輪廻

私は今窮地に追いやられている。目の前の女性が鋭利な刃を手に持ち、憤怒と憎悪の目で睨みつける。

「法正様への愛は私の方が大きい。なのに、何故貴女のような無能が選ばれるの……彼の優しさも愛も何もかも貴女に注がれて……。許さない、だからここで終わらせればきっとあの人は私だけを見てくれる。
そうでしょう?それが本来あるべき正しい道なの、愚かにも踏み外した道を戻すの。」

乾いた笑いで見下す様にしたかと思えば今度は哀しみに染まった顔をする。何とも感情の起伏が激しい女なんだろう。呆れた表情で見つめ返せばそれが不服だったのか、勢い良く切っ先を向けた。

「その顔が気に入らない!どうせそんな下劣な顔を法正様の前では見せないんでしょう?
どんな方法で心を奪ったの………媚びたのかそれとも身体を売ったのか!!」

「呆れてものも言えません。そんな考えを持っている貴女の方がよほど醜いと思えます。こんな事しても彼は喜びませんのに。」

「黙れ!!……遺言の一つでも言わせてやろうと思いましたが、一切遺さずしてこの世から去ってもらいましょう…。
安心して、痛みはほんの一瞬。」

そうしてその刃を構えてじりじりと接近する。このまま走って来られれば心臓を一突きであろう。生憎武器は持ちあわせておらず、体術は不得手。仮に避けれたとしても不意を突かれればそこまで。

ああ、女は本当に恐ろしい。最期に法正に会えない事は無念だが、これもまた運命の内。決心を固くしたななしは静かに目を閉じた。

「法正、様。」

来るはずもない彼の名前を口にして。

それが癪に障ったのか同時に足音がした、あと一秒で本当の闇が広がるだろう。












「あ………っ。」

漏れる女の呻き声、しかし痛みは何処にも感じられない。響き渡る鈍い音で目を開ければ、女が無惨に横たわっている。
揺らぐ目線を上へと向ければ、かつて見たことも無い程の殺意に満ちた目で法正が立っていた。
その手に持つのは朱い連結布、そこに染み込んでいるは恐らく毒だろう。雫が床に落ちては滲んでいく。彼は躊躇う事なくその毒布で殺めたのだ。

「………法、正…様。」

「怪我はありませんか。」

いつもより更に低い声は自分をも殺しそうだ。その問いに答えようと、口を開ければ先にぼろぼろと涙が零れる。

「はい………。」

張り詰めていた緊張が糸のようにぷつりと切れて膝から崩れて座り込む。それを見た法正は膝をついて抱き寄せた。

「こういう煩わしい女は嫌いだ。」

「正直とても怖かったです、もう会えないかと思いました。貴方を残してこの世を去るのがどれだけ苦しかったか……。」

「全くですよ、俺が来なかったら貴女は骸になっていた。」

震える手を握り締めれば、濡れた睫毛を伏せる。

「ですが、私の所為で貴方の手を煩わせてしまった……ごめんなさい……ごめんなさい。」

「ああ、謝ることなんてないです。貴女を守る為なら俺は何処までも悪になりますよ。どうせ死ぬ迄悪党の道を征く者、何ら変わりはしません。

…そう、何も気にすることはない。」

彼は付きまとっていた女の亡骸にゆらりと視線を向ける。しかし氷の様に冷たい瞳はその者に何も感情を見せる事はしない。壊れそうな程抱くその腕に身を委ね、今だけは何も考えないよう全てを塞ぎ込んだ。




(あの女もその女もどいつもこいつも何の罪も無いななしばかりを怨む)

(全くこれで何人目だか、それでも俺は繰り返す)