「あ。」
ガチャン、と鍵の解錠する音がしたのでゆるゆる扉の方に目を移せば、コートとマフラーをしっかり装備した男が寒そうにリビングへ足を踏み入れる。
「おかえりなさい、法正さん。」
「ああ………ただいま、と………。」
彼女の顔を見るなり法正は脱衣する事なくすぐ傍にまで寄り、真っ直ぐに伸びる髪の毛に触れた。
「…………前髪、切ったんですか。」
「はい、法正さんが出張に行っている間、気分転換に。」
随分長く伸びていた前髪は、時々見ていてうっとおしいと思っていた。本を読む時、何か食べる際に俯く時、彼女は必ずと言って耳に掛ける仕草をしている。
ピン止めをすりゃいい、そう何度も言ったのだが、それを好まない彼女は頑なに前髪を押さえようとはしなかった。
「……………。」
目より若干上の方で綺麗に切り揃えられている前髪を触りながら、法正は何か考える様に薄く目を細める。
「………おかしい、ですか。」
「いや、似合っている。むしろ俺の好みと言っていい。」
「良かったです。」
ふんわり笑う少女は目に前髪が掛かっていない所為か、笑顔がいつもより明るい様にも見える。
「ですが。」
「え?」
姫カットと呼ばれるその髪を梳きながら、法正は彼女の頬あたりに自分の顔をすり寄せた。
「え、あ。」
「やはり物足りない気分ですね。」
「だって、嫌だっていつも言っていたのは法正さんじゃないですか。」
「まぁ、人から見れば指摘したくなる髪型ですからねえ。汁物に髪が入りそうでいつも気になってましたよ。」
「うう………自分なりに気に入ったファッションですし。」
「それは知っている。」
すり、と頬を寄せ合う法正に思わず赤面を避けられない。伏せられた睫毛が揺れて、何処か遠くを見据えていた瞳が不意にチラリとこちらに向けられた。
「俺の髪型、どう思います?」
「ど、どうって………うーん、普通にありそうな髪型、なのかな。でも短くサッパリしていると、洗いやすくていいですよね。」
と、無難な感想。
「……………そうですか。」
髪の感触を楽しむかのように彼女の後頭部を撫でる法正。それと同じく彼女も彼の髪に触れて静かに梳き始めた。
「でも、好きです。と言うより、法正さんがやる髪型なら、何でも好きになれそうな気がします。」
「長髪は想像するなよ。」
「…………ふふっ、あは………!」
「お前………。」
「ご、ごめんなさい……想像するなと言われたら余計にしたくなるんです……!」
長髪はやはり似合わないようだ。ころころ笑う彼女は肩を揺らして法正のコートをギュッと握り締めた。
「…………思えば、俺もそうかもしれないな。」
「ええ……?」
「散々言っておきながら、あの時の髪型も愛おしかった。」
「わぁ、法正さんから愛おしいなんていう言葉が出るなんて。」
「失礼ですね、俺だって本音くらい出る。」
「あ、ごめんなさい。それで……?」
「ですから、貴女と同じ様に、何でも好きですよ。むしろ、髪型に拘らなくとも……」
魂から、好いているのだからな。
「…………今までにない位お恥ずかしい発言、ありがとうございます………。」
「ここまで来れば恥も捨てた。」
「わ、私だって法正さんが大好きです。だから、いつも注目の的になっている姿を見てるとヤキモチだって妬きますし………!」
「ほう、妬いていたのか。」
ふふん、と鼻を鳴らして何故か勝ち誇った様な笑みを浮べる。
「………っ…………言ってませんでしたっけ。」
「初耳だな、まぁ知っていたが。」
「知ってたんですか………。」
「膨れっ面見ていれば分かる。とはいえ、俺から見れば他の奴等なんて空気みたいなものだが?」
「だからあんなに冷たい態度とっているんですか………。」
女性が周りにいる時は、常に自分には一切近付くなオーラを醸し出している。
……思えば、初めて会った時もそんな雰囲気を醸し出していた様な……気がしなくもない。
「……私の時もそうでしたか?」
「…………貴女の場合もそうですね………今思えばそうだったかもしれません。ま、今じゃこの通りですが。」
べったりと離れない様子を見れば、相当の溺愛っぷりが見れる。特に気を許した者にはそういう隠れた本性が出る男なのだろうか。
………いや、気を許した者にも警戒しているから、やっぱり違う。
「何だか、幸せだなぁ。」
「何がです。」
「私だけしか知らない法正さん。」
「ああ、独占欲なら負けませんよ。貴女を外に出すのも不本意だ。」
「あ、軟禁は嫌ですよ。一緒に出掛けたい所も沢山ありますし。」
「例えば、何処だ?」
「……………。」
「言わないと、どうなるか……。」
腰に手を宛てる素振りに彼女もひやりと手に汗握る。
「う、う、…………!」
「う………?」
「……………………ウェディング店……………。」
「………………。」
不意に先程まで彼女が読んでいたであろう雑誌に目を向けると、そこにはウェディング特集で純白のドレスがきらびやかに映しだされていた。
「…………確かに、他者に見せつけないで、貴女をこのまま閉じ込めてしまうのは勿体無い。」
色めかしく舌をチロリと覗かせ、再び向き合うと首筋に向かって徐にカプッと噛み付いた。
「んっ………法正さん………!」
軽く歯を立てて、柔肌に食い込む感触を味わう。歯型を付けるなり離れると、
「その髪だと………ああ、白無垢も似合いそうだな。」
ゆるりと笑んで開いた唇を深く塞いだ。