「…というわけで、宜しくお願いしますね孝直様。」
「………ああ、気を付けて。」
「いってらっしゃい!」
ななしが急用で街に出なければならないという話を聞いて丁度見送りする頃。服が何者かによって下から引っ張られる感覚、およそ膝くらいから稚気な声を聞きつつ何とも言えない気持ちを隠し彼女の背を見続けていた。
「……お守か。」
「父上、あそぼ?」
普段は戦や軍議で忙しく、なかなか娘と触れ合う機会がなかった。お守はななしに任せきりで子育ての仕方等全くと言っていいほど無知である。
それに純粋無垢な眼差しが向けられると無性に悲しくなるのは何故だ。こんな己の性分を考えて将来的には似て欲しくない気持ちになる。
考える程余計に虚しい、一つ大きな溜息を吐けば娘は駄々をこね始めた。
「ねー!」
「分かったから引っ張るな、千切れる。」
誰に似たのか知らないが、女にしては兎に角好奇心旺盛で怪力だ。俺を見て泣く事もしなければ逃げたりもしない。
…自分の子供にそうされたのなら最早父親としてお終いだが。
「やった!じゃあかくれんぼしよう?」
「かくれんぼ、か…。」
部屋の外はさすがに周りの目が気になる。会いたくない奴に鉢合わせるのも癪に障るというか何と言うか。ごっこ遊びの姿を見られる事も何処か気まずい。
「部屋の中で出来るもの、は駄目か。」
「えー!だって広く遊びたいもん。お部屋だとすぐ終わっちゃう。」
「……参ったな。」
頭を悩ませていると扉の隙間から人の気配が漂う。その方をじっと睨む様に見つめ続ければ何かの姿が目に入った。
「おい、誰だ。……要件なら後だが、そういった類じゃなさそうですね。」
「あ、ばれたか。」
「ええと、これじゃあすぐに気付かれてしまうよ。」
陽気な声と根暗な声が扉越しに混じり、半端な扉を開けて姿を見せた。
「やっほ、法正殿。可愛い女の子をお守をしてるんだって?」
「見てのとおりですよ、子供の要求に応えたくても応えられないのが現状ですが。」
「ばたいとじょしょだ!」
「あはは、髪の毛は痛いよ。」
彼女は徐庶の髪を引っ張ったり頬を引っ張ったりやりたい放題。それを敢えて助けず話を進める。
「外でかくれんぼをしたいと言い出してな。…俺的には不都合なんですが。」
「んー何ならさ、俺達もそれ参加すればいいんじゃないかな?皆でやった方が楽しいよぉ!」
ぱぁっと満面の笑みを見せる馬岱とは対称的に彼の顔はどんより曇っていく。
「いやそういう意味では…。」
「確かにそうだね、君も皆とやった方が楽しいよね?」
「うんっ!」
目を爛々と輝かせて言われてしまったら断る訳にもいかなくなる。乱入によって話が大分拗れてしまったが、渋々承諾すれば二人も自然と笑みをこぼした。
鬼は法正になり、三人の声と姿が見えなくなったのを確認して歩み出す。案の定周りは人がちらほらと通りすがっていく。
鬼が自分で良かった、と内心ほっとしながら行方を探し出す。
「さて。」
簡単に探せるのは恐らく徐庶、範囲もそこまで広く設定はしていない。つまり、
「そうだそうだ、徐庶が先日やらかした件を劉備殿に報こ」
「わっ!待ってくれそれは…!!」
「愚かめ。」
あ、と間抜けな声を出してその場で固まる。まんまと嵌ったその姿を静かに鼻で笑いそのまま横をすり抜けて行った。
「本当に簡単な男だな…。」
半分呆れつつ馬岱の姿を探す。奴が隠れる場所を見つけるのはなかなか至難だ。あっけらかんとした性格だがそれに潜む鋭さは侮れない。
「いや、そうでもないな。」
思いつきでとある馬小屋に赴き、彼の愛馬に向かって連結布を何度か繰り出した。
「鬱憤晴らしに丁度いい!」
「わーーーー!!」
草むらから飛び出したのは野生の馬岱。
「ああ、これは馬岱殿。そんなに慌ててどうしましたか。」
「君がそんな事するからだよ!愛馬に何かあったら俺本当に倒れちゃうよ!?」
「冗談、勿論空振りに決まってるじゃないですか。俺が本気にするとでも?」
「いやいや君の事だからいつだって本気だと思うな……。それに、あーもう見つかっちゃったよぉ……残りはあの子だけだね。」
愛馬に駆け寄り何度も怪我はないか確認する。
何もない事を確認して安心したのか彼はその馬に寄り添ってべったり離れなくなった。どこまで馬好きなんだあの男は。
その姿を尻目に最後の難関に立ち向かう。自分の娘は鈍感なななしと俺の性格が混じっている。とは言え子供は想像力が豊かだ、大人の考えもしない様な事に気付いたり発想したりするのだから。
さっさと終わらせて部屋に戻りたい、そう思って廊下を歩いていると向こう側に彼女の服の断片と腕が見えた。だらんと床にあり、思わず生唾を飲んだ。
「まさか。」
急な病か事故が起きたのかと瞬時に駆け寄る。しかし最悪な出来事とは裏腹に、その腕の向こう側は気持ち良さそうに眠りにつく愛らしい姿だった。
「………ああ、どこまで似ているのだか。」
悪態をつくも、その表情は至って穏やかであった。
「父上、父上。」
先まで気持ち良さそうに寝ていた彼女が目を擦らせながら見上げてきた。その声色は眠気を誘う様に滑らかでゆっくりだ。
「なんだ、もう起きたのか。」
「こわい夢をみたの。」
裾を何度も引っ張り抱きかかえてほしいという合図を法正に送る。仕方無くその軽い身体を持ち上げて抱き寄せた。
寝起きの温かい体温が彼の冷たい身体へ染み渡っていき、何処か落ち着く。
「それで、どんな夢なんだ。」
「父上と母上がいなくなる夢…。」
そんな夢を自分もかつて見た事があった。この子と同じ歳くらいだったか、男のくせに親を探しまわった記憶もやけに鮮明である。
たかが夢であっても子供にとっては大層恐ろしいものだ、自分が経験している為それが十分に理解できる。
「ああ…それは嫌な夢を見たな。だが安心しろ、お前を置いて何処にも行きはしない。」
「ほんとに?」
本当だ、と小さく頷けば安心して綻ばせる。抱き着く力が強くなると彼もまた力強く抱き返した。
「かくれんぼ、したかったなぁ。」
「……またやればいいだろ。」
「今度は母上もいっしょにね!」
分かったとゆっくり何度も繰り返し、彼女が帰宅するまで沈んでいく夕日を穏やかに見つめ続けた。
(ああ…大分性格が丸くなってきたのは、俺に守るものが増えたからか)