雨中の愛しき君よ

「雨…!」

町から帰る途中酷く雨が降り始め、雨具がないななしは必死に屋根のある場所まで避難した。
ぜえぜえと切らす息を調えて大粒の雨を見送る。

「当分止みそうにもないし、遅くなったら法正さん心配するだろうな…。」

しかし下手に走って帰れば風邪を引くかもしれない、少しだけ待つことにした。
しかし一向に止むことなく、むしろ長期化しそうな勢いだ。

「寒い…こういう時に限って町も大分遠いし…。」

手を擦り、僅かでも熱を起こそうとする。雨が降ったことによって気温も次第に下がり追い付かない。思わず溜息を零した。

「法正さん……。」

愛する名を呼べど彼に届くことも無い、どんよりとした空をただ見つめているしかなかった。






どれ位の時間が経ったのだろうか、一層暗さが増し夕刻を過ぎようとしている。

突然唸る雷が地上の何処かに落ちた。あまりの近距離の音に全身の身の毛がよだち、一瞬にして恐怖に包まれる。一人というのは心細く、誰にも縋る事も出来ずに唯必死に耐えるしかなかった。

「早く、過ぎて…。」

すると遠方よりこちらに向かう何かの音が聞こえる。
目を凝らすと獣の影が見える。馬が通るのだろうか、しかし反対方向である故に止めるのも申し訳ない。静かに俯いて見ないふりをする。

が、泥濘んだ地面を蹴り上げる馬は速度を落とし、ななしの目の前で止まる。馬の足が視界に入り、徐に顔を上げればそこには雨に全身を濡らした男が一人。

「ななし……!」

「法正……さん?」

法正はななしだと分かったと同時に馬から降りてその冷たくなった身体を抱く。
その服は水を多く含み、髪もべったりと肌に付いている。こんなになるまで探してくれたのだろうか、胸が締め付けられ息が苦しい。

「私の為に…!こんなになってまで…本当に、ごめんなさい…!」

「貴女が無事ならいいんですよ……ああ、何もなくて良かった。」

自分より悲惨な姿に唇を噛み、己の持つ限りの体温全てを与えたいと腕に力を込める。しかし彼は顔を顰めた。

「俺に体温を分けようとするな……むしろ貴女が倒れたら気が気じゃなくなりますので。」

密着する身体をゆっくりと離し布で彼女を包む。幸い内側に入れていた為にあまり濡れていない。

「雨具も持ってきたが…使い物になるかどうか…。」

「…………。」

「まぁ…下手に動くのも危険なので、もう少し弱まってからにしましょう。」

「……そうです、ね。」

「…一人は怖かったですか。」

法正は空で鈍く光る雷を見つめぽつりと呟く。ななしはこくりと頷き、泣きそうな顔で彼の手に触れて握る。ぽたぽたと毛先から雫が落ちては彼女の肩に染みていく。

「ならご安心を、俺は貴女から決して離れません…勿論この先も、ね。」

「ふふ…ありがとうございます。帰ったら、沢山恩返ししますね……。」

「そうですね、帰るまで我慢が出来ない、と言ったなら…?」

「それは……。」

その小さな手を握り返せば、互いの顔は近付いてやがて影は一つになる。

彼がいるだけでこんなにも心強い、先程の恐怖は何処かへ消え去り雨が弱まっていくのを二人で静かに見つめていた。




(空にかかるあの色がついた放物線状は何でしょう?)

(俺も知りませんが、あれに名があるのか…まぁ、綺麗でいいじゃないですか)