「…………法正さん、すごい隈。」
「ああ、ここ最近任務ばかりでろくに寝ていませんからね。」
法正はぐったりした表情で己の顔に触れる。その姿があまりにも辛そうでななしは眉を八の字に曲げた。
「今日位はゆっくり休んでもいいんじゃないんですか……このままでは身体がとても持ちません。」
「いえ、どうしてもやらなければいけない事が残っているので、まだ暇は貰えませんね。」
そう言い残しふらりと踵を返す法正。後ろ姿を心配そうに見送るが、どうしても休ませてあげたいと思い咄嗟に彼の名前を呼んだ。
「私に何か出来る事はありませんか、出来る事なら何でもしますから…無理に一人で頑張らないで下さい!」
「………。」
駆け寄りその手をがっちり掴めば弱ったなと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。それでも引き下がるつもりは無かった。倒れてしまえばそれこそ皆に申し訳ない、だからこそ休息をとるべきだと。
そう熱弁を振るえば、彼は渋々ながらも納得した。
「……やれやれ、こんな悪党に恩を売って後悔しませんか。」
「後悔なんてしませんし、どうしても法正さんのお役に立ちたいんです。恩返しはしなくてもいいから、やらせて下さい。」
「……恩は必ず返しますよ、それが俺の信条ですから。」
そう呟き部屋へ入る。あらゆる書物が積み重なって寝る居場所も塞がってしまうくらい酷い状況だ。ななしは辺りをきょろきょろと見回し一息つく。
「まずは寝る場所作らないと駄目です。法正さんは綺麗好きの方ですからよっぽど追い詰められていたんですね…。
では手始めにその書物を端の方に片付けましょう。順番は出来るだけ崩さずにしますから。」
重なった書物を崩さぬよう端へ持っていく。法正も幾つか片付けをしようとすればななしが血相を変えて阻止する。
「駄目です!ここは私がしますので貴方は休んでいて下さい。」
頑なに触れさせてくれないので仕方無く後退した。そしてななしはてきぱきと無駄な動きをする事なく片付けをこなして行く。手出しすれば怒るので黙って座る法正。
そして部屋は元の状態に戻った。しかし外を見ればすっかり日も沈みかけていた。
「部屋はいつでも休める場になりました。それで本題の方は何でしょうか?」
あれだけ休みも取らず動いておきながら本題にも手を出すのか、彼は驚き言葉が出なかった。しかし俄然やる気を失わせない彼女はただ言葉を待つ。
「……負けましたよ。」
「え……それはどういう…。」
「本題は結構、もう休んで下さい。」
「それでは貴方の助けに…!」
手で阻止するとびくりと肩が跳ね上がり口を閉ざす。
「返す恩も増えるのもそうですが、これ以上貴女に無理をさせたくない。
………ですから俺も休みますよ。」
その言葉に目を丸くするななし、そして口元をほころばせる。
「何度も言いますが、貴方の助けになるなら、私は全力で頑張ります。
……あ、お茶を用意しますね。」
すり抜けていこうとするななしの腕を咄嗟に掴む。驚いて振り向く彼女、法正は少しだけ笑い、
「そんな貴女に心底惚れましたよ。」
楽しげにそう伝えれば掴んだ腕を離す。彼女は呆然と立ち尽くすが、顔を必死に隠すように走って茶を取りに行った。
「恩をいくら返しても、ななしは恩を売ってくるだろうな。」
独り言はさっぱりした部屋にすんなり溶けて、出て行った扉を彼はただ見つめた。
(帰ってきたら最高の恩返しを)