暑いですね、と開ける浅黒い肌を見せながら色っぽく空を仰ぎ見る男に問い掛ければ、そうですね、と低く気怠そうにこちらを見つめた。
「髪、暑苦しそうですねえ。」
「随分長く伸ばしてますから。」
「切らないんですか。」
それは、と言いかけた唇よりも早く、気が付けば法正の身体はすぐ近く。すると、するりと髪に何かが触れるのを感じ、首を僅かながら右側に向ければ、黙々と表情一つ変える事なく髪を梳かす彼。
絡まる事のない指はただ真っ直ぐに、腰辺りまで辿り着くと再び天辺から指を通していく。時々当たる指先が彼女の淡い恋心を燻り、恥ずかしさにぎこちなく身体が揺れた。
すると、ああ、そうか、と一人で頷いて納得する法正。何を納得したのか小さな疑問を抱いていると
「いえ、女性は髪が大切だと何処かで聞いたので。」
「ええ、まぁ……髪は女の命とはよく言うものです。」
ここにいる女官達もきっとそうですよ、そう笑いかければ、法正は何処か気に入らなさそうに目を細めて、すん、と小さく鳴らした。
「だとしても俺には興味ない事だ。」
「確かに……男の人はあまりそう言う事には興味なさそうですね。」
「いえ、そうではなく。」
「………?」
今度は頭に触れるように大きな手を乗せる。
「え、あ、法正様。」
「様、なんて柄じゃありませんよ。こう見えて悪党なんですから。」
「だって、私にとっては……。」
様、と付けたい位に貴方をお慕いしているんです。なんて、言えたら楽なんだけれども。
うまい言葉が出てこず、もごもごと唇を動かしていると、法正が企み笑顔を見せて
「他の女官達の髪に興味はありません。………こうして貴女に触れる事が、俺は好きなんです。」
「…………っ。」
高く整った鼻と厚ぼったい艷やかな唇が柔らかい髪に埋まり、熱い吐息が隠れたうなじに掛かる。ぞくり、と背中が震えて、彼女は緊張のあまり肩を縮こまらせた。
「ん………法正、様。」
「孝直。」
「……え……。」
「字を呼ばせる事……余程の事が無い限り、滅多にいません。それは、貴女を堪らなく好いてしまったからです。」
だから呼んでください。そんな強請るような低い声が耳だけでなく、脳髄にまで魅了するように響かせる。
まさか、自分に好意を寄せていただなんて。夢にも思わぬ嬉しい出来事に、彼女も自然と笑みを綻ばせる。
「こ………孝直、様……。」
様はいいのにな、ゆるりと口元を緩ませる法正。
「ああ……熱いですね。勿論夏の暑さの所為じゃありませんよね……貴女が俺をそうさせたのですから。」
「わ、私が……?」
腰辺りに回される逞しい腕に囚われ、小さな身体は更に固まる。こればかりはどうにもならぬと彼女は長い睫毛を揺らして伏せた。
「先の言葉……前言撤回します。髪を切るには惜しい……このまま伸ばして下さい。」
「は……はい……。」
満足気に、すう、と息を吐く音。空いている彼の右手が彼女の顔を隠す長い髪を耳に掛けて、赤く染まる頬を撫ぜては小さな唇をなぞった。
「出来れば貴女と顔見知りの関係は、今日までにしたいと思いまして。……今のお気持ち、聞かせてくれませんか。」
触れるか触れないかの至近距離で法正は訊ねる。ただでさえ話すのも勇気がいるのに、こんな形で告白をしなければならないとなると、これ以上は頭が沸騰してしまいそうだ。
「わ、わ……私、も……その……。」
「聞こえませんね……もっと大きな声で行って欲しい。」
ああ、意地悪な嘘を言わないでください。こんなに目と鼻の先で会話を交わしているのに、聞こえない訳がない。
汗がじんわりと衣服を濡らしていく。太陽の日照りなんかよりもずっとずっと目の前で色気出して今にも襲ってきそうな態勢に。
これ以上焦らせば、その赤い唇でぱっくり食べられてしまいそう。
「す…………。」
「す?」
「好いて……ます………ずっと、貴方を慕って、おりました………。」
「………………。」
目を背けず真っ直ぐと告げれば、法正は真顔で黙り込んでしまう。
「……その、孝直様?」
「……いえ、今にも泣きそうな顔で言われてしまったので、無理強いさせたのではないかと。」
「ち、違います……!これは、本当に…私の気持ちでして……!」
「ああ……そうですよねえ……俺のような悪党に言い寄られても、嬉しい筈……。」
と、言いつつ何処か含み笑いをしている法正に、彼女ははっと気付く。
「ああ……もう!意地悪しないで下さい……!私の気持ちを分かっていて言ってるんですよね!」
「くく……、気付いたか。」
「もう、本気ですから……っ……私は………んっ。」
口を塞ぐ様に押し付けられた唇。後頭部を押さえてきつく離さまいと法正は力を込めた。
「ふ、………っ………。」
「……………本気なのは、俺もですから。」
重ね合う唇の狭間で紡がれた言の葉。その細められた瞳から離せず、拙いながらもなすがまま受け入れる。舌を絡める行為、否、それ以前に口吸いという行為に彼女は初心だが、それが何よりも嬉しい。
「ぁ……。」
「俺が、初めてか?」
こくこくと何度も頷けば、そうかと満更でもない表情で乱れた髪を撫でる法正。
「孝直様は、私が初めてでは……ないですよね、やっぱり。」
少し残念そうに諦める彼女。
「………は、随分可愛い事言ってくれるじゃないですか。」
「え、まさか。」
「ええ、そのまさか。」
本気で好いた人とすると心に決めてましたから。法正はくつりと笑って呆然と目を見張る彼女の唇を奪った。