように喉仏を鳴らした。向こうの部屋で繰り広げられている展開に思わず顔を引き攣らせてしまっている。閉めきった扉越しに女の喘ぐような声と男の攻めるような声、そのどちらも良く知った声…女は特に自分の恋仲であるからこそ、今起きている出来事が信じられないのだ。
「ああ……そこ……!」
「ここかい……?」
「あっ、そこ!…ん、気持ちいい……。」
自分の下でしか鳴かなかった彼女が徐庶に寝取られて、挙句の果てにはそれを呆気無く受け入れてしまっていることを想像し、思わずえづきそうになった。浮気など一切しない、純粋な彼女にそんな事が、そんな事がある筈など。法正は手にしていた書簡を無意識ながらも握り潰しつつ、引き続き二人の会話を盗み聞きする。
「こんなになるまで我慢していたのか……。」
「んっ、だって………。」
「仕方ないな、じゃあ強くするよ。」
「………あっ。」
「ほら、動くと余計痛むよ……。」
「そ、そう言われても……もう、駄目……!」
「殺してやろうか……!」
痺れを切らせた法正は扉を壊さんばかりに開いて一面を見渡した。するとそこには腰辺りにに跨った徐庶と、うつ伏せになっている彼女が目に飛び込む。
やはりか、と焦点を合わせた時だった。
「…………は?」
本日二度目の素っ頓狂な声が漏れる。
「ほ、法正さん?どうしたんですか、そんな怖い顔して……。」
そこには乱れた姿など見当たらなく、きちんと衣装を身に纏う二人。
「………何やってるんだ。」
そう問い質せば、徐庶は奇異そうな表情で
「ええと、按摩、ですけど。」
法正は頭をぶつけたような衝撃を喰らって目眩を起こす。非常に、非常に紛らわしい、怒りを通り越して無気力さが襲った。扉辺りに凭れかかり、眉間付近を指で押さえる。
「えっ、どうかしたんですか!?」
「………もしかして、法正殿。」
「…………そのもしかして、かもな。いっぺん甚振らせろ。」
苦笑いをする徐庶を指の隙間から思い切り睨み、狼狽えつつ彼女を起こして座らせる。
「お前……外にまで聞こえるような変な声を出すな。」
「嘘、そんなに変な声出ていました…!?す、すみませんでした……。」
「あ、いや、君が謝る必要はないよ、法正殿はもしかしたら君が俺とで……」
「徐庶。」
余計な事は口出しするな、と目で訴えれば慌てて彼は口を噤いだ。それを不思議そうな目で見るものだから、純粋というよりよもや天然ではないかと疑いたくなる。
「とりあえずお前は出て行け。」
「え、その、ここ俺の部屋……。」
「これ渡すから読みながら適当にふらついてろ。」
と、先程受け取った書簡を乱暴に渡すが、法正が握り潰した所為で皺くちゃになって最早まともに読む事が出来なくなっていた。一言それについて問おうと口を開けるが、不機嫌極まりない姿を二度見すると、何も言う事なく静かに頷いてこの部屋を後にする。
「………………。」
「………………。」
一気に閑散とした部屋で流れる沈黙を破ったのは彼女からだった。
「…………法正さん。」
「…………はい。」
「ごめんなさい、その……あれと、勘違いしてしまったんですよね……。」
「……………………。」
「按摩は、私から頼んだ事なんです。ですので、どうか、彼を咎めないで下さい。」
「…………別に、咎めはしませんよ。」
それと、彼女は続ける。
「私は…いつだって貴方の事しか見ていませんし、生涯を共にするとお約束した方です。」
「………知ってますよ。ですが、貴方の事になるとどうにも冷静でいられなくなるんです。おかしな話でしょう?」
と、言った瞬間に感じる胸辺りの温もりに目を落とすと、彼女が何も言わず抱き着いていた。
「おかしくありません……冷静でいられなくていいです。もっと………私を見てください……。」
「…………っ。」
「…………法正さん。」
「………馬鹿が………誘われたら、止められんぞ。」
低く囁き、下りた髪を無造作に掻き上げると首筋に向かって口付けを落とした。
(……だからといって俺の部屋でやらないでくれ!)