法正とハロウィン

「あ。」

そんな短い言葉を漏らしたのは、妙な格好をしている彼女だった。

「おい、それ、どうした。」

法正の眉間にシワが寄せられ、怪訝そうに上から下まで射抜くような視線がぶつけられる。いたたまれない気持ちで肩を縮れば、無意識に寄せられるふくよかな胸、それは余計に彼の表情を強張らせた。

「そ、そんな怖い目で見つめないでください。ハロウィンのイベントの為に着ているコスプレですから。」

ひょっこり頭に生えた猫耳に思わず掴みたくなるような尻尾、短いドレスのような衣装で胸元もしっかり谷間を覗かせている。いつも地味な服しか着ない彼女がどうしてこんな露出の激しい服を着ることになったのか、法正は頭を悩ませた。

「さてななし、その姿は決して表に出さない事を前提に着ているんでしょうね。」

そう言われて彼女は一瞬表情を曇らせた。何か誤魔化す時は大抵背筋が若干伸びるのが癖だと彼は知っている。

正に今がそうで、ピンと伸びた背がよく分かる。

「大学の輩共と行くのに、その格好は認可しないぞ。」

「で、でも、これしか衣装がなくて……!それに、今から買いに行くのも間に合いませんし……。」

「なら、断ればいいだけの話だろう。」

僅かに怒りを含んだ声はいつにも増して低く、怯んだななしはそれ以上何も言えなくなった。こういった事に少しでも口答えすれば嫌われてしまいそうだ、そう考えた彼女は少しずつ後退りを始める。

「貴女の事を思って言っているんですよ、俺は。危険がないとは限らない、何かあってからでは遅い……それくらい、分かるでしょう?」

「…………。」

今日だけは、どうしても行きたかった。
……でも、彼の心配する気持ちも痛い程に理解出来る。もし本当に何か起こったとして、いざ助けを求めても、大切な人が傍にいない。未知の不安感だけがぐるぐると脳内を掛け巡って、後悔したくないという思いが勝ってしまった。

「私、」

しかしその言葉も容易く遮られてしまう。

「行きたければ、好きにすればいい。

ただし、だ。」

「…………っ、あ。」

突然襲った物の正体は物理的な痛み。視界が暗転したかと思えば床に押し倒されて、あっと言う間に手首を締められる。露出していた服はすっかり乱れて男にとっては眼福と言わんばかりに艶やかな様を曝した。

「これが知らない男で、助けてくれる人も誰もいない。さて、どうする?」

整った顔が近付いたと思えば、突然始まる荒々しいキス。

「………っ、痛、い!……。」

想像もしなかった、無防備な唇に痛みを感じる。何が起きたのか考える間も与えられずに唇を貪られ、息をする事すら出来ない。

「……そうなるようにしたのだからな。」

どうやら彼に唇を噛まれ、じんわりと滲む血が少しずつ口内に流れ込んでくる。互いの唾液と混ざり合った赤い鉄の味、これ自体大した傷ではないが、あまりの恐怖に魅せられた痛みが相乗効果によって鋭く襲い掛かり、堪らず脚をばたつかせて必死に抵抗をした。

「や、だ……!やめて、こわい、こわいよ、法正、さ……っ!」

遂に大粒の涙を散らせて泣きじゃくる彼女、それを息を乱しながら黙って見下ろす法正。

「……っは、痛いだろう、怖いだろう、そんな姿になるお前を、俺は、見たくない。

……分かってはいる。友人に会いたい気持ちも、久しく楽しみたい気持ちも。」

束縛するようで自分が嫌になる、溜息をこぼしながら彼は優しい手つきで頬を撫ぜるとゆっくり噛み跡がついた唇に触れた。チリッと電気が流れたような痛みに瞼を痙攣させて、目尻に浮かべたままの雫を流すが、それ以上に悲しそうに笑みを浮かべる彼の姿に胸が締め付けられた。

「………、そうだ、法正さん。」

か細い言葉に背くように緩やかに流した視線。

「なんですか、こんな俺に言いたい事でも。」

「はい、その、今から一緒に遊びに行きませんか。もちろん、普通の格好で。」

「………気を遣わずとも、俺は別に……。」

「気を遣ってなんかいません。確かに、友達と遊びに行くのは楽しみにしてましたよ。でも、隣に大切な人がいないと、私、やっぱり嫌です。

ごめんなさい、こんな私を、心配してくれたんですよね。だから……。」

項垂れた頭を胸元に引き寄せてそのまま抱き締めれば、自然と腰に回される腕に力がこもる。

「………随分と魔性ですね、貴女………。」

「え?あ………あんまりそっちに意識しないで下さい……!」

嫌でも当たってしまう豊満な胸に、法正は困惑しながらも離れる事はなかった。くしゃりと乱れた髪を直しながら撫でれば、昂ぶっていた落ち着いたのか、ぽつりぽつりと低い声で本音を呟き始める。

「嫉妬したんです、俺。」

「うん。」

「そんな姿を他の誰かに見せるのが気に食わなかった。」

「うん。」

「だから、理解らせる為に嫌がる事をした。」

「うん。」

「好きですよ、ななし。」

「うん。私も法正さんが大好きです。」

俯いた顔を両手で寄せて、そのまま互いの唇を重ねる。若干痛みが残っているが、優しい行為に身を委ねてしまえば次第にそれも感じなくなっていく。

「ふふ、子供っぽい法正さんも、可愛いなぁ。」

「……それ、どういう意味です。」

「そのままの意味ですよ。普段カッコイイ大人な姿しか見ないですから、たまにはこういうのも悪くないかなぁって。」

「ああ、こんな姿……貴女にしか見せられませんよ。」

「それなら、ずぅっと私だけに見せていればいいです。他の女の子に見せたら、それはそれで私もヤキモチやいちゃいますから。」

「……………。」

「法正さん?」

「やめろ、これ以上話しかけないでくれ。」

理性を抑えるのが、限界だ。
その台詞を放つ前に二人がどうなったかは、第三者の想像に任せるとしよう。



(んっ、なんで、脱がせてるんですか!)

(トリック・オア・トリート。どうせ何も持ってないだろ、たっぷり悪戯するから覚悟しろ)

(ええっ……!そんな理不尽な……!)